0-05:Selection.―滅ぼすか、滅ぼされるか―

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 その日は、突然訪れる。
テネブラエの居場所が分かった、と言ってきたのはアクアだった。
どうやらテネブラエは闇の神殿にいるらしい。
センチュリオンは力を失うと、力を取り戻すために己のマナを蓄えられる神殿へ向かう。
今まで姿を現さなかったのは、それをこちらが知っているからだろう。
だが、時間が経つにつれ力を保つのが難しくなり、ついに闇の神殿に戻ってきたというのがアクアの見解だった。

 「アリスちゃあああああん!俺の活躍見てる?!」

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと魔物倒しちゃいなさいよ」

闇の神殿で一人剣を振るのはデクスだ。
彼はただの馬鹿かと思っていたが、どうやら違うらしい。
あの数を相手にたった一人で立ち回るなんて並大抵の人間が出来ることではない。
恐らく相当の場数を踏んだのだろう。
その様子を安全な高台から観察していたアンジェラは声を上げた。

 「デクスー、アリスが応援しているわよ」

「え?本当かい!?」

「ちょっとアンジェラ!」

アンジェラが声援を送れば、デクスは嬉しそうにアリスを見た。
勿論嘘だが彼はそれに気づかずアリスに熱い視線を送っている。
これで彼はもっとはりきってくれるはずだ。
なんて単純なのだろう。
やはり彼は面白い。
隣でアリスが何やら怒っているが、これもいつものことだ。
気にすることはない。

 「ちょっと後ろ!」

アリス達で遊んでいると、アリスが声を上げた。
彼女の視線の先にはデクス。
彼の背後には彼の仕留めそこなった魔物。
アリスが魔物を指さしても、デクスはアリスに夢中で気づかない。
アンジェラは静かに構えると矢を放った。
放った矢は魔物に命中し、完全に力を失った魔物が霧散して消えていく。
それでもまだ気づいてないのか、デクスはアリスに自分の活躍を懸命にアピールしていた。

 「ちょっと、」

「大丈夫。サポートはするわ」

さすがに今のは肝が冷えたのだろう。
何か言いたげなアリスににっこりと笑みを作る。
こんな所でデクスを死なせるわけがない。
彼にはまだまだ頑張ってもらって、道を切り拓いてもらわなければ。
 この神殿の最深部にいるテネブラエと戦うには力を温存しておく必要がある。
その為に彼らを連れてきたのだ。
魔物を操る力を持ち、ヴァンガードに入りひと月ほどで戦闘班のリーダーとなったアリス。
そしてそのアリスが唯一信頼する人間であり、入って半年弱で工作班のリーダーとなったデクス。
この二人の戦闘能力はヴァンガードでもトップクラスだ。
下手にヴァンガードで数をそろえるより、この二人がいた方がスムーズに作戦が決行できる。
それに数をそろえようと思えばアリスやアクアの魔物を操る力がある。
無力な人間なんて、連れてくるだけ足手まといになるだけだ。

 「ほらデクス、アリスにいい所見せるんじゃないの?」

それにこうして声援を送れば、デクスはいつも以上に力を発揮する。
何とかもおだてりゃ木に登るというやつだ。

「見ててくれよアリスちゃん!俺は君のために戦う!!」

「ちょっと!いつも言ってるけど、あいつに変なこと言わないでくれる?ただでさえ鬱陶しいのが更に鬱陶しくなるじゃない」

が、アリスはデクスが元気になるのは嫌らしい。
睨みつけてくるアリスにアンジェラは笑った。

「あら、妬いているの?」

「そんなわけないでしょ」

言ってアリスが見たのは魔物を倒し終えて、高らかに声を上げるデクス。
あんなことをしてはまた魔物が寄ってきてしまう気がするが、本人は気づいていないだろう。
相変わらず馬鹿でかい声を上げるデクスを見て、アリスは大きなため息をついた。

 「さっきも見たでしょ?あいつ、調子乗ると周りが見えなくなるのよ」

その目はデクスを睨みつけつつも、どこか優しい色が潜んでいる。
口では何と言おうとも彼女はデクスが大切なのだろう。
大人びているがアリスは年相応の女の子だ。
素直になれなくて、不器用に生きてしまう普通の女の子。

