07



「初めて人の魂を回収したときのことを覚えている?」


足を組み直せば、カミラの座っているイスがギシリと音を立てる。その脇にはチェック済みの書類や未確認のそれらが分けて積まれていた。

少し離れたところでカミラと同じようにしているグレルは、二枚の紙を照らし合わせるように確認しつつ、カミラの言葉に相づちを打った。


「ウィルとペアを組んでたことはよーく覚えてるわ」

「運命的〜とか思っちゃってるんでしょ」

「悪い?」

「べっつにー」


カミラはいったん上を向いて深呼吸をする。一息ついたら、再度気合いを入れ直してリストと向き合った。が、意識を一つに集中する気はないらしい。


「私はそのときのことをバッチリ覚えてるよ。危うく違う人間を死なせるとこだったし」


独り言をこぼすように、投げやりな口調だ。


「ふうん……興味ないわね」


それで話題を軽く済ませたグレルは、ちらりと視線をカミラにやった。


「で、何でいきなりそんなこと言い出したのよ」

「初めて狩った人間と同姓同名の人物が、今見てたリストにいたから」


抑揚なく答えると、カミラは書類を放り出して大きく伸びをした。大分長い間紙と顔をつきあわせていたのだ、無理もない。初めて死神の職務をこなしたときのこと。

回収課に所属してそれなりの時を経た今でも、カミラはその時のことをよく回想していた。初心に戻るという意味合いもあり、懐古に浸りたいという願望の現れでもあった。


「あ。こっちにアンタと同じ名前の子がいたわよ」

「へー」


気のない返事をやり、カミラは今回の死神殺しの犯人と思われている「トーマス」についての資料を手に取った。顔写真からは、やはり前回受け取ったとおりの印象が持てる。

トーマスと黒ずくめについて考えるとき、カミラには少し引っかかりがあった。

ウィリアムはほぼ黒幕がトーマスだと断定している節があり、カミラもその空気に飲まれて一旦はそう考えたのだが。時間が経った今よく考えてみると、――トーマスが「黒ずくめ」だとは思えなくなってしまった。

しかしそれはほとんど直感に近く、根拠はない。


「本当にトーマスが犯人なのかな……黒ずくめの髪は、一瞬見えた感じでは黒かったよね?」

「髪の色なんてどうとでもなるわよ」

「やっぱそうだよね〜。でも、なんか、あんまりにも雰囲気が違う気がしない?」


こちらに向けて微笑みかけている写真の男をじっと見る。


「そいつの鎌は刀型にカスタマイズされてたじゃない」

「刀型なんて探せばいっぱいいるよ」


トーマスでなければ誰が黒ずくめなのか。そう問われても、返せる言葉はない。


「……ま、やっつけちゃえば分かるよね」

「そーヨ。余計なこと考えてる暇があるなら手を動かすことね」


グレルの言葉にそれはそうだと頷いて、カミラは作業に本腰を入れた。

結局。

トーマスに割り当てられた死亡予定者の走馬灯はきっちり回収されていた。

ウィルのあてが外れたことにやや驚きながらも、二人はそのことを報告した。再び開かれた作戦会議の場でのことだ。


「そうですか」


ウィリアムはさして動揺せずに「お疲れさまでした」と言い、意外な言葉を続けた。


「実は私の方にも"トーマス=マッカリンは既に死んでいる"という情報が入っています」

「へ!?」


グレルとカミラの声が重なる。目を丸くしている二人の前で、ウィリアムはいつも通りの口調で事情を説明した。

先日ファントムハイヴ邸の悪魔から目撃情報を経た別の悪魔に接触したこと。その悪魔は「ほんの出来心」で何かを仕掛けたらしいこと。更に「トーマスは死んだ」と断言したこと。


「とはいっても所詮悪魔の言葉、文字通りに受け取っていいものかは判定しかねますが」

「でもトーマスが本当に死んでいるんだったら……調査は振り出しに戻ってしまうね」

「我々の報告が発表されることで、黒ずくめに襲撃を受けても生還する死神が増えてきていると聞きます。決して振り出しではありませんよ」


そうだったのか。
それならば確かに自分たちの労力は無駄ではなかったことになる。

襲われても逃げることに成功した、という死神が増えることは、黒ずくめの目撃情報が増えることにつながる。犯人を追うことも以前に比べて容易になるだろう。そうなれば、そろそろ黒ずくめの限界も見えてくる。

何が目的で、どんなきっかけで今回の事件を起こすに至ったのか。結局「黒ずくめ」とは何者なのか。

そういう肝心なところはまだ、いっこうに見えてこないが、しかし。


「もうすぐ終わりね」


グレルの言葉にカミラは同意する。

もうすぐ王手のコールを聞くことになるのは間違いない。はじめに上から命じられた、一週間以内という期限は守れなかったが。

そして、終わりが近づきつつあることを、きっと相手も悟っている。その胸中は計り知れない。



**


人の世界に流れる大河川の支流の脇で、彼は地面に膝をついていた。


おかしい。

時々、自分の目的が――わからなくなる。

自分が誰だったかすらも。

そっと水の流れに近づき、自らの顔を見ようとしたが、辺りが薄暗いせいでそれはかなわなかった。

刈り取らなくては。

沢山の、 を。

強く――強くそう思う。

しかしそれを必要とするのは何故だったか。

俺は何故ここにいる。


すべき事、しなければならない事がある……そんな気がするのに。

恐ろしい。

疑問を持つ事すら、忘れそうで。

もしそうなった時、俺を止めてくれる人はいるのだろうか。

あの友はきっと止めてはくれないだろう。

俺を恨んでいるだろうから。

……恨んでる?

なぜおれが恨まれなければいけない?

俺は。

おれが。

おれはおれのしたいことをしないと。

あれ、

おれは今までなにをなやんでいたんだ?



馬鹿だなあ。



くすくすくす。