20:魔導士の好奇心


 アスピオを出て、ユーリ達はハルルへ続く街道を進んだ。魔核泥棒からは少し遠ざかるかもしれないが、あのエステル一人を結界の外に放り出すわけにもいかない。ちらりと視線を向ければ、リタと嬉しそうに話すエステルがいる。やはり女同士話が弾むのだろう。と、隣を見ればライが頷いていた。

「二人共、仲良しねー。何だかんだで似てるし、気が合うのね」

「似てるか?」

「本が好きだったり、人との関わりが少なかったり。ま、いい経験になるわよ」

リタは研究の為。エステルの事情は知らないが、本人の意志に反して外出を禁じられていたのだろう。人との関わりを断ち、断たれた二人にとって歳が近い人間に会って話すだけでも得るものがあるのかもしれない。だからライは会話に加わらずにここで見守っているのだろう。そうだな、と適当に相槌を打っていると、顔を覗き込まれた。

「まだ疑ってるの?」

まっすぐこちらを見つめるライの目は、この状況を楽しんでいる。手放しで楽しめる状況ではないことは分かっているはずだが、とユーリはエステルに微笑まれて視線を泳がせるリタを見た。

「研究一筋、魔導器しか信用しないって言ってたやつが急についてくるなんて、何かあると思うだろ」

こういうことには、自分よりライの方が鋭い。いつものように気付かないふりをしているのだろう。魔導器のことしか考えていなかった研究者が、何の理由もなしについてくるとは思えない。ライは息をはきだし、いつものように軽く笑った。

「ま、なんとかなるわよ。リタっち悪い子じゃないし」

確かに、根っからの悪人でないことはユーリにだって分かっているが、だからと言って不審な点を見逃す訳にもいかない。どうしたものかと思考をめぐらせていると、何か思い出したようにライがあ、と零した。

「そういえば、失くす前に返しておいた方がいいんじゃない、それ」

ライが指さしたのは、アスピオを出る際に使用した通行証だった。入る時は不法侵入だが、出るときはこれのおかげで怪しまれることなく街を出ることが出来た。これを持って会話に加わってこいとでも言うのだろうか。
 だが持ち主に返した方がいいのは確か。ユーリは通行証を手にリタ達に歩み寄った。

「リタ、通行証サンキューな。助かったぜ」

「これで今度は裏口を使わなくてもアスピオに入れますね」

通行証をリタに手渡せば、エステルが嬉しそうに手を合わせた。ユーリやライは不法侵入には慣れているが、入る時にあれほど不法侵入に戸惑っていたエステルだ。ユーリ達が過ぎたことだと思っていても、優等生のようなエステルはまだ気にしているのかもしれない。嬉しそうに頬を綻ばせたエステルは、通行証を仕舞うリタに微笑んだ。

「リタは魔導器についてとても詳しいんですね。研究されて長いんです?」

「アスピオにきてかれこれ5年かな」

「5年!?」

そうよ、と事もなさげに答えそこで何か思い出したのか顔を上げた。エステルにとっては驚きの事実でも、リタにとっては特別なことではない。何か聞きたげなエステルに首を傾げた。

「そういえば、ハルルって確か結界魔導器が壊れてるんでしょ?」

「それならボク達で治したよ」

「はぁ?あんたら素人が?」

疑いの眼差しがこちらに向けられる。魔導器の修理は一般的に魔導士に一任される。豊富な知識と技術が要求される魔導器の修理は一般人ができるものではない。信じて貰えないのは無理もないがと内心溜息をついていると、誇らしげに胸を張ったカロルの言葉を遮って、ライが自分を示した。

「まあ、天才魔導士がいますから」

「違うよ、治したのは」

「見れば分かるだろ。行こうぜ」

ライに便乗し、カロルの言葉を遮ってユーリは足を速めた。エステルが治した、と言えばリタは当然エステルに興味を持つだろう。それが友人としての好奇心ならいいが、魔導器のように道具扱いする好奇心では困る。尤も、ハルルに着いて騒ぎになればすぐにばれてしまうだろうが。
 ほどなくして見えて来たハルルに、リタが目を見張った。そして駆け出すリタを追い、ユーリ達も駆け出す。足を踏み入れたハルルはあの日と同じように咲き誇り、薄いピンクの花弁が舞っている。少し前まで枯れていたのが嘘のようだ。