「心配しているのね」

小さく笑えば、アリスがこちらを睨んだ。

「違うわよ。あいつに倒れられたら面倒でしょ。戦力が減るし」

「そうね。アリスの大事な人ですものね」

「だから違うって言ってるでしょ。あいつはただの駒よ」

笑みを崩さず言えば、アリスはますますこちらを睨んできた。
眉間に皺を刻んで、口を少し尖らせて。
何だかんだで二人は仲がいい。
ただ、少し心配なことはあるが。

 「デクスは貴女のためなら命を投げ出すわ。それだけ、貴女が大切なのよ」
 
デクスはアリスのためだけに生き、アリスのためだけに行動している。
そこまでするには恋愛感情以外に何か特別な理由があるのかもしれないが、あいにく二人の生い立ちなど知らないアンジェラには分からない。
誰かを守るために人は強くなれるかもしれないが、デクスの場合は自分の視野を狭めているように思える。
先ほどもそうだ。
アリスしか見ていないから、彼は背後から忍び寄る魔物に気づかなかった。
あんな調子では、そう長くは生きられないだろう。
ただでさえ短い寿命を、彼は自分自身の手で縮めようとしている。

 「ただの馬鹿よ。あいつは……」

「信じたいけど信じられないのね。彼のこと」

「人間なんていつ裏切るか分からないじゃない」

呟くように言うアリスの横顔はどこか寂しげだった。
それでいて、どこか戸惑っているようにも見える。
実際戸惑っているのだろう。
教会が差別撤回を掲げているとはいえ、差別はそう簡単になくならない。
ハーフエルフは今も人々から差別を受け続けている。
差別をする方が普通で、差別をしない方が異常なのだ。
そんな世界で好意を向けられることに不信感を抱くのは当然のこと。
黙りこんだアリスにそっと息を零して、アンジェラは口を開いた。

 「伸ばされる手があるなら掴みなさい。そうじゃないと、あなたはその手を失うわ」

デクスはアリスが何度拒んでも、何度もアリスの為に命を懸けるだろう。
何度も、何度も、その命が尽きるまで。
だが彼にも諦めざるを得ないものがある。
時の流れだ。

「デクスは人間よ。あと五十年もしたら死んでいるかもしれない。あのバカ面を見られるのもそう長くないわよ。そう考えれば、彼が生きているこの数十年はとても貴重な時間だと思うけれど」

人とハーフエルフの時間は違う。
アリスは五十年先も今と変わらない姿をしているが、人間であるデクスは老いて今とは別人のようになっているだろう。
ハーフエルフの寿命は一般的に千年と言われている。
その中の五十年なんて瞬きのような一瞬のこと。
アリスもそれを知らないわけがないだろう。
俯いたアリスは微かに唇をかみ締めていた。

「分かってるわよ」

 反抗的に、けれど否定しようとしないアリスにアンジェラは笑みを零し、そこでふと思う。
自分は何を言っているのだろう。
近い将来滅びを迎える世界でアリスの背中を押したとしても、彼女達も世界と共に死んでしまう。
それなのにどうして、自分はアリスの幸せを願っているのだろう。
死んでしまっては好きという気持ちも消えてしまうのに。
それとも、この世界が滅びないとでも思っているのだろうか。
 ……馬鹿馬鹿しい。
これは同族に対する情愛だ。
自分はこの世界が滅びを迎えることを理解しているのだから。
だからせめて、滅び行く世界の中でも同族には愛する人の傍にいて欲しいだけ。
ただ、それだけだ。

 「分かっているならいいけれど。いつまでも自分の思い描く日常が繰り返されると思ったら大間違いよ。日常なんて、簡単に壊れてしまうもの」

そっと息を吐いて、アンジェラは笑みを作った。
平和な日常は唐突に終わりを告げる。
何の前触れもなく、無慈悲に終焉を迎える。
それが分かっていたならもっと賢く生きれたかもしれないが、今更後悔してももう遅い。
だからせめて、彼女には自分のようになって欲しくないだけだ。

