7-7:Trap.―単純で、卑劣な―

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 深夜零時になると、アンジェラ達はエレベーターに乗って地下へと向かった。
従業員用の通路は地上の通路と比べて暗く、余分な装飾もない黒の壁はどこか威圧感さえ感じる。

「ここが第二社屋に繋がってるんだね」

ジーニアスが辺りを見ながら言うが、先頭のプレセアは答えない。
それに、段々と足取りも重くなっていく。

「プレセア?」

流石に気になったのだろう。
ジーニアスが声をかければ、プレセアは俯き気味だった顔を上げて首を横に振った。

「……いえ……。なんだか、頭が痛い…」

だがその顔色は決していいとは言えない。
頭を抑えるプレセアに、ジーニアスも頭に手を添えた。

「そういえば……僕もちょっと息苦しい感じがするけど……」

何だろう、と首を傾げるジーニアス達にアンジェラは周囲の気配を探った。
不調を訴えているのはプレセアとジーニアス、それにリフィルも同意しているがエミルとマルタは平気そうだ。
とすれば、とアンジェラは元の姿に戻ったテネブラエに視線を向けた。

「これもコアの影響かしら」

「ええ、ソルムのセンチュリオン・コアが暴走している影響だと思います。よほどコアの力をあくどいことに使ったのでしょう。暴走の力が増しています」

アンジェラの問いにテネブラエは先ほどとは違い、険しい表情をしている。
ソルムのコアは以前からヴァンガードが使用していたが、ここまで暴走はしていなかった。
デクスの暴走もソルムのコアの影響だろうか。
だとしたら早々にコアを孵化させなければと考えていると、エミルが首を傾げた。

「それってどうなっちゃうの?」

「ここに長時間留まれば、ラタトスクさまの加護がない皆さんがコアの暴走に影響され錯乱する可能性があります」

アンジェラ達は加護を受けているが、リフィル達にはそれがない。
コアの暴走は精神の強さにもよるが、コアが離れた状態でも不調を訴えているのだ。
このままリフィル達をコアに近づけて大丈夫だろうか。
だが彼女たちがいなければコア奪還自体が難しい。

「……時間はかけられないと言う訳ね」

 呟くようなリフィルにそうね、と頷く。
離脱を訴えるなら仕方ないと思ったが、彼女たちは離脱する気はないらしい。
心配だが今は甘えることにしようと口を閉ざしていると、マルタが通路の先を見つめた。

「リーガルさんもしいなも無事だといいけど……」

 ソルムのコアは、おそらくブルートが所持しているだろう。
そのブルートがいると思われるのが第二社屋。
しいなの方はどうだか分らないが、リーガルの方は切り札としてブルートが人質として手元に置いている可能性が高い。
少なからずコアの影響を受けている可能性もあるが、今は影響を受けていないことを祈るしかない。
それに、逃げた所でコアの影響はなくならないのだ。
今はコア奪還に専念するしかない。
重くなる空気にテネブラエは大丈夫です、と口を開いた。

「仮に暴走の影響を受けたとしても、ソルムのコアを孵化すればすぐに収まります」

「私たちがブルートを見つけてコアを取り戻せれば、何もかも丸く収まるということね」

正論を述べるリフィルに頷く。
今頃ミズホの人々も地上で戦っているだろう。
彼らがくれた時間を無駄にしたくない。

「……そうですね」

 だが頷くマルタの表情は暗い。
多くの人々を巻き込み、傷つけた罪悪感。
優しかった父と戦わなければならない不安。
それらは全て重みとなってマルタにのしかかっている。

「マルタ……大丈夫?」

心配げに声をかけるエミルに、マルタの視線がゆっくりと上がってくる。
それでも引き返そうとしないのは、マルタの出した決断を否定したくないからだろう。
これが、エミルなりの優しさ。
父親の為に、戦うことになるかもしれない父親に会いに行くと決めた強さを知っているから。
マルタはしっかりと顔を上げると、優しい緑の瞳に頷いて微笑んだ。

「……大丈夫。エミルがくれた勇気があるから」

この調子なら、前に進めるだろう。
 幸い、この通路はヴァンガードも知らないのか、見張りの気配はない。
一気に進んでいくと、大きな鉄製のドアが見えてきた。

「ここです。多分この先が第二社屋になるのだと思います」

先頭を歩いていたプレセアがドアに手を当てて振り返る。
ここまでは比較的穏便に進んだが、ドアを一枚隔てた向こうはそうはいかない。

「ここから先は、ヴァンガードだらけでしょうね」

アンジェラは頷き、ドアの奥を見据えるように息を吐いた。
この奥にソルムのコアを持ったブルートがいる。
彼さえ正気戻せば、もうマルタ達との旅は終わるだろう。
これが、彼女達と挑む最後の戦いになる。
 静かに息を吐き出していると、エミルがドアを見つめた。

「ブルートは……マルタのお父さんはどこにいるんだろう」

「単純に考えて偉い奴は高いところに行きたがるよね」

肩を竦め、ジーニアスが上を見る。
昔から馬鹿と煙は高いところに上るという。
直通のエレベーターでも使えば早いだろうが、そんなものに乗ればすぐに包囲されてしまう。
地道に階段を使ってブルートを探すしかないだろう。

「最上階か……きっと途中で敵に見つかっちゃうね」

「ええ。レザレノ・カンパニーの社屋となると、それなりの防衛設備も整っていると思うわ。この先はどんなに頑張っても隠密行動は難しいでしょうね」

俯くエミルに、リフィルが顎に手を当てる。
折角の防衛設備を使わなければ宝の持ち腐れだ。
使わない程馬鹿ではないだろう。

「第二社屋の見取り図とかないのかな」

「警備室のような場所があればそういうものもあるとは思いますが……」

 マルタの言葉にテネブラエがプレセアを見る。
レザレノの内部構造をもっとも把握しているのは、仕事のために何度も訪れたことのあるプレセアだろう。
彼女は暫し考える素振りを見せたものの、すぐに俯き気味だった顔を上げた。

「その手の施設は地下にあるのではないでしょうか」

プレセアの話では、防犯などの裏方業務を主とする施設は全て地下に集約されているらしい。
このまま上を目指すことも可能だが、急がば回れ。
見取り図で内部構造をしっかりと把握してからの方が、効率よく進めるだろう。

「よし。まずは警備室を目指そうよ」

「そうしましょう」

エミルの判断にリフィルが頷き、アンジェラ達は地下を目指した。


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