「……な……っ何よこれ!?」

「蘇らせたんだよ。バ〜んて」

ハルルの樹に向かい、カロルが元気よく両手を広げる。だがリタはそんなカロルに見向きすることもなく、目と口を大きく見開いている。

「大変だったわよねー。カロル先生が臭すぎて鼻が曲がるかと思ったわ」

「それはニアの実がくさいんだよ!」

ライとカロルの会話に、リタの目がどんどん疑いの色に染まっていく。この調子ならうまく話を逸らしてくれるだろうかと、ユーリも小さく笑った。

「素人も侮れないもんだぜ」

「ますます心配。本当に治ってるか確かめないと」

「ま、好きにしてくれ」

駆け出すリタに零した言葉は彼女に聞こえただろうか。

「あ!奇跡の人が戻ってこられたぞ!」

「ハルルの樹を治してくれてありがとう!」

ハルルの樹に向かったリタを見送っていると、いつの間にか街の人々がエステルを取り囲んでいく。半ば予想通りの展開だが、とハルルの方へ視線を送ればリタはしっかりとこちらを見ていた。聡い彼女なら、もう誰が治したかなんて分っただろう。ため息をついていると、エステルの傍に一人の老人が歩み寄った。

「皆さんもお戻りですか。騎士様の仰ったとおりだ」

確か、この街の町長だっただろうか。軽く挨拶をしていると、エステルが町長に歩み寄った。

「あの、フレンは?」

「残念でしたな、入れ違いで……」

「え〜また〜?」

申し訳なさそうな町長に、カロルが不満の声を上げる。視線を走らせれば、ライもこちらを見ていた。この町長なら、ハルルの樹の顛末もエステルのことも話していただろう。だが、それを聞いてもフレンはこの街に留まらなかった。これには何か理由があるはずだ。先を急がなければならないような理由が。

「はい、結界が治っていることには驚かれていましたよ」

「あの、どこに向かったか、分かりませんか?」

ハルルの樹を見上げる町長に、焦りがちなエステルが声をかける。戻ればフレンに会えると思ったのに、フレンはもう旅立ってしまった。焦る気持ちは分かるが、ここで町長に詰め寄っても意味はない。一先ずは落ち着かせようと軽く名前を呼んだ所で、ライが首を傾げた。

「手紙とか預かってない?」

考えていることは同じだろう。この状況に疑問を抱いているに違いない。ライの言葉に、町長は懐から封筒を取り出した。

「行先については何も……ただ、もしもの時はと手紙をお預かりしています」

「手紙、ですか?」

ユーリが受け取った手紙をエステルが覗き込む。急かす視線にユーリは封を千切って開けると、中から出て来た四つ折りの紙を開いた。中から出てきたのは、どこか見覚えのあるような気がする似顔絵。

「こっ、これって……ユーリの指名手配書!?」

「ちょっと悪さが過ぎたかな」

今まで何度も騎士団に追われてきたが、指名手配されたのは初めてだ。思わず笑えば、手配書を見たライも笑った。

「5千ガルドなんて、安い男ねー。1万ガルドぐらいならいいお小遣いになったのに」

「何言ってるの!?脱獄にしては高すぎだよ!ほかにも何かしたんじゃない?」

「ユーリは今まで色々したものねー」

「お前もほぼ同罪だろ」

悲鳴のような声を上げるカロルにライは楽しそうに笑っているが、ユーリがやったことは大体雷もやっている。彼女も指名手配をされていてもおかしくない。この下にもしかしたら、と思ったが手配書の下にあったのはごく普通の手紙。フレンらしい整った字が並んでいた。

「それで、手紙にはなんて?」

フレンの行き先が気になって仕方ないのだろう。流し読みしたユーリは、手紙をエステルに渡す。大事な大事なフレンからの手紙を両手で受け取り、エステルは文字を追って口を開いた。

