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短いミーティングの後、適当な個室を借りて、カミラはグレルの髪を切りそろえていた。


「何度も言ってるけど最低限でいいわよ。っていうかお願いだから余計なことはしないで」

「なんで?」

「アンタのことだからアタシの髪でアートに目覚めそう」

「お望み通りにしようか?」

「本気でやったらできるだけ苦しめてから殺すわよ…?」


静かに凄まれれば、美しく伸びる彼の髪で遊ぼうなんて気にはなれない。初めからアートに目覚める気なんてさらさらなかったが。


「冗談冗談。大丈夫、刃物の扱いにはちょっと自信あるから……」


カミラがそうなだめても、いまいち納得していない様子のグレル。とはいえ、とカミラは借り物のハサミを動かしながら言った。ちなみにこれは死神の鎌ではない。


「とはいえ、こんな長い髪切りそろえるなんてあんまりないことだから正直自信ないなー」


彼女はグレルの髪を一房手に取る。それは手の中でさらさらと流れた。その感触に思わずため息をつき、カミラは声を漏らす。


「うわあ、さらっさら〜。気を使ってるでしょう」

「レディとして当然ヨ」

「すばらしい。五つ星」

「アンタに認めてもらってもあんまり嬉しくないわね」


素直に酷いことをいうグレルにカチンときたが、カミラは黙った。自分の髪はそこまで気を使っていないため、明らかにグレルのより劣っているからだ。


「アンタももっと美容に気を配った方がいいわよ」

「わかってるよ」


わかってないでしょ、と呆れたように言うグレルを無視してハサミを進める。ブツ切れた部分がある程度目立たなくなった頃、カミラは手を止めた。そしてグレルに鏡を渡す。


「どう?」

「ん〜……」


もう一つの鏡も使って後ろ姿を確認し、グレルはこう言った。


「及第点ね。まあまあいいワ」

「ならよかった」


グレルを立ち上がらせ、後かたづけをしようとするカミラ。しかしまだ本格的に手をつける前にグレルが彼女の動きを止めた。


「次はアンタが座りなさい。アタシが整えてアゲル」

「え、いや〜……」


断ろうとしたが、もう既にやる気満々なグレルを見て諦め、カミラはイスに座った。案の定というか、あれこれとダメ出しをしてきたグレルの言葉を頭の半分で聞きながら、もう半分でぼんやりと「こんなにのんびりしてていいのかなあ」と考える。


「……あ、そういえば」

「なによ?」

「まだちゃんと言ってなかった気がする。あの時、助けてくれてありがとうね」

「ああ、そんなこと。アンタって結構律儀な所あるわよね」

「いや、本当に助かったから。グレルかっこよかったよ」

「フン、美しかったと言いなさい!」



まだ怪我の治っていないグレルとカミラは二人で、ウィリアムは一人で"黒ずくめ"の捜索を行うことになった。単独行動は控えたいところだったが、勢いを増す連続殺神にそうも言っていられない。

グレルたちは最新の殺しがあった英国内を見回っていた。

一週間以内に結果出せ、なんて、人事も無茶を言う。

お互い何かあればすぐに駆けつけられる距離を保って、二手に分かれて黒ずくめの姿を探索した。

――しかし、なかなか捜し求める存在は現れない。もう英国にはいないのかもしれない、とカミラが諦めかけた頃になって、グレルに異変が生じた。


「あ、あ、あぁああっ!」

「うわっ、何!?」


一番に奇襲を疑ったがそうではないらしい。グレルの表情は喜びに輝いていて、頬がわずかに赤く染まっている。いやな予感がしてその視線の先を見ると、そこには。


「……ファントムハイヴ邸。ちょっと、グレル……」

「そうよ! セバスちゃんに話を聞いてみましょう! 何でこんなに素晴らしくて甘酸っぱい考えがすぐに思い浮かばなかったのかしらアタシの馬鹿!」


一気にテンションが上がっている。が、カミラは生ぬるく笑いながら否定した。


「いや、聞かなくていいよ。何も知らないって言ってたし」

「はあ!? アンタ、もしかしてもう既に……?」

「うん。グレルが行方不明の間にちょっとね」

「ずるい! 抜け駆けヨ!」

「いや私別に悪魔好きじゃないし」


盛り上がるグレルの声に耳を貸さず、カミラはもう一度ファントムハイヴ邸を視界に入れた。

そういえばもう、あの日から少し経っている。

もしかしたら新しい情報があの悪魔の元に届いているかも知れないし、グレルと一緒に訪問すれば、早く帰って欲しいということで有益な話を聞かせてくれる可能性がある。

全ての考えはカミラの推測の域を出ないが。


「やっぱりもう一回行ってみようか」

「なっ、やっぱりアンタもセバスちゃんを……!」

「違う」


今度は正規の門から、礼儀正しく訪ねることにした。 数日ぶりに目の前にした悪魔は、まるでグレルとカミラがここに来ることを予期していたかのように余裕のある態度だった。

