18:盗賊なんて怖くない


人型魔導器を片付け、カルロは前を走るユーリ達を追う。やはり大人と子供の差か、ユーリ達との差は中々縮まらない。自分もあれだけ手足が長ければ、と息を切らせたカロルの目に映ったのはユーリの前を走るライの背中。自分とそれほど身長も変わらないのに、ユーリよりも背が低く手足も短いのに何故あんなに早く走れるのだろう。
 おいて行かれないように走っていると、ラピードの鳴き声が聞こえて来た。威嚇するような声を辿っていけば、壁際に追い詰められたフードの男と、彼の前に仁王立ちするユーリとリタ。そんな二人を楽しそうに眺めていたライがこちらをふりかえり、軽く手を振っている。

「魔導士になりすまして魔核集めとはね……下町の魔核を盗んだのもお前だな」

「あたしの名前を使って人をダマしてきたなんて……許せないわね」

ユーリが低い声でにじり寄り、リタが魔術で掌に炎を揺らめかせる。この二人に詰め寄られたら腰もぬかすだろう。自業自得だと思いながらも同情の眼差しで見つめていると、ユーリが男の胸倉をつかんだ。

「水道魔導器はどこにやった!?」

「し、知らねえ!オレじゃねえ!仲間の誰かがやったんだ!オレ達はある男に頼まれて動いてるだけで他は何も……!」

「ある男?」

「名前は分らないが、右頬に傷のある隻眼の大男だ。魔核を集めて持ってくれば金を貰えるって言われて……」

この様子では、この男は本当に何も知らないらしい。かといって、ユーリがそれだけで見逃してくれるとは思わないが。隣を見れば、エステルが心配そうに手を組んでユーリ達を見守っていた。どこか上品なエステルはこういう争い事とは無縁の生活を送っていたのだろう。ちらりと視線を前に戻せば、ユーリは男を近くの岩に押し付けていた。

「……そいつは今どこに?」

「たっ、多分トリム港だ!そこで魔核と引き換えに報酬が貰えるはずだから」

「トリム港?」

「トリム港なら、ボク行き方知ってるよ!アスピオから西に行けば辿り着くはず」

訝し気なユーリの声に、カロルは手を上げた。ユーリ達は最近帝都を出たばかりだと聞く。こいうときこそ自分の出番だと簡単に道筋を説明すれば、ユーリは小さく頷いた後、再び男を睨んだ。

「引き渡し場所になっているってことは、そこが真犯人の本拠地みたいだな」

「その隻眼の大男は、なんで水道魔導器を集めてるの?」

どこから出したのか、ライの手には長いロープ。笑顔とロープという不穏な組み合わせに男は短い悲鳴を上げ、強く首を横に振った。

「知らないよ!オレはただ、集めろって言われたから集めてるだけだ!」

「そーなんだ。あんたも可哀想ねー。利用されちゃったってわけか」

「お、おい!何をするんだ!」

呑気に話しながらもライは手に持ったロープで手際よく男を岩に括りつけていく。慌てて男は抵抗するが、ユーリが強く睨みつければそれほど強く抵抗しなかった。あんな顔で睨まれたら怖いに決まっている。内心同情していると、ユーリはそっと男から手をはなした。

「必要な情報も引き出せたことだし、あのバカはおいといて先を急ぐとするか」

「あ、それ賛成」

このままここにいても得るものは何もない。踵を返したユーリにカロルも頷けば、男はびくりと肩を震わせ、足をばたつかせた。

「ま……待って!おいてかないでくれえええ!」

「大丈夫よー。すぐに強くてかっこいいー騎士様がお迎えに来てくれるから。そのまま牢屋へのデート、楽しんでね」

「嫌だ!助けてくれ!」

首を横に振り、必死に訴える男と視線を合わせて屈み、ライが笑顔で男の頭を撫でる。そんな男の反応を楽しむようにライはポン、と軽く男の頭を叩いて立ち上がった。

「エステル?早く行こうよ」

「は、はいっ」

何か気になることでもあるのか、あの男を置いていくのが心配なのか。足を止めたままのエステルに声をかければ、エステルは顔を上げて歩き出した。

「そんなにフレンが心配?」

歩きはじめれば、少し前を歩いていたライがこちらを振り返った。図星だったのか、軽く目を見開いたエステルがゆっくりと頷く。

「フレン……?」

その近くで眉を寄せたのはリタだった。知り合いなのか、反応を見せたリタにエステルが詰め寄った。

「何か、知っているんです?」

「あの青臭い奴でしょ?この前、あたしの所に来たのよ。ハルルの結界魔導器を直せる魔導士を探してるって」

「フレン、元気そうでした?」

「元気だったんじゃない?」

「うっわ、適当……」

必死なエステルに対し、リタの反応は冷ややかだ。リタにとって、フレンのことなんてどうでもいいんだろう。興味なさげに歩くリタだが、それでもエステルにとっては大事な大事なフレンの情報を持った人物。

「騎士の要請なら他の魔導士が動くだろうし、もうハルルに戻ったんじゃない?」

「そんな……」

リタの言葉に、エステルが大きく肩を落とす。もう少しここに来るのが早ければ、フレンに会えただろうか。俯き、分かりやすいくらい落ち込むエステルに、リタがため息をついた。

「何?知り合いなの?」

「ユーリとライのお友達です」

「ただの腐れ縁よ」

顔を上げたエステルの目にライが肩をすくめ、ユーリが頷く。そんな反応を見て、リタは目を細めた。

「あんた達の友達ね。それは苦労するわ」

「何でだよ」

「そうよそうよ!苦労してたのは主に私よ!」

「いや、オレだな」

否定しながらも、ライとユーリはどこか楽しそうだ。それだけ信頼しあっている、ということだろう。やっぱりちょっと羨ましいな、と心の中で寂しく感じていると、リタがそっと息を零した。

「どうでもいいわよ。友達とか……」

小さな声はどこか寂しそうで、でもなんだか触れてはいけないような気もして。冷たい表情のリタに、カロルは何も言わずに前を向いて歩を進めるしか出来なかった。



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