こ
  く
  は
  く



この顔は違う。きっとなにか誤解をしている。私はそう勘付いた。

「好きです」という一言に対して、彼は狐に化かされたかのような表情をし、次に一瞬の悲痛をのぞかせたあと苦笑いしたのだ。私はその一連の流れをしかと目撃した。


「は、はは、冗談でしょ。冗談ですよね」


新八くんは、隠し切れていない焦りをさらに隠そうとし、そして私の決死の告白を笑い飛ばそうとする。その言葉の内容を聞いて私は憤慨した。


「冗談じゃないです。本気ですよ」

「嘘だ。だって、ありえませんよそんなの。みょうじさんが僕のことを」


そこで一瞬口ごもる新八くん。


「――好きなんてありえない。……なんかの罰ゲームですか? もしそうなら僕が口きいときますから、もういいですよ」


明るい口調で言う彼はどうみても不自然だった。しかし感情が高ぶっている私はそんな簡単なことにも気づけなかった。


「罰ゲームじゃないです! どうして信じてくれないんですか、私は」


こんなにあなたのことが好きなのに。目から涙があふれだして、それ以上声が出せなかった。新八くんの表情がぼやけて、よく見えない。でもきっと驚いているだろう。
もしかしたら困っているかもしれない。それでも伝えたかった。伝えて、ダメなら玉砕してしまいたかった。

私は小さくしゃくりあげたあと、落ち着きを取り戻してなんとか声を発した。


「……好きなんです。あなたが」

「あ、えっと、みょうじさん、とにかく涙拭きましょ、ほら」


彼はハンカチを差し出してくれたがそれを無視して続けた。


「ずっと前から、お慕い、していました。あ、あなたは全く、気づいていませんでしたが。神楽ちゃんにはよくからかわれましたよ」


そう言って、鼻をすする。


「……」

「ほっ、本当です。もし信用できないなら神楽ちゃんに、それか坂田さんに聞いてみてください」


気のせいだろうか。私が坂田さんと口にしたとき、新八くんがわずかに反応した気がした。


「返事を聞かせてはくれませんか」


砕ける覚悟は出来ている。

私は視線を地に落とし、彼の言葉を待った。足が小刻みに震えていた。今にも逃げ出したいというふうに――実際、今すぐこの場を去ってしまいたいくらいに、私は自身がおそれおののいていることに気がついた。

覚悟は出来ているはずだったのに、今になってそれはもろくも崩れてしまいそうになっているらしい。
まったく、「覚悟」がきいてあきれる。


「僕は」


私はかたく目をつむった。


「あなたが好意を抱いているのは、銀さんに対してだと、思っていました」

「……え?」


予期しない言葉に思わず顔を上げると、新八くんのまっすぐな目が私を射抜いた。
あ、この目。私が大好きな、彼の目だ。


「みょうじさんが、誰かに恋してるんだろうなってことには気づいていたんです。だからみょうじさんがよく万事屋の家事を手伝いにきてくれるのは、銀さんのためなんじゃないかって」

「ち、違います! 私は、もちろん坂田さんや神楽ちゃんも大好きですし、彼らの役に立ちたくて手伝っていました、でも」


そうしているうちに、新八くんのことが気になって仕方がなくなって、気がつけば恋に変わっていた。さりげない気遣いができる優しい彼に、どんなボケにもたくみなツッコミを入れられる彼に、テキパキと家事をこなす彼の姿に、私の手伝いに礼を言って笑う彼の表情に、いつだったか、酔っぱらった中年の男にからまれていたときに助けてくれた彼に、その時の彼の強い眼差しに、惹かれた。

まだまだ、キリなく惹かれたところをあげられる。恋心を自覚した後、それは膨らむ一方だった。

新八くんは……かっこいい。とても素敵な人。私は自信をもって証言できる。


「だから」


信じてもらおうと、必死になって話していた私の目の前が急に暗くなった。驚きに口をふさがれる。

新八くんの腕の中にいるのだと気づいたとき、喜ぶよりも、照れるよりも、まず「何故」という気持ちが先立った。


「新八くん?」

「……すみません、僕も好きです」


何もいえなかった。耳はその声を拾っているのに、内容が心の中に落ちてこない。

ちょっと待って、彼は最初「すみません」と言った。
そして次に、「僕も好きです」と言った? 幻聴?


「新八くん」

「はい」

「もう一回言ってください」

「え、ええ!?」

「後半だけもう一回言ってほしいです」

「えっと、その……僕も好きです」


私は今度こそ彼の言うところを理解して、行き場がなく体側にあった腕を、喜びのあまり夢中になって彼の背中に回す。「わっ」と上から新八くんが動揺する声が聞こえてきた。しかし彼はちゃんと私を抱き返してくれた。

幸福がこみ上げてきて、また泣きたくなった。

新八くんは、今度は私に催促されてもいないのに言葉を繰り返してくれた。


「好きです」


人を抱きしめるのに、慣れていないのかもしれない。新八くんの腕には、いまや私が少し痛みを感じるくらいに力が込められている。そんな痛みにさえ口元がほころぶのを感じた。


END




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