5-10:Scar.―悪夢の跡、失った証―

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「さてと。こっちはまたセンチュリオン・コア探しだね」

ゼロスの屋敷を出たところで、しいなが空を仰いだ。
本日の空は快晴。
青く澄み渡った空には白い鳥が優雅に飛んでいた。

「うむ。ここから近いのは地の神殿か……」

リーガルが広げた地図をマルタが覗き込む。
地の神殿はここから北西にある。
そこにコアがないと言いたいが、ここで下手なことは言いたくない。
黙っていると、エミルがテネブラエを見た。

「地ってことは……」

「ソルムのコアがある……筈ですが……」

「どうしたの?テネブラエ。なんか歯切れが悪いね」

いつもとは違うテネブラエにマルタが首をかしげる。
テネブラエならソルムの在処に気づいていても可笑しくはない。
寧ろ今まで何も言われなかった方が不思議なくらいだが、言わなかったのではなく言えなかったのだろう。
テネブラエは言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。

「いえ……。この間からヴァンガードがうろついている場所で、何度もソルムのコアの気配を感じていました」

「まさか、やつらに取られちゃってるってこと!?」

テネブラエの言葉に、エミルが息をのむ。
それでもテネブラエははっきりとは言わず、やんわりと首を横に振った。

「……分りません。ただ、ソルムは敵を幻惑させることを得意としていたセンチュリオンです。もしや、あの香水臭い男が容易に他人に化けていたのは……」

「ソルムのコアのせいってこと?だけどそれならデクスからソルムの気配がするんじゃない?」

「あのメロメロコウという臭いが私の感覚を狂わせるのです……」

首を傾げるマルタにテネブラエが低く唸るように呟く。
センチュリオンとして悔しいのだろうか。
眉間に皺を寄せたテネブラエからは何も分からないと思ったのだろう。

「アンジェラは何か知らないの?」

「知っていたら、とっくに言っていると思わない?」

こちらを向いたマルタに、アンジェラは肩をすくめて笑って見せた。
それだけでアンジェラの言葉を信じたらしい。
そうだよね、と特に気にした様子もなくしいなも再び地図に目を落とした。

「だったら、地の神殿に行ってみればはっきりするんじゃないかい?」

「そうね。駄目だったら、雷の神殿に向かえばいいわ。デクスなら嫌でも私たちに会いに来るでしょうし、遭遇したら捕まえて吐かせればいいんじゃないかしら」

無いのは分かり切っているけれど、と内心笑ってアンジェラは頷く。
出来ることなら一刻も早く誰の手に落ちていないであろうコアを回収しにいきたいが、ソルムのコアがないという証明もしておいた方がいいだろう。

「うむ。考えていても始まらないな。エミル、行ってみよう」

「そうですね」

歩き始めたリーガル達の背中を見、そしてアンジェラは背後を振り返った。
この街、メルトキオにはマーテル教会の本部がある。
昨日の今日なら本部にリンネ・アーヴィングがいる可能性が高い。
それなのに何故、彼らは彼女に会おうとしないのだろう。

「本当にこのまま行くつもり?今ならリンネ・アーヴィングから話を聞けるんじゃないかしら」

もうコアを集めていないとはいえ、つい先日までリンネはロイドと行動を共にしていた。
ロイドの目的ならリンネに聞くのが一番手っ取り早い。
アンジェラの言葉にしいなが振り返り、ゼロスの屋敷がある方角を睨んだ。

「あいつがあそこまで言うんだ。隠すそれなりの理由があるんだろうよ」

「聞いたところで、今は何も話してくれないだろう」

腕を組むしいなは不満そうだが、それだけだ。
リーガルも苦笑しているが、この様子ではリンネを問い詰める気はないらしい。

「それでいいの?」

いくら世界を救った善人だからといって、今もそうとは限らない。
人は簡単に変わってしまう。
変わってしまった人達をアンジェラは知っているのだから。

「今はあいつらを信じるしかないさ」

「単純なのね。騙されているとは思わないの?」

小さく笑うしいなにアンジェラはため息をつく。
どうして彼らはそう簡単にロイド達を信じるのだろう。
相手はその信頼を利用しているのかもしれないのに。

「ゼロスはもう一生分の嘘はついてるしね。だからあいつはもう嘘はつかないよ。それでももし嘘ついてたってんなら、ぶん殴ってやるだけさ」

拳を握りしめ、明るくしいなが笑う。
この口ぶりだと、ゼロスは何度もしいな達に嘘をついたのだろうか。
それなら尚更警戒すべきではないだろうか。
マルタ達はどう思っているのだろうと視線を向ければ、マルタは微かに俯いた。

「正直、気にならないって言ったら嘘になるけど……」

零れた笑みは苦しげだった。
しいな達はあれで納得できるかもしれないが、マルタ達にとってリンネ達は赤の他人。
隠されても気になるだけだろうと見つめていると、マルタがしっかりと顔を上げた。

「リンネ・アーヴィングは大樹暴走の時も、この前のフラノール襲撃の時だって一生懸命みんなを助けてくれた。あの人は、悪い人じゃないと思う」

言い切るマルタの目に迷いはない。
確かに、フラノールでの様子を見る限り彼女は人々のために尽くしていた。
だがあれが演技だとしたらどうだろう。
コア集めから手を引いたというのも嘘だとしたら……

「マルタがそれでいいなら、僕もいいよ」

思考を巡らせていると、エミルが頷いた。
彼もマルタの意見に同意しているらしい。
安堵するマルタに頷いていたエミルの視線がアンジェラに向けられた。

「大事なのは、コアを集めて孵化することだから。ロイド達が何を考えていようと、コアを集めなきゃいけないことは変わらないしね」

優しい声で話すエミルの目は力強い。
出会った頃はいつも何かに怯えていたというのに、今の彼の目には迷いがない。
彼の目は、自分のなすべきことを成そうとする強い意志の光が宿っている。
 この状況では反対しても時間の無駄だ。
情報が得られないのは残念だが、今はコアを探した方がいいだろう。
それに考え方を変えれば、彼女に余計なことを喋られないという利点もある。

「そうね。じゃあ、地の神殿へ行きましょうか」

そう結論付けて微笑めば、誰も反論しなかった。
地の神殿に行っても何もないとは思うが、今それを言っても怪しまれる。
早く何もないことを確認して、次のコアを探すとしよう。
何も知らずに歩いていくマルタ達の最後尾につきながら、アンジェラ達は地の神殿へと向かった。


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