「おいなまえ、団長様がお呼びだ」

何となく不吉に聞こえたノックの後でからかいの含まれた阿伏兎の声が聞こえてくる。その声からも態度からも他人事であるからこその余裕が感じ取れて、なまえは顔をしかめた。また面倒な事が起きるのか。

団長からの呼び出し=面倒事とつなげる団員の思考回路は残念であるが、もっと残念なのはその等号を実際に成り立たせている第七師団長の性質だといって差し支えないだろう。

行きたくないなぁ。
そう思いつつも読んでいた地球の漫画を閉じるのが正しい団員の行動。そして嫌々ながら団長の私室へ向かうのが、部下の悲しきさだめである。

ノックをしてから許可を得て「失礼します」と扉を開ければ、神威団長はベッドに腰掛けていつも通りにほほえみながら手にある紙をヒラヒラとふった。

どうやらアレこそが今回自分を苦しめるものになるらしい。すでにそう感じているなまえの思考は完全にネガティブな方向に行ってしまっている。


「何ですか団長、今ドラゴンボーズ読んでたのに」

「そんなのいつだって読めるだろ。こっちは急用なんだ」

「急用? 何ですか、急用って?」


これ、と神威が紙を差し出すので、なまえは仕方なしに彼の近くへと寄る。受け取ってみると、案外その紙が上質なものであることがわかった。

白地に黒い文字。ふつうとも言える色合わせだが書かれていることが自分たちの生活とは余りに無縁なものであることがなまえの動揺を誘う。

いわばそれは「舞踏会への招待状」というもので。

おとぎ話のヒロインなら胸を躍らせたことだろう。だが非常に残念なことになまえはそんなものではない。彼女の胸の内では、阿伏兎が自室の扉を叩いたときから感じていた得体の知れない不吉さが急速に実体を伴い始めていた。


「ねえなまえ。三日後、俺につきあってよ」

「……はい?」


――何でだ。何で、阿伏兎じゃない。
なまえの口元は彼女の気分に呼応してひきつる。それとは正反対に神威は上手な笑みを浮かべていた。




パーチーに招く相手はよく吟味して選べ




この招待状は、アホ……じゃなくて阿呆提督に渡されたものらしい。神威が阿伏兎ではなくなまえを呼び出した理由はすぐに知れた。差出人が招いているのは宇宙海賊「春雨」の提督と第七師団の男女だったからだ。男、とはもちろん団長である神威のこと。そして女、は師団の紅一点であるなまえということになる。

パーティーの主催は宇宙海賊「天声」。最近同盟をくんだばかりで、早速友好を深めようという魂胆で春雨を招いたらしい。しかし春雨の阿呆提督は予定が合わないためせめて第七師団の二人は参加するように、とのことだった。体のいい偵察なんじゃないかと思えてしまう。

なまえは今なら宇宙の底よりも深いため息をつける気分だった。品のない言い方になるが、正直、めんどくせー。めんどくせーにもほどがあるのだ。そんな様子を表に出さないように健気な努力しつつ、彼女は話を進める。


「……なるほど。だから私を呼びだしたんですか」

「うん。頼むよ」


頼むとは言うが実質は命令である。団長の命は絶対であるし、自分以外に選択肢のないこの状況においてどうにかこの事態を回避する方法は無いといっていい。

一応春雨に身を置いているのだから、春雨の要求には応えねばならない、それはわかっている。
――だからといって。
なまえはもう一度招待状を見る。
だからといって、主に戦力としてしか使われない我々にこんな社交性を求められても困る。というのが彼女の正直な気持ちだった。


「しかし、ブラックタイ……団長タキシード着るんですか」


なまえが招待状を見ながらそう言えば神威は首を傾げる。そして明らかに的外れなことを言い始めた。


「ブラックバス? 釣り大会でもするつもり?」

「いやいやブラックタイです。読んでないんですかこれ」

「なまえに任せとけばいいかなって。面倒だし」

「私だって面倒ですよ」

「まあいいじゃないか」


なまえとしては「全然良くないわ!」と、叫べるものなら叫びたい気持ちだった。
この神威という人は本当に自分勝手だとなまえは常々思う。自由奔放といえば聞こえはいいが本能に忠実であるのにも程がある。なまえだって本能のままに行動することはなきにしもあらず、しかしこの人ほどではない。

が、グチグチ言っても始まらないことは嫌になるほどわかっている。なまえは諦めにも似た気持ちを抱き、自分が積極的に話を進めていくことを選択した。


「内容はどうやら地球のものを模倣したらしく、夜会……ま、舞踏会だってことだそうです。服装はタキシードに蝶ネクタイですってよ、団長」

「踊るより、闘う方の武闘が好みなんだけどなァ」

「気持ちはわかりますけど……仕方ないですよ」


だいたい夜兎を「武闘会」なる所に呼ぶとは命知らずもいいところだ。そんな猛者がいるのなら是非戦いたい。なまえはそう思った。


「しかし三日後とは、案外近いですね。それまでに用意しなければならないとなると大変ですよ」

「頑張ってね」


神威が間髪入れずに返した言葉は明らかに「人任せ」の意を含んでいる。恨みがましく上司を睨むものの特に何も言い返さずに、なまえは部屋を後にした。これ以上無意味なやりとりを続けることほど無駄なことはないと踏んだ、大人の対応だった。


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