 「アリスちゃん!俺一人で全部やっつけてきたよ!」

思考の世界から引き上げたのはデクスの明るい声。
全ての魔物を倒し終えたのだろう。
アンジェラ達がいる高台まで這い上がってきた彼の顔には、満面の笑みが浮かんでいる。

「ちょ、ちょっと、なによその怪我!」

が、アリスの声にデクスをよくみれば、彼の足には大きな血の染みが出来ていた。
だが本人も気づいていないらしい。
首を傾げながら傷を見つけたデクスはだらしない顔で笑っていた。

「あれ?いつやられたんだろ」

「馬鹿じゃないの?」

大きなため息をつきながらもアリスが詠唱を始める。
白い陣が彼女の足元を照らし、かと思えばすぐに術は発動した。

「――――ヒール」

光がデクスの足を包み込み、彼の傷を癒していく。
アリスの気遣いに感動したのだろう。
デクスが両手を広げて喜びを表した。

「アリスちゃん!俺のためにありがとう!」

「ちょっと近寄らないでよー!あんたの血なまぐさいのが移るでしょ!」

「ご、ごめんよアリスちゃん」

が、そんなことをアリスが望むはずもなく。
鞭で頬を叩かれたデクスは大きく肩を落とした。
回復したはずなのに、またダメージを受けているようで面白い。
アンジェラは不機嫌そうなアリスに声をかけた。

 「治癒術が使えるのね」

「そうよ。アリスちゃん強いから」

そう言ってアリスは自慢げに笑ってみせた。
ハーフエルフであれば魔術が使える者は珍しくないが、治癒術となると話が違う。
多くの者が攻撃系の素質しか使えず、治療術の素質を持つものは非常に少ないのだ。

「知っているかしら?治癒術は心の優しい人しか使えないのよ。治癒術には慈しみの心が必要だから」

「そうなのか?」

首を傾げるデクスに頷いて、満面の笑みを作りながらアンジェラは口を開いた。

「ええ。だからデクスは愛されているのよ」

「アリスちゃあああああああああん!」

「ちょ、ちょっと近づかないでって言ってるでしょ!」

言った途端にデクスが両手を広げてアリスに迫る。
いつも以上に暑苦しく、鬱陶しそうに。
思わず逃げるアリスをデクスが追い、二人の追いかけっこが始まった。
きっと最終的にはアリスが勝つのだろうが、デクスの奮闘ぶりは見ていて面白い。

 「楽しそうだな」

二人を見守っていると、奥に偵察に行ってきたリヒターが戻ってきた。
少し騒ぎすぎただろうか。
リヒターは走り回るアリスとデクスを見て、大きなため息をつくとうな垂れた。

「あら、おかえりなさい。奥の様子はどうだったの?」

「問題ない。先に進むぞ」

にっこり笑って言えばリヒターは一人で歩き出し、アンジェラも続く。
ここまで来たら最深部までそう時間はかからないらしい。
魔物の襲撃も思ったより少ない。
この調子ならテネブラエ捕獲もきっとうまくいくだろう。

 「ほら、二人ともいちゃつくのは後にしてもらえるかしら?」

「だからそういうのやめてって言ってるでしょ!」

後ろを振り返り、追いかけっこをしている二人に声をかければアリスの怒声が真っ先に飛んできた。
さすがにあのデクスから逃げるには相当な体力を消耗したのだろう、彼女は肩で大きく息をしている。
それをチャンスと見たデクスがアリスとの距離を一気に縮めたが、アリスは大きく鞭を振り上げて返り討ちにした。
見事な一撃にデクスが倒れる。
思わず拍手を送りたくなるような強烈な一撃だったが、このまま倒れられては困る。
もたもたしていれば、すぐにまた魔物に襲撃されるのだから。

「リヒター、貴方ファーストエイド使えたわよね」

だというのに、アンジェラの言葉にリヒターは首を縦に振らない。
呆れ返って頭を抱え込むと、大きなため息をついた。



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