4-01:Fishery.―火事と放火犯―

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 オサ山道を抜ければ、徐々に暖かくなってきた。
本来ならトリエットから遠ざかるにつれて涼しくなってくるはずだが、逆になっているのは、イグニスのコアが暴走した影響に違いない。
あたたかな日差しを感じつつ、アンジェラ達は歩を進めた。

 「……イズルード……」

微かに潮風を感じ始めた頃、リフィルが表情を曇らせた。
何か問題でもあるのか、口から零れたのはため息。
暗い表情のリフィルに、エミルが心配げに声をかけた。

「どうしたんですか、リフィルさん。何だか顔色が……」

「……いいえ。ちょっと、イズルードには嫌な思い出があって……」

笑みを作るリフィルだが、その笑みはぎこちない。
いつも冷静沈着な彼女がここまで暗い表情をするのだ。
何か理由があるのだろう。

 「何かあったの?」

「何でもないわ。大丈夫よ」

アンジェラが声をかければリフィルは首を横に振ったが、これは何でもないという顔ではない。
だがこの顔は問い詰めても何も言わない顔だ。
深く追求せず、ならいいけど、と軽く返しているとエミルが緊張気味に声をかけた。

「あ、あの!僕、頼りないかもしれませんけど、リフィルさんを守りますから!」

たどたどしくも、最後ははっきりと言うエミルにリフィルが瞠目する。
リフィルに良い所を見せたいのだろうか。
エミルの真っすぐな視線にリフィルは小さく笑った。

「ありがとう……。守って貰って、どうにかなるものならいいんだけれど。気持ちだけ受け取っておくわ」

笑みを零すリフィルに、エミルの頬が微かに赤くなる。
なんとなく甘酸っぱい空気にアンジェラが背後を振り返れば、予想通りの人物が後ろでぶつぶつと独り言を言っていた。

「…………怒るな……怒るな……」

「マ、マルタ?」

「……何でもない」

只ならぬ空気を察したのだろうか。
エミルも振り返って声をかけるが、彼女は頬を膨らませて視線を逸らした。

「もう、そういうのじゃないって、決めたんだから……だから……だから……」

マルタの考えが分ってしまったのだろう。
口元を引きつらせるエミルに、ジーニアスが肩をすくめた。

「もてる男は大変だね」

「本当ね。口説くのか突き放すのかどちらなのかしら」

アンジェラが大きく頷けば、エミルが乾いた笑い声を上げた。
エミルは良くも悪くも鈍感だ。
マルタが嫉妬するとは思わなかっただろう。

 「あ、あれ?ねえみんな。なんか臭わない?」

なんとかして話題を変えたいのか、エミルが村の方を指差す。
このまま無視するのも可哀想だろう。
適当に話を合わせようかと思ったが、確かに彼の言う通り村の方から香ばしい香りが漂ってきた。

「ホントだ。ちょっと懐かしい匂いなんだけど……なんだろう」

「イズルードは漁業が盛んですもの。魚でも焼いているんじゃないかしら」

くんくんと鼻を鳴らすジーニアスに、リフィルが平常心で頷く。
ここは漁業の町。
海産物を加工する臭いが漂っていてもおかしくはない。

「この辺りの加工製品はシルヴァラントでは有名ですものね」

アンジェラも頷くが、村に近づくにつれて臭いがどんどんきつくなってくる。
香ばしい香りだと思ったが、それにしては少々焼き過ぎではないだろうか。

「……けど、それにしては焦げ臭くない?」

「ええ……。魚を焼くというよりは焦がしているというか……」

マルタとテネブラエも考えていることは同じだった。
漂ってくる臭いは、魚介類の焼ける匂いではなく、異物を焼く臭いも混じっている。
顔をしかめたマルタは、辺りを見渡した。
よく見れば、村の奥から灰色の煙が風に乗って流れてきている。
臭いの元はあれだろう。

「そうか!姉さんの料理の匂いに似てるんだ!」

「ジーニアス!どういう意味!?」

はっとした表情でジーニアスが声を上げれば、リフィルが弟を睨んだ。
だがアンジェラ思うどの表現よりも、ジーニアスの表現が一番しっくりくる。
アンジェラはにっこりと笑みを浮かべた。

「貴女の料理が個性的ってことじゃないかしら」

「要するに、リフィルさんの料理が下手という意味では?」

「何ですって?」

テネブラエが続いて笑えば、白銀の鋭い目がこちらに向けられるが、テネブラエはリフィルの反応を見て楽しんでいるようだ。
陰気な笑い声を残して姿を消した。

「そ、そんなことより臭いの元を探しましょう!」

姿が消えても辺りにテネブラエが潜んでいるのは分っているのだろう。
辺りを見渡すリフィルに、エミルが冷や汗をかきながら先頭を歩き出した。




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