(ある夏の日)




室内でもむしむししている空気の中で、土方は軽く溜息を吐いた。心なしか、体全体がだるい気がする。
いや、気がするというだけではないだろう。


「……疲れた」


そんな事を呟き、眉間に手をやる。自分に宛がわれた部屋でしか、つまり人が見ていない所でしか出来ない事だった。

他人に疲労しているところを見られる事は、弱みを見られる事に等しいからだ。

それは彼自身としての矜持が許さない。


攘夷志士は暑さにやられてテンションが上がる奴らの集まりなのか、此処最近、彼らの活動はいつにも増して活発過ぎるものだった。

志士が何か動きを見せる度に駆り出される真選組には迷惑極まりない。勿論こちらは生憎そんな性質を持ち合わせておらず、土方含め隊士は皆夏バテの状態である。

いつも以上に働かされれば隊士、そして幾ら鬼の副長といえども疲れが溜まるのは当たり前のこと。


もう一度、今度は深めの溜息をつく。マヨネーズ型のライターと煙草を懐から取り出し、口にくわえ、火をつけた。

深く息を吸い、煙を吐ききった丁度その時、部屋と外とを遮る襖の向こうから声が掛かった。


「十四郎」


うるさい程に鳴り響く蝉の声の中、はっきりと耳に入ってくる声。それは土方が今最も聞きたかった声だった。


「なまえか、どうした?」

「お茶。……持ってきた」


お、と土方は少しばかり目を丸くする。吐けたばかりの煙草の火を灰皿に押し付けてもみ消し、入室を促す声をかけた。


「失礼します」


躊躇いがちに言いながら、なまえは湯飲みを乗せている盆を持って入ってきた。傍らにはマヨネーズ。

これは、つまり。気付かれていたという事だろうか。自分が疲れていると。
なるべく悟られないように振舞っていたのに、と土方は内心驚いていた。

愛の力とでも言うのだろうか、と一瞬考えた自分が寒くて恥ずかしくて、慌ててその考えを打ち消した。


なまえは自分を見ている土方に気がつくと、聞いてもいないのに弁解を始めた。


「違うから! これはえーっと、アレだから。近藤さんに頼まれたからであって、別に私が、その」

「そうか、わざわざ悪ィな」

「……別に」


軽く頬を染めて顔を背ける彼女に、笑いがこみ上げてくる。


「ちなみに今近藤さんは、お上に呼び出されて此処にはいないんだがな」

「……!」


なまえはその言葉を聞いて更に顔に血を上らせて慌て始める。くつくつと喉で笑いながら、土方は彼女が持ってきてくれた茶に手をつけた。


「うまい」

「そ、そう……よかった」

「済まねェな、気を使わせて。続く出動で疲れてるだろうに」

「十四郎の方が、疲れてる」


なまえは土方の隣に腰を下ろした。軽く顔を俯けて、続ける。


「副長だから仕切らなきゃいけないし。書くものだって、あるんでしょ?」

「ああ、多少はな」


なまえの香りが鼻を掠める。この空間の心地良さに、土方は目を細めた。

なまえは暫く何かに迷っているようだった。やがて決意したかのように顔を上げると、その手を土方の手に重ねた。
ひやりと冷たいなまえの手に、熱が吸収されていく。土方はまた驚いて、なまえを見た。

彼女は彼とは反対側を向いていた。


「なまえ?」


呼びかけても返事はない。
だが、赤くなっている耳と小刻みに震えている手が彼女の感情を物語っている。


「(……まずい)」


顔が熱い。夏の暑さなど目ではない位に。


その中で不自然な位に冷たいなまえの手に握られている自分の手から、疲れというものが抜け出していく気がした。




END





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