2-11:Deside.―趣旨と心境―

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 救いの小屋かと思っていたが、小屋の中は骨董品が並んでいた。
古ぼけた鎧や、年代物の壺。
一見ガラクタの山に見えるが、中には貴重な宝石も見えたので単なるガラクタだけではないのだろう。
だが今必要なのは休める場所であり、骨董品ではない。
他を探した方がよさそうだと内心落胆していると、部屋の奥にいた初老の男性が笑顔でこちらを向いた。

 「なんじゃ。お前さんたちもこのコットンさまのコレクションが見たいのか?」

「コレクション?」

「何じゃ、違うのか。だったらとっとと帰れ」

嬉しそうな顔をして訊ねた男性、コットンはマルタが首を傾げればすぐに顔をしかめた。
自分のことを様付けするあたりろくな人間ではないだろう。

「なんじゃい」

そう呟いて、男性はこちらに背を向けた。
が、まだ何か用があるのか視線だけがこちらに向けられる。
おそらく自分のコレクションを自慢したいのだろう。
面倒な人間と出会ってしまったが、表情に出せば更に面倒なことになる。
これ以上面倒なことを言われる前に早くここを出た方がいいだろう。
そう思って口を開きかけた時、ため息混じりでコットンが口を開いた。

「そっちの女の子達はべっぴんさんじゃから、リヒターの奴が来るまで暇つぶしに色々見せてやろうと思ったのに……」

が、コットンの言葉に思わず息をのむ。
どうしてここでリヒターの名前が出てくるのだろう。

「リヒターさんが来るんですか?」

コットンの口から出てた名前に、エミルが反応を示す。
リヒターはラタトスク・コアを狙っているが、エミルにとってリヒターはある意味特別な存在であり、敵ではない。
息をのむエミルにコットンは眉をひそめた。

「ん?あのいけすかない男と知り合いか?」

「いけすかない男か。間違いなくあのリヒターだね」

コットンの反応にマルタがそっと息を吐く。
マルタとしては、リヒターが来ると分かっているなら長居はしたくないだろう。

「……マ、マルタ」

「お爺さん、リヒターはいつ来るの?」

警戒するマルタにエミルが声をかけるが、マルタは聞こうとしない。
とはいえ、彼女の反応は間違ってはいない。
ラタトスク・コアを奪われれば全てが終わってしまう以上、警戒するのは当然のこと。
コットンは時計を見ると、微かに首を傾げた。

「そろそろだと思うんじゃが……ずいぶん遅いの。マナの守護塔の鏡が見つからないのかもしれんな」

「マナの守護塔の鏡?」

「なんじゃ、男に話すことは何もないぞ」

この人間は、かなりの男嫌いらしい。
エミルが疑問を投げかければ、コットンは分かりやすいくらいに顔をしかめた。
だが、先ほどの発言を思えばコットンは女好きの筈。
それなら、とアンジェラはいつもの笑みを作った。

「お願いしますコットン様」

「お爺さん、教えて」

マルタも分かっていたのだろう。
甘えた声を出せば隣のエミルが少し口元を引きつらせたが、気付かないふりをしよう。
二人でおねだりをすれば気を良くしたコットンは、だらしない笑みを浮かべてみせた。

「リヒターの奴、わしがせっかく手に入れたスピリチュアル書を渡せと言ってきてな。交換条件に、マナの守護塔の鏡とバラクラフの碑石を持ってくるように言ったんじゃ」

「スピリチュアル書?何それ」

「……さあ?」

スピリチュアルとは、テセアラでは神子を蔑にした者を粛清した天使として有名であり、シルヴァラントでは世界最初の神子と呼ばれた存在。
そんな有名な人物をこの二人は知らないのだろうか。

「お前達のような無学な奴らには価値の分らぬ本じゃ。さ、用がないなら出ていけ」

いくら女の子といっても、物の価値が分からない女の子は嫌いらしい。
エミル共々、マルタはコットンに追い出されてしまった。

 「ほら、お前さんも出ていけ」

「スピリチュアル書とはテセアラでは死と破壊の天使であり、シルヴァラントでは再生の神子として有名なあのスピリチュアルについて書かれた貴重な資料ですよね」

にっこり微笑めば、コットンの眉が上がる。
多少はこちらに興味を示してくれたようだ。
元々この人間は女好き。
それも自分の知識を自慢したい傲慢な男と見た。
なら、おとすのは造作もないことだ。

