24:路地裏の再会


 こちらの様子を伺う視線に、罠だとすぐに気付いた。それでも敢えて飛び込んだのは、一人で片づける方が都合がいいと判断したからだ。幸い、暗殺者に気付いたのはユーリだけ。そう思い、静かに動いた所で視線が突き刺さりユーリは静かに視線を向けた。ライもあの視線に気付いたのだろう。それに、ユーリの思惑も。それなら、彼女にも力を貸してもらうとしよう。強い視線を送り、ライが目を細めた所でユーリは再び背を向けて暗殺者の方へと歩き出した。
 ライなら、ユーリが姿を消してもうまく誤魔化してくれるだろう。これでいいと、手に持った剣を固く握りしめ、ユーリは誰もいない裏路地に向かって笑みを浮かべた。

「……かくれんぼか?そろそろ出て来たらどうなんだ?」

声に応えるように出ていたのは三人。思ったよりも数は少ないが、相手は相当な手練れ。油断は出来ないと、鞘を振り払うように抜いて、雷鳴が轟く中ユーリは裏路地に飛び込んだ。ここなら誰も巻き込む心配はない。
 暗殺者達が持つ武器は剣ではなく、手の甲辺りから伸びる三本の爪。振り下ろされた爪を受け止めれば、もう一人が脇から爪を突き出した。後ろに飛びのけば、背後から跳びかかる気配に咄嗟に横に避ける。正面から追突し合う暗殺者に蒼破刃をあびせ、負傷する仲間に目もくれず爪を振り下ろす暗殺者の腹部を剣で薙ぐ。
 これなら、と手応えに剣を握り直すが、暗殺者はまだ立ち上がる力が残っているようだ。

「これで終わりじゃないってか」

やはりライも連れてくるべきだっただろうか。だが流石に二人も消えれば、エステル達が騒ぐだろう。彼女達をこんな危険な裏路地に連れ込むわけにはいかない。距離をつめて来た暗殺者を蒼破刃で吹き飛ばした。だがこの技も二回目ということで見切られてしまったのか。奴は爪で両手で勢いを殺ろし、体勢を立て直す間に残る二人が壁を蹴って大きく跳躍した。見慣れない動きに二人を視線で追っていると、正面から突き出された剣にユーリは咄嗟に受け止めた。このままでは危険だ。振り払うように剣を押し返し、落ちて来た二つの陰に振り返るが思った以上に距離が近い。間に合うか、と身体を捻ろうとしたその時、強い力で背中を押され、そのまま倒れ込む。同時に聞こえたのは、刃が混じる音、続いて木箱に何かが衝突する大きな音。こんなことをするのは、と顔を上げて立ち上がると、裏路地にはあまりにも不釣り合いな爽やかな笑みを浮かべる幼馴染がいた。

「大丈夫かユーリ」

「なっ、それはこっちの台詞だ……!」

暗殺者に狙われ、厄介な事件に巻き込まれているはずのフレンはいつもと変わらない様子でそこに立っていた。呆れたように、けれどどこか楽しそうに。

「まったく、探したぞ」

「それも、オレの台詞だ!」

言いながらユーリは立ち上がった暗殺者に蒼破刃を飛ばす。どうやらこのまま感動の再会、とはいかないようだ。尤も、頼まれたとしてもフレンとそんなことをするわけがないが。崩れた木箱の山から立ち上がる暗殺者に剣を構えれば、隣のフレンも剣を構えた。話したいことも聞きたいことも山ほどあるが、それはまずこの暗殺者を片付けてからだ。フレンがいれば、暗殺者に負けるわけがない。振りかざされた爪を弾き、弾かれ、何度も斬り結び、ユーリは後ろに跳んだ。合せたわけではないが、フレンも同じ動きをしている。それなら、と着地と同時に蒼破刃を繰り出せば、フレンも魔神剣を繰り出した。二つの衝撃破は混ざり合い、巨大な衝撃波となって三人の暗殺者を木箱の山に沈めた。
 これでもう動けないだろう。

「ふう……今回はマジで焦ったぜ……」

 安堵の息を零せば、思った以上に息が切れていた。フレンがいなければどうなっていただろう。一言ぐライは何か言った方が良いだろうか、と思いながらも背を向ければ、フレンも背後で息を零したのが分った。

「さて……」

だが、声と共に聞こえたのは空を切る音。反射的に振り返ればすぐそこまで刃が迫っており、ユーリはとっさに剣で受け止めた。

「ちょ、お前、何しやがる!」

「ユーリが結界の外へ旅立ってくれたことは嬉しく思っている」

早口で捲し立てるフレンの表情は厳しい。眉間には深い皺、握った剣からは強い力が伝わってくる。このままでは押し切られる。この鋭い目のどこが、旅立ちを喜ぶ表情なのだろう。ユーリは軽く力を抜き、フレンの剣を受け流すと後ろに跳んだが水たまりに足を取られ、思わず方膝をつく。そんな中でも、フレンの剣はユーリを狙っている。ユーリは何度も叩きつけるようなフレンの剣を両手で受け止め、あまりにも激しい再会に口の端を上げた。

