月夜の挨拶


金属と金属がお互いを打ち合う音が響く。

グレルは、気配もなく現れた影とその武器を余裕を持って受け止めた。そして次に相手の獲物をはじき返して距離を取る。

相手の武器が月光を反射して冷たく光った。剪定をする時に使われるような大きな鋏。不格好なくらいに大きなそれを苦労の色も見せずにピタリと構えてみせる相手は、黒いスーツを着ているせいで夜の闇に溶けてしまいそうだった。

その中で刃の放つ月光だけがグレルの目を貫く。

間違いなく同業者。
グレルは構えていた自分の「死神の鎌」を下ろして、いらだち紛れに声を発した。

「ちょっと! アンタ、急に切りかかってくるなんてどんな教育受けてきたワケ?」

「……申し訳ありません」

相手も「鎌」を自分の足下に向ける。

その言葉は謝ってはいたが、声には謝罪の気持ちが全く感じられない。ひょうひょうとした響きだ。

「でも、あなただってテンション上がって切りつけたり位するんじゃないですか? サトクリフ先輩」

「ん? アンタ……確か、ウィルが面倒をみてた子ね」

「はい。ウィリアム先輩にはお世話になりました」

「ウィルの教育を受けたにしては、随分と乱暴じゃない?」

「これは生まれつきなので」

「まぁいいワ。で、アタシに何か用?」

「たまたま仕事でこの地区付近を通ったので、先輩にご挨拶しておこうかと思っただけです」

「挨拶……ねぇ」

さっきのが?
グレルがそう言うとウィリアムの後輩は微笑しながら肩をすくめた。

「サトクリフ先輩は強いって聞いていましたから。どれ程のものか試してみたくなってしまったんです」

「生意気ねぇアンタ」

生意気だと言われた後輩は光栄ですと言わんばかりに会釈をした。

「で、どうだったかしら?」

「一撃だけではわかりかねます。続きをして下さいますか?」

「あのねぇ」

ここは屋根の上。しかも時間帯は、人間が寝静まる深夜だ。わかっていて言っているのかそうでないのか、相手の表情からうかがい知ることはできない。笑顔の仮面とはやっかいなものだ。

「今そんなことしたら面倒なことになるでしょうが」

「残念です」

残念と言いつつも、彼女の表情はそんなふうには見えない。グレルは小さく舌打ちをして、相手を見据えた。

「ところでアンタ、先輩に名乗らないつもり?」

「これは失礼いたしました。私はナンシーと申します」

「覚えておくワ」

グレルは不機嫌そうな表情から、にやりと口元をゆがめて妖しく笑んだ。ヒールの音を響かせてナンシーの目前まで迫ると、きっちりと絞められたネクタイを握る。そんな動きがあっても、ナンシーは変わらない微笑を浮かべていた。

「アタシ、基本はイイ男専門よ。だけど……アンタみたいに生意気なら、女でも足下に這い蹲らせたくなるわ」

ナンシーのネクタイを軽く引っ張りながら言うグレル。それに対し、ナンシーは笑みを深めた。

「奇遇ですね。私も、先輩のような方を泣かせるのが大好きなんです」

言い終わると同時にグレルの手を払い、逆に彼の赤いネクタイをぐっと引く。グレルが彼女にしたように軽いものではなく、遠慮の欠片も感じられない力の込め方だ。

「……本当に生意気ね」

「楽しくなりそうですね……先輩?」


END


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