朝から、今日がツキのない日だということはわかっていた。しかしこれほどまでとは。みょうじは不機嫌な様子を隠そうともせずに舌打ちをする。それから自分を囲う制服の集団をぐるりと見回して、腰の刀に手をつけた。

「ほんっとうに仕事熱心な人たちだね。悪いけど、今日は大将は一緒じゃないよ?」

「構わん。俺たちにとって桂は討つべき対象には違いないが、お前のような攘夷浪士もそれにたがわない」

リーダー格らしい男が刀を抜くと、それに習って他の隊士たちも抜刀した。囁くような音が辺りを這う。その中でみょうじはまだ鞘に刀を納めたまま、じっと様子をうかがっていた。


「(しまった……)」


いつも懐に忍ばせてある、んまい棒を置いてきてしまった。これでは目くらましで逃れることができない。
みょうじは苦々しい気持ちを抱えながら剣を抜く。相手に切りかかってくる意思がある以上、身を防護せざるを得ない。

まず三人が攻めてきた。殺すつもりはないらしい。なめられたものだ、と皮肉に笑い、みょうじはぐっと刀の柄を握りなおした。

真選組隊士と言えども下っ端だ。動きが鈍い。いつか遠目でみた一番隊隊長や副長、局長には足下にも及ばない。みょうじは最小限の動きで三本の刀をよけ、たまに退けて、体勢を立て直すのと同時に隙だらけの三人を突いた。

みょうじには、攘夷浪士として何度か修羅場をくぐり抜けてきたという自信がある。しかしそれは、真選組のほうも同じだろう。やがて彼女を気の抜けない相手と判断した隊士たちは一斉に動き始め、辺りは断続的に金属音の続く騒ぎとなった。

いくら攘夷志士とはいえ、女を斬るのは。

下っ端の真選組隊士にはそんな思いがあった。それがみょうじを死から遠ざける。だが命を奪う気はなくても、怪我をさせない気もないらしい。みょうじが寒気を感じ、隊士たちが彼女から離れるように飛び抜いた瞬間、彼女の耳は少し離れたところで砲弾が発せられる音をとらえた。

反射的に振り返った後は、まるで自分の周りの時間がゆっくりになったように感じられた。ほんの一瞬であるはずなのに、砲弾が迫ってくるのが確かに見える。

視界はスローモーションなのに、体は動かない。やられる、とは思ったが彼女は目をつむることはしなかった。己の最期を胸に刻みつけるため、みょうじはしっかりと目を開けて、迫り来る弾を見据えた。

目の前まで弾が来た瞬間、急に視界が180°ひっくり返った。自分で立っているという自覚がなくなり、何かに引っ張られる感覚にすりかわる。混乱して、無意識に腰の辺りを探ると、誰か他の人間の手に触れた。
あ、とみょうじは目を見開く。

桂だ。

その直後、少し離れたところで小さな規模の爆発が起こった。桂が砲弾の軌道からみょうじを抱えて逃げてくれたのだ。みょうじは自分を担いでいる男を信じられないような気持ちで見ていた。真選組隊士たちも驚いていたが、すぐに冷静になって切りかかってきた。


「桂さん」

「ああ」


短い応答だった。それのあと、彼は懐に手を入れ、あるものを取り出した。


「んまい棒、手裏夜気婆我!」


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うまく追跡から逃れた二人は、今や屋根の上を歩いていた。追っ手の姿が見えなくてもしばらく周囲を警戒していたが、完全に巻いたと知ると、みょうじは一歩先を行く桂に尋ねた。


「一体何で助けに来てくれたんです?」

「お前が集会所にんまい棒を忘れていったと聞いてな。嫌な予感がしたものだから、後を追った」

「……なるほど。助かりました」

「攘夷浪士たるもの、こんなことがあってはいいはずはない。もう一度、一から鍛え直すことだな」


桂は努めて表には出そうとしないが、みょうじには彼が珍しくいらだっている様子が感じ取れた。遠くを見る横顔がいつもよりも厳しい。声が、普段よりも堅い。

自惚れでなければ、とみょうじは考える。桂はきっと自分を心配してくれていたのだ。心配して追いかけてきてくれて、更にあの真選組の群れの中に身を投じて自分を助けてくれた。捕まった仲間や助かる見込みのない仲間は見捨てるのが暗黙の了解であるにも関わらず。

みょうじは、ずっと封じていた桂への想いがふたを切ってあふれだしてくるのを感じた。彼女はほとんど無意識で口を開いていた。


「あの、桂さん」

「なんだ」

「私さ……じ、実は、前々から!」

「言うな。わかっているさ」

「え」


驚きのあまり息を詰めた。みょうじはまじまじと桂を見る。確かになんだかんだで鋭い人ではあるが、まさかそんな、自分の気持ちを知っていたなんて。


「先日借りたと言っていた「チャンガムの痴態」を見たいがために気が急いたのだろう。返却日まで長くないはずだからな」


は? と目を点にした。何度考えてみても関係のないことだった。一体どこからその発想がでてくるかもわからない。みょうじは呆れて、呆れを通り越しておかしさを感じる。桂に自分の恋心を打ち明けてしまおうと思っていたが、それは中断することにした。


「いや、…あ、そういうことにしといて下さい…」


桂は瞬きをした。みょうじは彼から目を離して、空を仰ぐ。陽が傾いて来た。もうすぐ一日が終わる。そういえば、今朝のブラック星座占いではみょうじの星座は散々な運勢だった。
だから真選組に追いつめられてしまったのかも知れない。告白もうまくいかないし。そんな一日とおさらばできるのだから、早く太陽が沈めばいい、と思った。


「俺もお前も、今は世のことに身を捧げている。いつ死ぬやもしれん。朝飯と共に死ぬる覚悟を決している位だ」


つらつらと取り留めのないことを考えていたみょうじの思考は、桂の声によって一気に呼び戻された。


「なんです? いきなり」

「今はお互い、明日をも知れぬ身だということだ」

「それは確かにそうですが」

「だから俺たちは、世のために自身の気持ちを封じておこう」


みょうじは桂の言わんとしていることを理解しきれずに眉を寄せた。桂の言葉は彼女の中で旋回し、地まで降りてきてくれない。しかし桂はそんなみょうじの様子にはまるでかまわずに、続けた。


「しかし近い将来、事を成し遂げたら……その時は、一緒になろう」

「……へ?」


しっかり目を見て、何の恥ずかし気もなく、桂は言った。対するみょうじは呆然としている。


「な……何だ……」


やっと彼の言葉がストンと落ちてくるのを感じた。つまり、そういうことか。理解と同時に感情が高ぶる。必死になって照れを殺してみょうじは声を張り上げた。


「わかってんなら最初っから話の腰折るようなことしないで下さいよ! チャンガムの裸体とかどうでもいいから!」

「裸体じゃない、痴態だ。大体女が裸体とかなんとか言うものではない!」


一喝したあと、桂は気を取り直して尋ねた。その表情はわずかに、しかし確かに緊張の色をおびる。


「して、返事は」


もちろん、みょうじの答えは決まっている。



END




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