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06:光へ。
カーテンを開ければ窓から差し込む朝陽が眩しくて、アルヴィンはそっと目を細めた。
あれから、早いもので一月が経った。
ゼロス達の指示で医者と術師を呼んで、三人を治療。
彼女の知り合いに凄腕の術師であるハーフエルフがいたらしい。
リンネは二日寝込んだだけで、三日後には投獄されていたアルヴィンの前に現れた。
彼女曰く、アルヴィンは命の恩人だと。
投獄は何かの間違いで、今すぐ釈放してほしいと。
勿論、そんなものは
リンネの嘘だ。
彼女の幼稚な嘘など、あの切れ者の神子なら釈放など許さないと思っていたが、
『世界樹守護騎士の言葉と、テロリストの言葉、どっちを信じる?』
と言われてあっさりアルヴィンは釈放されてしまった。
もっとも、彼のアルヴィンを見る目には冷たいものはあったが。
それでも神子と護衛を殺そうとした罪を思えば軽いものだろう。
溜息をつきながら、アルヴィンは上着を羽織って机の上に揃えられた鎧を見た。
真新しい白銀の鎧達は朝陽に照らされて輝いており、自分と不釣り合いに思えてならない。
一生縁がないと思っていたそれを身に纏い、身なりを整えた所でノックする音が聞こえた。
「あ、やっぱり似合ってるね」
短く返事をすれば、入ってきたのは守護騎士の白い服を着た
リンネだった。
体調もいいのだろう。
朗らかに笑う
リンネは朝陽に負けないくらい眩しく思えた。
「そうか?さっき散々あの神子様に笑われたんだけどな『似合わねー』って」
「ゼロスは素直じゃないからね」
おどけて笑えば、
リンネも笑った。
その様子に何の陰りもない。
怖いくらいに純粋なその表情に、アルヴィンは眉をひそめた。
「本当に、いいのか?」
言葉の意味も分からないのだろうか。
アルヴィンの釈放には、いくつかの条件があった。
まず一つ目は、世界樹守護騎士団に入ること。
二つ目は、世界樹の事件の一連は他言しないこと。
三つ目は、母親を騎士団が経営する病院に入れること。
こちらとしては生活に困ることもなく、母親の治療まで保障してくれるこの条件は破格のものだったが、ここまですることに何の意味があるのだろう。
普通に考えれば、暗殺を企てた者を傍に置くなんて正気の沙汰とは思えない。
尤も、こんな簡単に他人を信用するお人好しだからこそ、あれほど仕事がうまくいったわけだが。
首を傾げる
リンネに、アルヴィンは口の端を上げた。
「これも作戦かもしれないぜ?懐に入り込んで、内側からってな」
言って左手で銃を撃つ仕草を見せる。
あの事件の後、アルクノアは解体されたが天使を欲しがる人間は大勢いる。
アルヴィンは神など信じない。
世界樹への信仰もない。
ここにいるのは、騎士になったのは母の治療のためだけだ。
ここにいれば、母の命は保障されるのだから。
静かに目を細めれば
リンネは目を瞬かせた後、にっこりと笑った。
「じゃあ大丈夫だね」
今度はこちらが目を瞬かせる番だった。
毒気を抜くような笑みに力が抜けて、左手が重力に従って垂れる。
「本当にそうするつもりなら、そんなこと言わないでしょ?」
「なんでそこまで信じるんだ?」
何故、彼女はここまでアルヴィンを信じるのだろう。
傭兵の腕を買って、というのがもっともらしい言い分だが、アルヴィンほどの腕なら探せばいくらでもいる。
それでも、彼女は自分の命を狙った男を傍に置こうとしている。
これには何か理由があるはずだ。
睨むように見つめれば、
リンネは言葉を探すように視線を走らせた後、まっすぐアルヴィンを見つめた。
「アルヴィンはなんでピーチパイ好きなの?」
「……何のことだよ」
突拍子もない言葉に、思わず顔をしかめる。
何故彼女がこんなことを知っているのだろう。
にこにこと笑う
リンネを睨んでいると、
リンネはおかしそうに笑った。
「この前アルヴィンのお母さんの治療に行ったときに聞いたんだよ。昔、お腹壊して泣くまで食べてたんだって?」
「悪いかよ」
「悪くないよ。好きなものがあるっていいことだと思うし」
何故母は
リンネにそんなことを話したのだろう。
気恥ずかしくなって鼻をならせば、
リンネはそれで、と続けた。
「なんで好きなの?」
「好きなものは好きなんだよ」
めんどくさく思いながらも言えば、ほらねと
リンネが笑う。
彼女が何を言いたいのか訳が分からない。
視線をそらせば
リンネが近くにあった机に向かって歩き出した。
「あたしもそれと同じだよ」
意味が分からず眉をひそめるアルヴィンの前で、
リンネが机の上に置いてあった剣を取って両手でアルヴィンに差し出した。
剣のように真っ直ぐに、陽の光を湛えた琥珀色の目でアルヴィンを正面から見つめて。
「好きだから好き。信じたいから信じる。ただそれだけ」
その表情もその言葉も、何の嘘偽りも打算も欲望も感じられない。
愚直なほどまっすぐな目から感じるのはアルヴィンへの絶対的な信頼。
朝陽に照らされるその微笑みは清らかで、影で生きてきた身としては触れるのをためらいそうになる。
自分と彼女は、あまりにも違いすぎる。
けれど彼女はアルヴィンがこの剣を取るまで、手を差し出し続けるだろう。
今までに感じたことのない緊張が、体を走った気がした。
幾千の戦場で感じた緊張感とはまた違う緊張感。
利用し、利用されるためではなく、信じ、信じられるために一歩前に踏み出すために取らなければならないもの。
逃げようと思えばいくらでも逃げられる。
母の治療を終えてここを離れていっても、彼女はアルヴィンを咎めたりしないだろう。
それでも手を伸ばしたくなる何かが彼女にはある。
彼女の笑みが母に似ているからだろうか。
思考を巡らせていたが、段々と億劫になってきてしまった。
なるようになれ、だ。
アルヴィンはいつの間にか固く結んでいた手を解き、右手で彼女から剣を受け取った。
腰に差せば、やはり違和感を感じた。
騎士として一人前として認められるまで、ここでは騎士団の剣を帯刀することを義務付けられている。
手に馴染んだ剣を暫く手放すことには不安もある。
けれど顔を上げた先にいた彼女の笑みに、それもなぜか些細なことに思えてきた。
「世界樹の騎士がそんなお人好しで大丈夫かよ」
「大丈夫だよ。これからはアルヴィンも一緒だし」
そう言って笑う彼女はあどけなさがまだ抜けきらぬ子供だ。
彼女の腕は信用している。
彼女の人間性も……多少は信じてもいいだろう。
神子の方はアルヴィンをあまりいいように思っていないようだが、それもいいだろう。
誰もかもに信頼される空間なんて、気持ちが悪い。
一人くらいアルヴィンを疑う人間がいたほうが落ち着く。
「これからよろしくね」
差し出された手に、柄にもなく緊張しながらも手を伸ばす。
握った手はあたたかく、彼女の笑みは陽の光のように眩しい。
そのぬくもりに指先から身体の芯までじんわりと暖かくなる。
優しい光の様なぬくもりに、ようやく陽の光を浴びれた気がした――――
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