この前会ったときは夜だったせいか、カミラには前回とは雰囲気が違うように感じられる。


「ごぶさたDEATH! セバスちゃんっ」

「ああ、やはり無事でしたか」


言葉の端に、どこか残念そうな響きがある。グレルを見たあと、カミラに視線を移したセバスチャンは、あくまで表情を崩さずにこう言った。


「昼間に押し掛けてこられるのは迷惑だと申し上げたはずですが?」

「こちらはそうも言っていられない程焦っているということです」

「あなた方の事情は私共には関係ありません。仕事の邪魔になりますので、速やかにお引き取り願います」

「よく言いますね。悪魔は普段、私たち死神の仕事の邪魔をするくせに」

「私は、今はあくまで執事ですから」


さらりと涼しい顔で言うセバスチャン。それとは反対に、カミラの顔には「この野郎」と書いてある。イラつきを隠そうともしない彼女だが、もう一人の死神はというと。


「ああ、素敵ヨ、セバスちゃん……!」

「ちょっと! グレルはどっちの味方なの!」


つい怒りの言葉をとばしたカミラに対して、悪魔は鼻で笑う。

……完全に見下されている。

胃がむかむかして仕方がなかったが、彼女はなんとかそれをこらえてセバスチャンに向き直った。一度深呼吸をし、気持ちを切り替える意味を込めて眼鏡をあげる。


「何か新しいことを聞いてはいませんか。あるいは前回意図的に話さなかった情報とかは?」

「さあ、どうでしょうね」


何か知っていることをにおわせるような態度をとるセバスチャンだが、ただで教えてくれる気はないらしい。気をもむカミラをよそに、セバスチャンは思い出したように声を上げた。


「そういえば、先日貴女がここに訪れたとき、庭を随分荒らしていかれたそうで」

「は? いや、私はそんなことは」

「嘘をつかないでください。ならば今の庭の惨状は誰の仕業なのです?」

「惨状?」


セバスチャンに案内されて見たのは、しおしおに枯れてしまった庭の木々。芝生まで駄目になっている。しかし、こんなことカミラは知らない。

大体、場所だってあまり把握していなかったし、前回は夜で暗かったとはいえ、こんなことを無自覚のうちに行うのは不可能だ。彼女はそう主張したが、セバスチャンは聞く耳を持たない。しかも仲間であるはずのグレルは非難の目を向けてくる。


「言い訳はよして下さい。見苦しいですよ」

「そうよ、カミラ。そんなんだからアンタ後輩にも舐められるのよ」

「えええー……私って後輩に舐められてたんだ……」


かなり回りくどいが、どうやら庭を整えれば情報をくれるということらしい。

そう把握したカミラは、悪魔のやり方を憎々しく思いながら「やればいいんでしょう!」と怒り半分庭に向かい、せっせと働いた。 ……それにしたって、何故濡れ衣を着せられなければならないのか。ストレートにこうしてくれれば答えますよ、とかって言えばいいじゃないか。


「だから気に食わないんだよ、悪魔は!」


ぶつくさ言いながら手を動かす。気づけばもう陽が傾いてきていた。


「ええと……かえの芝生はどこ……?」


悪魔のところに聞きにいかなければいけないだろうか。顔をしかめたカミラの耳に、明るい声が届いた。


「芝生ならここにありまーす!」


声の方を向けば、そこにはどちらかというと幼い外見をした少年がいた。麦わら帽子を首に掛け、軍手をつけている。また、新しい芝生を大量に運んできていた。それらから彼がここの庭師だということが見て取れた。


「あ……ありがとう、ございます」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます! ついさっき僕が枯らしちゃった庭を直すの、手伝ってくれて」

「へ?」

「セバスチャンさんからの依頼で、直しに来てくれたんですよね? 全部任せておけばいいって、セバスチャンさんに言われたんですけど、それじゃ申し訳ないので手伝わせてください!」


あの悪魔。
殺気立つカミラに、庭師は首を傾げた。


「あのー?」

「はっ! あ、すみません何でもないです。よろしくお願いしますね」

「こちらこそお願いします! 僕はフィニっていいます」

「私はカミラです」


フィニが手を貸してくれると言ってくれてよかった、とカミラは内心で思った。庭の整備なんてしたことがないし、どこにいるのかグレルは全く手伝ってくれないし、頼りになるのはフィニだけだ、と。

しかしすぐ後、それが誤解だったということに気づく。

……よく考えるとふつうの庭師が庭をすべて枯らすなんてことをするわけがないのだ。


「木を買ってきましたー!」
「ありがとうござ……って、そんな木この庭にはあいませんよ!? どう見ても南国向けです!」

「それっ! あっ」
「おおお折らないでください! っていうか腕力すごくね!?」

「あれ? なんか変な音が」
「除草剤漏れてるううぅぅぅぅ!」


これ……終わるの?

陽が落ちてしまっても相変わらずな状況にカミラはそっと涙した。

日をまたいで、やっとのことで庭の整備を終えたその足で、カミラはセバスチャンのもとへ向かった。


「おや、もう終わりましたか、思ったより早かったですね。ご苦労様です」

「こちら様の庭師さんがお手伝いしてくれたおかげだよ」


ぎりぎりと歯がみしながら言うカミラに、セバスチャンは涼しい顔だ。


「あとで、あなたが大変感謝していたと伝えておきます」

「……で。何か知ってるんだよね」

「ああ、そうでしたね。一昨日、この辺りで私以外の悪魔を見かけました」

「……へえ。それで?」


疲労感もあって、もう敬語は抜けてしまっている。


「それだけです」

「それだけ? その悪魔が犯人?」

「さあ。見かけただけですのでそこまではわかりません」


カミラの口から乾いた笑いがもれる。


「ははは。そうか。あの労働の見返りがそんなちっさい報告か。……この悪魔!」


セバスチャンにつかみかかろうとしたカミラを、グレルが止めた。グレルの存在を認めると、カミラは怒りの矛先を変える。


「お前! 私に苦労押しつけて今までどこ行ってたんだ!」

「ま、まずは落ち着きなさいカミラ」

「落ち着けるか!」


引きずられるようにして屋敷を出た。屋敷が見えなくなる頃にはぐったりとして、カミラは呟いた。


「もう嫌だ……ファントムハイヴ怖い。超怖い」