何故?


声には出さない。表情にも毛ほども出していない、つもりだ。しかしどういうことか、私をもっともわずらわせている張本人である男には全てがつつぬけになっているらしい。

私が、おそらく"嫉妬"という名が つくだろうこの感情にさいなまれている時は必ずと言っていいほど、やつが口角をあげて私を見すえていた。



私が一番好きな、
そして一番苦手な眼光をたたえて。




り ん き


月が普段よりも大きく、その上平べったくみえるような夜だった。空には雲一つもみえない。生き物の姿もみえない。折よく天人どもの船も消えていた。


ただ月だけがその存在を主張している。


「なんとなく」という動機にならない動機で、私はぶらりと外にでた。「月に誘われて」なんていう空想的な理由からではないが後になって考えてみたところ、もしかしたら本当になにかの導きだったのかもしれない。あてもなく歩いている最中に晋助に会ってしまったのだから。

私が夜になっても眠れなかった原因は、他でもない彼だった。
今一番会いたくて、会いたくなかったのに。


「なにか言いたいことがあるんじゃねェのか?」


あいさつよりもなによりも先に、晋助は挑発的な笑みを浮かべて言った。攻撃的でどこか艶のある表情とはまるで違い、さながら泣いてる子供から事情を聞きだそうとしているかのようなわざとらしい穏やかさをともなった声色だ。

その声と、言葉の内容を聞いて私は胸の奥が熱くなるのを感じた。


「……」


無言をもってして返事をすると、晋助は「やれやれ」とでも言いたげにわずかに肩をすくめてみせる。そして一言、どこか愉快そうにつぶやいた。


「かわいくねェ女」
「……」


なら、何て言ってほしい?

そう聞けたらいいのにと思ったが、思うだけに終わった。晋助は何かを見つけだそうとしているかのように私をみている。その視線に居心地の悪さを感じて、何か言おうとむりやり口を開いたが、すぐに閉じてしまった。次いで視線を地に落とす。

晋助から嫌な香りがしたからだ。――私でない、どこかの女の香り。

決して嫌いなにおいでないというのが余計に私を苦しませた。


「なまえ」


名を呼ばれて反射的に顔を上げると、晋助はうすら笑いを浮かべていた。私の感じていることなど、すべてお見通しだとでも言いたげな。


「どんな気分なんだ? 自分の男が他の女といるってのは」
「……」


眉根にしわがよるのを感じた。もう理性で表情を押さえようとすることは無謀にひとしかった。そんな私に気づいていて、それでもなお、晋助は私の変化を観察しながら「どんな気分なんだ?」と続ける。


「自分の男が他の女の香をつけて帰ってくるってのは」
「……わかってるくせに」
「やっと口をきいたなァ」


晋助はくつくつとのどで笑う。舌打ちしたいのをこらえて、私は晋助に背を向けた。なんで、こんな男に惚れてしまったのだろうか。だが後悔してももう遅い。私は確かに晋助が好きでたまらなかった。

うまれて初めての妬心、そして独占欲というものも、彼に教わった。

もう引き返せないところまで、きてしまっている。


「おい、まだ話は終わってねェよ」
「私は終わった」
「俺は終わってない」


有無を言わせない語調に、内心ため息をつきながらふり返る。先ほどまでうすく笑っていた晋助は、今は不機嫌そうな顔をしていた。


「……嫌なら、行くなと俺にすがればいい。無様に泣いて、憤ればいい。お前はなんでそれをしねェ」


予期しなかった言葉に驚きと戸惑いを隠せなかった。なんとか落ち着きを取りもどし、返答する。


「そうしたところであなたは私の言うことなんて聞かない」
「そりゃねーよ。俺はお前が思っている以上にお前に惚れてんだ」


頬が熱くなるのを感じて、自分が情けなくなった。晋助のたった一声でこんなにも感情が左右されてしまう自分が。だがそれと同時に納得した。そういうことだったのか、と。
晋助がここのところ、どこの誰とも知れぬ女たちといっしょにいたのは、私にすがってほしかったからか。

もしそれが真実ならば……なんて歪んだ男だ。


私は半分あきれつつも、半分は本気で、今まで思っていたことを吐きだすように言葉にした。


「他の女と会わないでほしい。においをつけて帰ってこないでほしい。いつも傍にいろとは言わないけど、たまには私といっしょにいてほしい。それから」


涙がでてきそうになり、言葉がつまった。なかなか次の声を発せない。今何か言えば泣いてしまいそうだ。

いつのまにか、必死に耐えている私のすぐ目の前に晋助がきていた。晋助はとてもじゃないが優しいとはいえない動作で私の目尻に浮かんだ涙をぬぐい、言う。


「わかった。お前の望み通りにしてやるよ」


その声の調子がいつもと違う気がして見上げると、晋助はめずらしく、うれしそうに笑んでいた。

その顔が、昔の記憶の中での笑顔と重なって見えて、別の意味でも泣きたくなった。




END





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