「あれはサイバックの学術資料館が厳重に保存している為に、入手は不可能と言われたものでしょう?そんなものを所持しているなんて、コットン様は素晴らしいですわ」

コットンとの距離を詰めて、上目づかいで見つめる。
こんな人間に媚を売るのは好きではないが、これでリヒターについての情報が得られるなら安いものだ。
媚を売った効果はすぐにでた。

「お姉さんはこれの価値がわかるようじゃな」

「ええ。私も一度は拝見したいと思っておりましたが、こんな所でお目にかかれるなんて夢のようです」

「そうかそうか。ここで会ったのも何かの縁じゃ。ちょっとなら見ていっても構わんぞ」

にやりと笑うコットンに、アンジェラも微笑む。
これでもう、流れは完全にこちらのものだ。
すっかり気を良くしたコットンは、部屋の奥にスピリチュアル書を取りに行った。
何故リヒターがスピリチュアル書を探しているのかは分からないが、彼がこれを探しているという事は、ラタトスクに関係するものである可能性は高い。
調べるに越したことはないだろう。

「ほら、ちょっとだけじゃからな」

「ありがとうございます」

スピリチュアル書を満面の笑みで受け取り、近くの椅子に腰かけてパラパラとページをめくる。
見たところ、ラタトスクに関する情報はなさそうだが、今のリヒターがラタトスクと無関係なものに執着するとは思えない。
スピリチュアル書とラタトスクが直接的に関係していなかったとしても、間接的に関係している可能性がある。

「リヒターという男も、余程この本が見たかったのでしょうね」

「そうなんじゃよ〜。駄目だと言っても聞かんのでな。すぐに戻ると言っておったが、戻ってこんということは遺跡の魔物にでも食われたかの」

「あら、怖いわ」

口元に手を当てて表情を曇らせれば、コットンは楽しそうに笑った。
この老人、危険な場所と知っていてリヒターを向かわせたらしい。
目的の為なら手段を選ばないのだろう。
本当に欲望に忠実な人間だ。
だがマナの守護塔について何も知らないリヒターではない。
ラタトスク・コアの事しか頭にないはずのリヒターが、危険を冒してでもスピリチュアル書を狙う理由について聞きださなければ。
そう考えたアンジェラが口を開くと同時に、扉が開いた。

 「おいコットン、持ってきたぞ」

中に入ってきたのは、昔から変わらない無愛想な声。
顔を上げれば、いつもの無愛想な顔がそこにあった。

「久しぶりね。リヒター」

「……何故、お前がここにいる?」

いつも通りの笑みを浮かべれば、リヒターは瞠目の後にこちらを睨んできた。
会いたくなかった、とその表情が全てを物語っている。
アンジェラはそっとスピリチュアル書を閉じると、膝の上に置いた。

「たまたま立ち寄ったのよ。エミルの具合が悪いみたいだったから」

「エミルの?」

やはりアステルに似たエミルのことは気になるのだろう。
エミルの名を出せば、リヒターの視線が心配げなものに変わった。
その気持ちを少しでもこちらに向けてくれれば……
そう思うのは、やはり無理な願いなのだろうか。
けれどそれを表情に出さないように努め、アンジェラは彼の不安を拭おうと説明をはじめた。

「旅の疲れが出たのでしょうね。それより貴方、スピリチュアル書を探しているようね。どうして?」

「お前には関係ないことだ」

微笑んで訊ねれば、リヒターは視線を逸らした。
彼は中々の頑固者。
このままでは話してくれないだろう。
それなら、とアンジェラは扉の向こうから感じた気配にそっと息を零した。