「ならもっと喜べよ。剣なんか振り回さないで」

「これを見て、素直に喜ぶ気が失せた!」

一際強く剣を打ちつけ、振り払った剣が示したのは壁に貼られた一枚の紙。いや、手配書。

「おっ、一万ガルドに上がった。やり」

「騎士団を辞めたのは、犯罪者になるためではないだろう」

 思わず笑えば、フレンが呆れながらも剣を仕舞った。これで少しは落ち着いて話が出来るだろうか。ユーリも好きで指名手配になったわけではない。それくライ察して欲しいと、ユーリは大きくため息をついた。

「色々事情があったんだよ」

「事情があったとしても、罪は罪だ!」

「ったく、相変わらず、頭の固いやつだな……」

ちらりと手配書から視線を外せば、険しい表情のフレンがいた。頑固で融通が利かないのは昔から変わらない。いや、騎士になって頑固さは増したぐライだ。これは暗殺者より面倒なことになったかもしれないと思考を巡らせていると軽い足音が聞こえて来た。

「確か、この辺りで物音が……」

「あ、ちょうどいいところに」

 大通りから顔を出したのはエステル、その傍にはライもいる。これだけ派手に暴れれば、流石のライも心配性のエステルを抑えきれなかったのだろう。目が合うとライは軽く笑い、だがユーリの傍に居たフレンの背中に、口元を引きつらせた。この状況で、フレンと会う危険性をライもよく分かっているのだろう。フレンがゆっくりとエステル達の方へ振り返ると、ライは素早く物陰に姿を隠した。

「もう、ユーリったら!突然いなくなるんですから」

だが、可愛らしく怒るエステルは、フレンの存在に気付いていない。この薄暗い路地では顔もよく見えないのだろう。

「また事件に巻き込まれたのかと思っ……フレン!」

水たまりで泥が跳ねるのも気に留めず、歩み寄ってきた所で息を飲んだ。漸くフレンの存在に気付いたのだろう。探し人の姿にエステルは、目を輝かせて一気にフレンに駆け寄った。

「良かった、無事だったんですね!ケガとかしてませんか?」

そのまま勢いよくエステルが抱き付けば、フレンは数歩よろめいた。照れているのか、心なしか頬が赤いような気がする。エステルはフレンの身をずっと案じていた。危険を知らせなければと、ずっと言っていた。だから無事かどうか確かめるためにフレンの全身を触っているのだろうが、女性に詰め寄られるフレンというのは見ていて面白い。
 ここはエステルに任せて置こうと、静かに踵を返せばライが物陰から顔を出した。

「やっぱりあの二人、ただのお友達じゃないわよね?」

「さあな」

「だって聞いた?さっきの『フレン!』っていうエステルの嬉しそうな声!」

肩をすくめれば、エステルの真似をしたつもりなのか。目を輝かせるライにユーリは笑った。

「それより、行くぞ。このままだと面倒だ」

そうね、と頷いたライと共に様子を窺えば、微笑ましいフレンとエステルがいた。これでエステルをフレンの元へ送り届けるというユーリ達の役目も終わった。あとはフレンが何とかしてくれるだろう。

「……してませんから、その、エステリーゼ様……」

「あ、ご、ごめんなさい。わたし、嬉しくて、つい……」

 恥ずかしそうにエステルが身体を外すと、フレンは何か考えるように顎に手を当て、かと思うといつものように爽やかな笑みを浮かべた。

「……こちらに」

「え?あ、ちょっと……フレン……お話が……!?」

言うや否や戸惑うエステルの手を引き、フレンが逃げるように立ち去っていく。逃げるのはこちらのはずなのに、一体どういうことだろう。よほどユーリ達に聞かれたくない話でもあるのだろうか。

「フレンってば大胆ねー!これはあれかしら?フレンについに春が来たって事かしらね?」

「楽しそうだな、お前」

立ち去るフレン達の背中に、ライが嬉しそうに目を輝かせる。何もかも手放しで喜べる状況でもない筈だが、何をこんなに楽しんでいるのだろう。
 ため息をつけば、ライは心底楽しそうに笑った。

「だってフレンってモテるくせに全然彼女とか作らなかったでしょ?あっち系じゃないかって思ってたんだから」

「なんでこっち見るんだよ」

「いや、深い意味はないけど」

意味深な視線に睨めば、ライは頬に当てていた手の甲をゆっくりと下した。改めて辺りを見渡すが、近くにリタとカロルの姿はない。うまく二人は置いて来てくれたのだろう。

「カロルとリタはどうした?」

「宿探しといてって言っておいたわ。部屋が空いていれば、街の入口に近い宿にいるはずよ」

「じゃ、先に二人を拾うか」

「そうねー。ゆっくりしたかったけど、このままじゃフレンに捕まっちゃうかもしれないし」

フレンのあの顔は、何か企んでいる顔だった。このままここに留まり、街を出るときには騎士に包囲されて帝都に護送、なんて間抜けなことにはなりたくない。エステルをフレンに会わせる、という目的は達成したが、ユーリ達が帝都を飛び出したのはそれだけではない。足早に歩きはじめるライと共に、ユーリは宿を目指した。








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