4-05:Investigation. ―実験と証拠―

2/5


 「フラノール行き、まもなく出るよ!」

港へ向かえば、船員の大きな声が聞こえてきた。
連続放火事件で足止めされていた客も多いのだろう。
田舎の漁港にしては多い人々が乗り込むのを見て、前を歩いていたジーニアスがスピードを上げた。
だが、いつもなら先を歩くエミルの足取りは重い。
あの船に乗ってフラノールに行けばロイド達の情報が得られるというのに、どうしたのだろう。
マルタも様子のおかしいエミルに気付いたのだろう、リフィルが乗船手続きをしているのを横目に見ながらエミルに歩み寄った。

「エミル、どうしたの?さっきから暗い顔してるけど」

「……う、うん……あの…………」

俯いたままエミルは視線を泳がせている。
この船に乗らなければ、次のフラノール行きまでかなりの時間があいてしまう。
仇であるロイドを追うより大切なことでもあるのだろうか。

「何か気になることでもあるのかしら?」

「その、僕……」

エミルが言うのを躊躇っている間にも出港の時間は迫っている。
優しく問いかけるが、エミルは中々口を開こうとしない。

 「もうすぐ船が出ちゃうよ」

船員に急かされたのか、ジーニアスが小走りで戻ってきた。
船員と何やら話していたリフィルもエミルの事が気になったのだろうか。
いつもの歩調よりも早くこちらに歩み寄ってきた。

「ほら!男なら、はっきり言う!」

「う、うん」

痺れをきらしたのだろう。
マルタに叱咤され、エミルが肩を震わせながら顔を上げた。
早く行かなければ船が出てしまう。
皆声には出さないが、内心は焦っているに違いない。
いくつもの視線を受けながらエミルがゆっくりと口を開いた。

「……僕、火事の事が気になるんです。ロイドを捜してる間にも、きっとまたヒッカリカエルは出ますよね?ってことは、火事も続くってことですよね」

真っすぐな目に、アンジェラは小さく息をのむ。
少し前のエミルなら少しでも早くロイドを追いかけたいと主張した筈。
リフィルもエミルの変化に気付いたのか、微かに目を見開きながらも頷いた。

「……ええ、確かにその通りよ。でもね、ヒッカリカエルは余程の事が無いと火を出すほどの熱を発したりしないのよ」

「この村ではボヤ騒ぎが続いています。よほどのことが起きてるんですよね」

間髪入れずに返すエミルに、リフィルが口を閉ざす。
 エミルにしては中々鋭い指摘だと内心感心しながら、アンジェラは口を開いた。

「そうね。ヒッカリカエルによる発火にしては、妙なのは確かね」

「センチュリオン・コアの暴走による影響ではないでしょうか。ヒッカリカエルは光属性の魔物です。光のセンチュリオン・コアは――」

アンジェラが頷けば、テネブラエが眉間に皺を寄せた。
テネブラエとしては放火事件など放っておいて、センチュリオン・コアを孵化させたいに違いない。
コアを孵化させなければ世界の異常気象はおさまらないのだから。
一つの答えに誘導され、マルタが納得したように頷いた。

「そうか。ルーメンのコアはロイドが持ってるんだ」

「その通りです。ですから、事態の収束にはロイドを見つけ、ルーメンのコアを孵化させるしかありません」

「ならば急いでロイドを追いかけなければならぬな」

静かにテネブラエが言っても、神妙な顔でリーガルが頷いてもエミルは首を縦に振らない。
拳を固く握りしめ、しっかりと前を見てしっかりと意見を口にした。

「でも、このまま何もせずに行くのは心配なんです。リフィルさんも言ってくれましたよね。可能性がある限り追及しなさいって」

緑色の目が向けられたのはリフィル。
今、追及出来る余地のある問題が目の前にある。
それは今のエミルにとって、仇と信じているロイドを追うことより大切なことなのだろう。
エミルの真剣な視線を受けとめて、リフィルはそっと口を開いた。

「つまり、ヒッカリカエルの発熱を抑える方法を探したいのね。村の人に事情は説明してあるからしばらくはこのままでも大丈夫だと思うけれど……」

それでも、コア探しを中断させればそれだけコアを奪われやすくなる。
コアを奪われ続ければ、異常気象はおさまるどころか悪化していく。
世界のことを考えるのなら、放火事件は捨て置くべきだ。
だがエミルの様子を見る限りこのままフラノールに向かうことは出来ないはず。
 それなら、とアンジェラは笑みを浮かべた。

「二手に分かれればいいんじゃないかしら。貴女達はロイド達の行方とコア探しをお願い。私達はヒッカリカエルの件を解決してからすぐ向かうわ」

アンジェラとしてもこの不可解な放火事件の結末が気になる。
何故ヒッカリカエルが何度も発光、発火するほどのエネルギーを持っているのか。
そのエネルギー源は何なのか。
生息地を変えたことが影響しているのか、カマボコグミが影響しているのか。
どちらにしろ、研究者としての血が騒ぐのは確かだ。