 「そう……じゃあ私には話せなくても、あの子には話せるかしら」

リヒターが怪訝そうに眉をひそめたその時。
ゆっくりと扉が開き、入ってきた人物にリヒターが息をのんだ。

「リヒターさん……スピリチュアル書って何ですか?ラタトスクと関係あるんですか?」

エミルの視線から逃げるように、リヒターが眼鏡の位置を直すふりをして顔をそらした。
アンジェラが問いかけた時とは明らかに違う反応だ。
彼は動揺している。

「直接には関係ない」

「間接的には関係あるんですか」

間髪いれずに言葉を返すエミルにリヒターが舌打ちした。
余程知られたくないことなのだろう。
苛立ちを隠すことなく、リヒターはエミルを睨みつけた。

「どうしてお前にそんなことを説明しなきゃならないんだ」

「僕、気になるんです。リヒターさんは僕に親切にしてくれたのに、ラタトスク・コアのことになると人が変わっちゃうから……」

エミルの真っすぐな視線にリヒターが顔をしかめた。
あのまっすぐな目は、アステルによく似ている。
だからあの視線を受け止めきれないのだろう。
リヒターは再び視線をそらすと、そっと息を吐いた。

「教えて下さい!」

「断る」

珍しく強気の姿勢のエミルだが、リヒターは怯まない。
エミルはリヒターに懐いているようだが、何故ここまで懐いているのだろう。
二人に接点などほとんどないはずだ。
アンジェラがいない間に、二人に一体何があったのだろう。
 
「なら僕、リヒターさんについていきます。あなたがやろうとしていることが、ラタトスクを殺そうとすることに関係してるなら、僕はあなたを止めなくちゃ」

いつものエミルなら睨まれるだけで怯えていたのに、今日のエミルは怯まない。
強く拳を握りしめ、リヒターの視線を受け止めている。
 どれほどそうして見つめていたのだろう。
何か会話の糸口を見つけたかのように、リヒターは窓の外を見た。

「……マルタはここに来ているのか?」

「マ、マルタは殺させません!」

リヒターの狙いがマルタであることを思い出したのだろう。
慌てて首を横に振ったエミルに、リヒターは微かに口の端を上げた。

「……わかった。それならお前に協力してもらおう。ただし、マルタの姿を見かければ容赦なく殺す」

言って剣の柄に手を当てたリヒターの目が鋭さを増す。
だが頑固なリヒターにとってはかなり妥協した方だ。
本来なら力づくでねじ伏せられ、マルタを殺されてもおかしくはないのだから。

 「私も行くわ」

「お前は来るな」

笑顔で申し出れば、リヒターは顔をしかめた。
エミルに同行を許すくせに、何故アンジェラの同行を許してくれないのだろう。
アンジェラに見られたくないものでもあるのだろうか。

 「あらそう。それじゃあ、このスピリチュアル書は私が頂こうかしら」

それなら、とアンジェラはリヒターの逃げ道をなくそうと彼に向けていた笑みをコットンに向けた。

「ねえコットン様。バラクラフの碑石さえあれば、そのスピリチュアル書は頂けるのかしら?」

甘い声を出してコットンとの距離を縮め、上目づかいで見つめる。
この人間の性格はすでに把握している。
男嫌いで女好きのこの人間なら、これでおとせるはずだ。
そんなアンジェラの思惑通り、コットンはだらしなく笑った。

「そうじゃな〜お姉さんは美人さんじゃから特別に」

「ちょっと待て。二つと交換じゃなかったのか!」

「ふん!お前さんみたいな無愛想な男に渡すより、美人なお姉さんに渡す方が良いに決っとるじゃろ!それに、欲しかったマナの守護塔の鏡は手に入ったからな」

リヒターが険しい顔で詰め寄れば、コットンは一瞬にして顔をしかめた。
これでうまくいきそうだ。
アンジェラは満面の笑みでリヒターの方へ向き直った。

「と、いう訳だけれど?」

とはいえまだ納得したくないのだろう。
リヒターは舌打ちするとアンジェラから視線を逸らし、思考を巡らせていたがややあって視線をこちらに戻した。

 「まだお前がバラクラフの碑石を手に入れられたと決まったわけじゃない」

「あら、忘れたの?バラクラフ王廟は二年前の大樹暴走で、入り口が崩壊していて入れないのよ」

「それはお前も同じだろう」

笑って肩をすくめれば、リヒターは眉を寄せた。
やはりリヒターは正面からしか入れないと思っているらしい。
予想通りの反応にアンジェラは笑みを深めた。

「私はバラクラフ王廟へ続く秘密の道を知っているわ」

「そんなのがあるの?」

エミルにも心当たりがあるはずだが分からないのだろう。
目を見開くリヒターと同じタイミングで、隣のエミルも首を傾げた。
アステルと同じ姿形をしていても、頭の中は全く違うらしい。
そんな当たり前な事を少し残念に思う自分がいて、アンジェラは内心笑った。
エミルとアステルは別人だというのに、自分は何を考えているのだろう。
そっと息を零し、アンジェラは渋面を作るリヒターに向かって微笑んだ。