「『僕はノール港へ行く。早く追いついて来い』それから……『暗殺者には気を付けるように』と」

手紙の裏をめくるが裏には何も書いていない。フレンからの手紙は、手配書と短い文章のこの二枚だけ。手紙をぎゅっと握りしめたエステルに、ユーリはそっと息を吐いた。

「何だよ。あいつやっぱり知ってたのか」

「ま、元気そうで何よりね」

面倒事に巻き込まれているようだが、なんとか元気に騎士としての勤めを果たしているようだ。フレンも何者かに狙われているようだが、今心配なのはフレンよりこのお姫様だろう。見せて、とライに言われ手紙を渡すエステルの表情は暗い。よほどあの間抜け面の手配書がショックだったらしい。

「暗殺者って?」

「こっちのこと。あとよろしくな」

状況がいまいち飲み込めていないのか、大きく首を傾げるカロルに首を傾げた。励ますのも優しい言葉をかけるのも自分の仕事ではない。返事はなかったが、お互いの役割は心得ているつもりだ。そっと息を零し、ユーリはハルルの樹へと向かった。
 ゆっくりと坂を上っていけば、楽しそうに駆けていく子供たちとすれ違う。最初この街を訪れたときは重苦しい空気に包まれていたが、これが本来の姿なのだろう。思わず口元が緩むのを感じながら坂を上りきり、ハルルの樹の元へと歩み寄ればリタが何か術式を展開させていた。

「何これ……結界がずっと安定している。花も全部開いて……ありえない」

気配を消しているつもりはないが、よほど集中しているのかリタはユーリに気付かない。呑気なものだとユーリはそっと息を零した。

「研究熱心なのも考えもんだな」

ユーリの声にリタが顔を上げ、眉間に皺を寄せたままハルルの樹を見上げる。

「これ、本当にエステルがやったの?」

「ばれてりゃ世話無いな」

「あんた達は隠してたみたいだけど、この街の様子見てたら気付くわよ」

肩をすくめれば、視線を下したリタに睨まれた。ユーリ達がどんなに隠しても、あの歓迎ぶりでは気付かない方が可笑しい。カロルが口を滑らせない様にするのは出来るが、街の人間を黙らせるのは難しい。リタは睨むようにハルルの結界を見つめた。

「こんな真似されたら、あたしら魔導士は形無しよ」

「商売仇はさっさと消すんだな。そのためについて来てるんだろ」

「そんなわけないでしょ!?あたしには解かなきゃならない公式が……!」

「公式がどうしたって?」

軽く挑発すれば、リタが大きな声を上げた。それが同行を申し出た理由だろう。問いかければリタは挑発に乗ったことに気付いたのか。自分を落ち着かせるようにゆっくりと大きく息を吐き出し、首を横に振った。

「……なんでもない。忘れて。で、あんたは何の用?そのためにここまで一人で来たんでしょ」

流石に、そう簡単には話してくれないらしい。だが、ここまで話を聞けたなら十分だろう。探るような視線に、ユーリは口の端を上げた。

「ま、今ので半分くらいは済んだ」

「もう半分は?」

やはり警戒されているのだろう。ユーリは薄いピンクの花弁を散らせるハルルの樹を見上げた。本当に、見事に咲いている。術式など全く分らないユーリだが、この花が見事なことは分かる。だからこそ、確かめたいのだ。

「前に言ったよな。魔導器は自分を裏切らないから楽だって」

「言ったわね、それが?」

「エステルとお前はどっちも人間だ。魔導器じゃない」

視線を落とし、リタを見つめる。魔導器と人間は違う。エステルは真っ直ぐで、疑うことを知らない善人だ。ちょっとした悪意でも、悪気のないことでもエステルを傷つけてしまうかもしれない。
 直接的ではない、遠回しな言い方でもリタは察したのだろう。一瞬不服そうに眉を寄せたリタだったが、合点がいったと言わんばかりに小さく頷いた。

「ああ、そういうこと。あの子が心配なんだ。あたしが傷つけるかもしれないって」

「エステルは、オレやお前と違って正直者みたいだからな。無茶だけはしないでくれって話だ」

ユーリが言いたいこと、伝えたいことはそれだけだ。そろそろ戻ろうとリタに背を向け、ユーリは歩き出した。

「無茶もしたいわよ。折角見つけた手がかりなんだから」

風に消えてしまいそうな、リタの小さな呟きを背中で聞きながら。





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