「では、リフィルとジーニアスは出発してくれ。先行してロイドの事を調べてもらいたい。その代わり、ヒッカリカエルの件は私達が責任を持って処理する」

アンジェラの案に真っ先に頷いたのはリーガルだった。
彼も自分が関わった事件とだけあって、放置しておけないのだろうか。
リンネ達と戦闘になることを考えれば、リーガルはリフィル達と一緒に行った方が良い。
いくらセイジ姉弟が強いといっても二人は後衛。
前衛であるアーヴィング姉弟を二人相手にするには分が悪い。
それに説得するにしても、仲間は多い方がいいだろう。
リフィルは顎に手を当てて考え込んでいたが、ややあって息を吐いた。

「……そうね。それが良いかもしれないわ」

「フラノール行き、出るよ!」

リフィルが頷いた所で、船員の声が聞えた。
ジーニアスが振り返った先には、手を振る船員の姿。
これ以上は待ってもらえないだろう。
 本格的に出港の準備が始まったのを見ると、リフィルはこちらを向き直った。

「それじゃあ、エミル、マルタ、アンジェラ、それにテネブちゃん。くれぐれも気をつけてね」

「……できれば、次にお会いする時はテネブラエとお呼び下さい」

にっこりと笑うリフィルに、テネブラエが軽く睨む。
完全にからかわれているのだろう。
それでも訂正しないリフィルに、テネブラエは溜息をついた。

「リフィルさん、ありがとうございました。ジーニアス、またね!」

「うん、任せといて。それじゃあ!」

エミルが礼を述べ、仲間に手を振ればジーニアスも笑顔で手を振る。
共に過ごした時間は長いとは言えないが、歳が近いこともあって気が合うのだろう。
 二人の様子を微笑ましく見守っていると、アンジェラは差し出された手をとった。

「二人をよろしくね」

「貴女とはもう少し話してみたかったわ」

色々とね、と付け加えてアンジェラはリフィルに微笑む。
彼女ならラタトスクやラタトスクの騎士、エミルについて何か分っているのかもしれない。
だがテネブラエがいる所でそんな話が出来るわけがない。
歯がゆい思いを胸に、アンジェラはそっと手に力がこもるのを感じた。

「すぐに会えるわよ。事件を解決したらすぐにフラノールに来るんでしょう?」

「そうね。もう大体の見当はついているもの」

にっこり笑ってアンジェラは手を離す。
既に仮説は立ててある。
あとはこれを検証し、実験していくだけだ。

「あ、そうだわ。リーガル、これをあなたに渡しておくわね」

 何か思い出したようにリフィルが渡したのは無地の白い封筒。
事務的な書類などに使われるような宛先のない封筒に、リーガルは首を傾げた。

「これは?」

「ふふ、そうね。ラブレターみたいなものかしら」

「ね、ね、ねねねねね姉さん……!?」

「すごい積極的……私も見習わなきゃ」

楽しそうに笑うリフィルにジーニアスは顔を青くし、マルタは甘い声で呟いてエミルを見る。
当のエミルはというとマルタの熱い視線などには気付かず、リフィルの行動に目を丸くしているだけだったが。
あれが本当にラブレターなら、もう少し洒落た封筒を使うだろう。
そうしないのは、あれがラブレターではないからだ。
おそらくラブレターと言ったのはカモフラージュだろうと結論付けて、アンジェラは笑みを作ってジーニアスに声をかけた。

「あら、レザレノの会長なら玉の輿じゃない。よかったわねジーニアス」

にっこり笑ってもジーニアスは呆然としたまま。
余程ショックらしい。
弟の反応も予測済みだったのか、リフィルは動じることもなくリーガルに微笑んだ。

「後で一人で見てちょうだい。誰にも見せないで欲しいのだけれど……最終的な判断は貴方にお任せするわ」

意味ありげなリフィルの強い眼差しに、リーガルが小さく笑みを零す。
こういったことには慣れているのか、それともリフィルの真意を分っているのか。
両者の可能性はあるが、どちらかというと後者の方だろう。
リーガルはリフィルから受け取った手紙を大事に懐に仕舞った。

「……あなたのように美しい方からこのようなものを頂けるとは思わなかった。確かにお預かりしよう」

「う……うそ……リーガルが……リーガルがボクのお義兄さんに……?そんな……」

「それじゃあ、またフラノールで会いましょう」

後退るジーニアスをリフィルが引きずるようにして足早に乗り込んでいく。
二人が最後の乗客なのだろう。
リフィルは甲板から手を振ってくれたが、ジーニアスの方はかなり落ち込んでいるのか姿が見えない。
やがてリフィルの姿が海の彼方に消えて行き、姿が見えなくなった所で手を振っていたエミルが手を下ろした。