「さあ、どうするの?私を連れて行ってくれたら案内出来るわよ」

聞かなくても答えは分かっているが、リヒターの口からしっかりと答えを聞きたい。
が、リヒターは中々口を開こうとしない。
彼が選ぶべき道はたった一つしかないというのに。
じっと笑みを浮かべて、彼の返答を待つ。
エミルが居心地悪そうに視線を泳がせている中、沈黙を破りリヒターが溜息をついた。

 「……案内しろ」

「決まりのようね」

舌打ちをするリヒターにアンジェラは思わず頬を緩める。
これでリヒターがスピリチュアル書を狙う理由も少しは分かるだろう。
それに何より、またリヒターの傍にいられる。

「ど、どうすればいいんですか?」

「アスカードに来い。説明はそこでする。行け。さもないと俺が先に外へ出て、マルタを斬る」

おそるおそる訊ねるエミルにリヒターが剣の柄に手を当てた。
これは単なる脅しではないのだろう。
ここは言う通りにした方がいいだろうとアンジェラが一歩前に踏み出せば、リヒターが剣を抜いた。

 「それまで、こいつは人質として預かっておく」

「そんな!」

アンジェラの首元に突き付けられた剣に、エミルが息をのむ。
これでエミルはリヒターの言葉に従わざるを得ないだろう。
先ほどまで同行を拒んでいたリヒターだが、アンジェラを連れていきたい理由でも出来たのだろうか。
それとも、エミル達と引き離して始末するつもりなのだろうか。

「あら、怖いわ。何をされるのかしら」

「黙れ」

からかいを含んで笑えば、リヒターが剣を持つ手に力を込めたのが分かった。
窓から差し込む光に照らされて煌めく剣に、エミルとコットンが息をのむ。
下手なことをすれば、この剣は躊躇いなくアンジェラを斬り裂くだろう。
だが彼に剣を突き付けられるのはこれが初めてではない。
恐怖心などなく、アンジェラは薄く笑った。

「酷いわね。私はただ単に怯えているだけなのに」

「それのどこが怯えているんだ」

「どこからどう見ても怯えているように」

「見えんな」

眉をひそめて見せれば、言葉を遮ったリヒターが鼻で笑う。
冗談だと分かっているのだろう。
心を乱すことなく、リヒターはしっかりと剣を突き付けたままだ。

 「なんかアンジェラ達……楽しそうだね」

緊張感が薄れていることに気付いたのだろうか。
小さく笑うエミルに、リヒターが目を光らせた。

「達、だと?」

「ご、ごめんなさい!」

途端、エミルは慌てて首を横に振り、手を横に振る。
リヒターはアンジェラと同類にされたのが心外だったのだろうか。
そっと息を吐き、アンジェラは眉を寄せた。

「あら、エミルまでそんな事を言うの?私は人質なのよ」

「そうだったね……」

ひどいわ、と言えばエミルが口元を引きつらせた。
いつもの調子のアンジェラに少しは落ち着いただろうか。
エミルは怯えた様子も見せない。

「とにかく、アスカードで待つ。いいな」

リヒターの指示にも冷静に頷き、小屋を出るとマルタの下に駆け寄っていった。
彼一人でうまく誤魔化せるかどうかは心配だが、テネブラエが姿を現した所を見るとなんとかなりそうだ。

 「行くぞ」

剣を収めてリヒターが裏口に向かい、アンジェラも続く。
何かアンジェラに聞きたいことでもあるのだろう。
一緒に小屋の外に出れば、共に旅をしたときと変わらない青空が広がっていた。


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