 「とりあえずこの村で放火事件が起きた場所を全て周ってみよう」

「は、はい!」

リーガルに声をかけられ、エミルが姿勢を正す。
少し緊張しているのだろうか。
 アンジェラは小さく笑って口を開いた。

「それなら私は、ベルクにカマボコグミについて話を聞いてみるわ」

「どうして?」

首を傾げるマルタにアンジェラは頷く。
彼女たちはカマボコグミが放火事件に関係しているなんて思ってないだろう。
マルタ達を見渡しながら、アンジェラは口を開いた。

「最初の事件も、それから先日の放火事件の現場にもカマボコグミがあったでしょう?なら、カマボコグミを食べたヒッカリカエルが体内に高エネルギーを蓄えたのかもしれないわ」

「そんなバカな!ヒッカリカエルがグミ好きなんて聞いたことがありません」

「ええ、私もよ。でも貴方が眠りにつく前にカマボコグミなんてなかった。カマボコグミが出来たのはここ最近。そして、イズルードがフラノールとの直行便を結ぶようになったのも最近の話でしょう?」

あり得ない、と首を横に振るテネブラエにアンジェラは小さく笑う。
センチュリオンとしての誇りが高いテネブラエのことだ。
簡単には納得してくれないだろうと内心思いながらも言葉を続けた。

「この二つが出会ったのはつい最近。なら、私たちは誰も知らない新事実に直面しているのかもしれないわ」

センチュリオンさえも知らない魔物の生態なんて、考えるだけでも心が躍る。
誰も知らないことを、自分だけが知っている。
人の数歩先を行くという優越感。
仮説を立てて立証し、事実を証明していく高揚感。
こんなに好奇心が騒ぐのは久々だ。

「なんか、アンジェラ楽しそうだね」

感情が完全に表に出ていたのか、マルタが楽しそうに笑う。
いくら興味深い研究対象があるからといって、感情的になりすぎるのはよくない。
そっと息を吐き出して、少し自分を落ち着かせてからアンジェラは微笑んだ。

「そうね。ここ最近こういう研究はしてなかったから」

「昔はしてたの?」

首を傾げるエミルに、アンジェラはそっと口を噤む。
やはり感情が高ぶり過ぎているようだ。
過去にはあまり触れられたくない。
適当に誤魔化してしまおうと思考を巡らせていると、エミルが小さく笑った。

「そういえば、ノイシュに会った時もアンジェラすごく楽しそうだったね。もしかして動物好きなの?」

「そうね。生物は好きよ。生物の進化は考古学のように、不確かな人の心理を探求する必要はないもの。とても現実的でしょう?」

「リフィルが聞いたら怒りだしそうだな」

にっこり笑って頷けば、リーガルは苦笑した。
人の感情というものは厄介で、理論的には証明できないような行動に走ることもある。
だからこそ、考古学は厄介でアンジェラには理解しがたい部分が多い。
最も、リフィルはそういった人々の感情に浪漫を感じているようだが。

「しかし、私は魔物を熟知したセンチュリオンです」

 まだカマボコグミとヒッカリカエルの関連性を信じられないのだろう。
眉間に深い皺を刻むテネブラエにエミルはでも、と口を開いた。

「ヒッカリカエルの属性は光でしょ?テネブラエの知らないこともあるかもしれないよ」

「エミルの言う通りだよ」

エミルとマルタに言われれば、流石のテネブラエも口を噤んだ。
ラタトスクのコアを宿すというマルタと、ラタトスクを守るラタトスクの騎士であるエミル。
これを言ったのがアンジェラなら猛反発されたかもしれないが、テネブラエはこの二人には基本的には逆らえないのだ。
何とも言えない表情のテネブラエにアンジェラは小さく笑った。

「そうね。違うというのなら、あなたはそれを証明すればいいんじゃないかしら」

このまま言いくるめることは可能だが、テネブラエがアンジェラの意見を素直に受け入れられるわけがない。
テネブラエも馬鹿ではないが、無駄に誇り高いのがセンチュリオンだ。
ある程度の意見は尊重し、彼自身が認めるまで待つしかないだろう。
 そっと息を零して、アンジェラは皆を見渡した。

「ここから別行動にしましょう。私の考えは、あくまで仮説だもの。立証するための証拠が欲しいわ。マルタ達は村の人から放火事件についての情報を集めてくれるかしら」

「分った。任せて!」

真っ先にマルタが頷き、となりのエミルもすぐに頷く。
本当に素直ないい子だ。
だがこの素直さが怖いこともある。
アンジェラは小さく笑みを零すとリーガルを見た。

「二人の事はお願いね。レザレノの会長様なら交渉は得意でしょう?」

「一人で大丈夫なのか?」

「私、子供じゃないもの。一人でお使いくらい出来るわ」

心配げなリーガルにアンジェラは肩をすくめて笑う。
この街にヴァンガードの気配はない。
街の住民も危険な思考を持っているとも思えない。
アンジェラの答えに、リーガルはそっと息を吐いた。

「無理をするなよ。ある程度情報を集めたらここに集合で良いだろうか」

「問題ないわ。それじゃあ、また」

軽く手を振って答え、アンジェラはマルタ達と別れるとベルクの家に向かった。


.

- 235 -


[*前] | [次#]
ページ: