問いかけ
問いかけ三つ
短い
1「ちょっと太った?」
2「髪、切りましたか?」
3「痩せたんじゃないスか?」
1「ねえ、あんたちょっと太った?」
「わ、わかる?」
私はそう言って目線を床に落とした。口からもれ出るため息を止める術を持たない。まさかグレルにばれてしまうなんて……いや、グレルだからこそこの変化に気付いたのだろうが。
「お肌も荒れてるわよ。化粧でも隠しきれてないワ」
「うあああ〜……」
続く言葉の暴力にガクリと肩を落とした。情けない様の私に、グレルはニヤリと口角を上げる。その嫌みったらしい表情にカチンとくるものの、彼の言っていることは間違っていないので、それに何よりそんな気力が無いので言い返すことも出来ない。
「あれほどリバウンドには気をつけなさいって言ったのに、馬鹿ね」
「気をつけてどうなるもんじゃないの。一回『もういいや』って思ったらもう最後、意識ゆるみほーだいで気がついたら体重がっ……」
「いい女は努力を継続するものよ。あんたには無理だったみたいだケド?」
「くうっ」
悔しい。悔しすぎるけど、……やっぱり言い返せない。継続は力なり。そんな言葉があるのは知っているし、グレルの言うとおりなのも頷けるが。さらに彼の言葉通り、私には無理だったのだ。
「うう……ちょっとさっき食べたもの吐いてくる」
「相変わらずアホね。そんなことしたって体に悪いだけヨ、大事なのはこ・れ・か・ら!」
ビシッと私を指差して言うグレル。その勢いに押されて頷いてしまった。
「あたしに言わせればね、今回はそもそも無理な計画がリバウンドを招いたのよ」
「でも一応体重は落ちたよ?」
「何言ってんのよ、結局元通り、いやそれ以上になってんじゃない」
「た、確かに」
「あんたの場合、『ダイエットをする!』よりも『いい体作りをする!』って意識で、生活習慣から見直しなさい。例えば……」
ここでグレルの鋭い目線に促され、いそいそとメモ用紙を取り出してペンを構える。なんだか新人の時を思い出した。
「仕事に行くとき自転車を使わない」
「はい!」
「自分の代わりに後輩をこき使わない」
「はい」
「フィッシュ&チップスを控える」
「はい……」
「そしてアタシの仕事を肩代わりする」
「はーい……とでも言うと思ったか!」
どさくさに紛れて何を言ってるんだこいつは。グレルは悪戯に失敗したような顔をして、
「この流れならいけると思ったのに」
とのたまった。
「いけないわ! つーかいかさないわ!」
「あんたごときにアタシの熱い恋は止められないわよ!」
「いつのまに何の話だ!」
次に変なことを言ったらペンを投げつけてやろうかと思い始めたとき、グレルは急に元の調子に戻って、こう言った。
「とにかく、元は悪くないんだから、ちゃちゃっと痩せていい女になっちゃいなさい」
「グ、グレル……!」
「もっともアタシを超えることは永久に不可能だろうけど」
「わーもうそんな所も大好きー!」
感極まって抱きつけば、グレルは「調子のいい子ね」と呆れたように呟く。そして落ち着きのない私をなだめるようにぽんぽんと肩を叩いてきた。
「ああ、こうすると余計にわかる。やっぱり太ったわね、あんた」
「……改めて言うな!」
END
2「髪、切りましたか?」
「よく気付きましたね。て、いうか……」
向かい合って私の毛先に軽く触れるウィリアムを見上げる。途切れた言葉に首を傾げる彼の目には不純さなんて欠片もない。それが、少し憎い。
「なんですか?」
「いや、多分無意識なんでしょうけど。その、触り方が何かちょっとやらしいです」
「……そんなつもりは」
わかっている。彼にそんなつもりはなかったんだろうけど、それがこちらとしては少し悲しいと言うか切ないと言うか。意識してるのは自分だけなんだろうなと思うと悔しいような。
おずおずと離れていくウィルの手。名残惜しい、そう思っているのも私のほうだけなんだろう。
「大丈夫、わかっていますから。そんなふうに思っちゃってごめんなさい」
「いえ。そんなつもりがなかったといえば、嘘になります」
「え?」
「――何故、切ったんです?」
「あ、ええっと」
突然繰り出された質問に言葉をつまらせた。別に、深い意味はない。ただちょっと邪魔に思えてきたから整える意味も込めて少しはさみを入れただけだ。それなのにウィルに気付いてもらえて、嬉しかった。のだが。私よりも頭一つ分高い位置にあるウィルの顔はどこか晴れなくて。
「失恋したからですか?」
「はあ?」
まさか、な言葉に目を見開いてしまった。彼の口からそんな言葉が出るなんて、信じられない。するとウィリアムは慌てたように取り繕った。
「いえ、そう噂する者がいたので」
「あ、あぁ……別に、そういうわけじゃないですよ。ちょっと邪魔だなって思って、それで」
おかしい。なんでこんなに気まずい思いをしなくちゃいけないんだろう。歯切れの悪い私の声を最後に落ちた沈黙が、重くて重くてたまらない。最初は、ウィルと話している時間はとにかく幸せだったのに、この変化に戸惑ってしまう。あれから時間が経って、思っていたよりももっと彼を想うようになって、恋に恋するような余裕がなくなってしまったからだろうか。
「に、似合ってますか?」
無理矢理に明るい声を出せば、ウィルは少しの間じっと私を見て、
「ええ、私は、どちらも好きです」
「……す、好き?」
「はい」
彼の言葉の選び方は、心臓に悪い。
「失恋したのでなければ……」
再びの静寂を破った彼は、すぐに言葉を切ると、不機嫌そうに表情をかたくした。
「……なんでもありません。それでは、仕事がありますので」
「あ、はい。お疲れ様です」
遠く離れていく背中を、つい見つめてしまう。振り向いてくれないかな、と思ったちょうどその時、止まった歩み。イメージ通りにこちらを向いた彼の顔が僅かに笑みらしきものを浮かべたのを目撃した瞬間、私は再び恋に落ちた。
END
3「先輩。痩せたんじゃないスか?」
「もしかして俺のせい?」
「自覚があるなら話は早い。私に付きまとうのをやめてもらおうかノックスくん」
「嫌っス。先輩イジるのがマイブームなんで」
「いつからそんなことになってんの?」
「わかってないですね、気がついたらきてるのがブームってもんでしょ」
「そして気づいた時には時代遅れになってるのがブームってものでしょうが」
売り言葉に買い言葉。確かに、憎まれ口の押収でなければノックスとの会話は大体楽しい。しかし、私とノックスが仲良く話すのを快く思わない死神もいる……それがまさに今私の悩みの種だった。陰湿な攻撃に心が弱り、最近ちょーっと体重が落ちた。皮肉にも痩せる時は胸から痩せる……情けなくなっていく我が体に、私は涙を飲むばかりである。
「とりあえず、太るには食べるのが一番の近道っしょ。よかったら」
「忙しいから食事には行けませんよ〜」
「えー、せっかくいいフレンチの店見つけたのにー?」
おっと、今、ちょっと心が動いた。まずいまずい、この脳みそ胃袋が、と自分を叱咤して動揺を隠し、ついでにこほんと咳払いをした。
「それよりも仕事! 例の先輩がノックスに手伝って欲しそうだよ」
「やだなー、あの先輩、積極的過ぎるから引いちゃうんスよね」
「え、そうなの? ……じゃなくて、それ私に言わないでよー」
「あはは」
あははじゃないって、まったく。いつも通り呆れてしまうが、何故だろうか、この後輩は可愛らしくさえ感じられても憎む気には全くなれないのだ。素直と言うかなんと言うか。なんだかんだで可愛がってしまう。
「前に聞いたんだけど、あの先輩は敵に回さないほうがいいってよ。気に入らない奴は嵌めて落とすらしいからね」
周りを確認してからぼそっと忠告する。すると、ノックスはしばらく黙って何か考え込んだ。
「……だったら、危ないのは俺じゃなくて先輩の方じゃないっスか? 俺気に入られてるし」
「あれー? 言われて見ればそうかも」
「ま、大丈夫です。上手く立ち回りますから」
「器用だなぁ」
ノックスなら本当になんとかしてくれそうだ。一瞬の焦りをすっかり流されてしまった。
「ええ、俺、器用っすよ。手品も出来ますし」
「お、じゃあちょっと何かやってみてよ」
いっすよー、なんて軽く受けて、ノックスは右手袋を取った。するりと現れた右手は予想通りに綺麗なものである。ここにキュンとくる女子も多いに違いない、なんて手品の方に興味がいっている私は冷静にそれを観察してしまった。
「あれ? 拍手が聞こえませんね」
「あは、ごめんごめん」
ぱちぱちと手を叩くと、ノックスはおどけて頭を下げる。
「この手袋、よーく見て下さいね」
手袋の表、裏、表、そして中身を見せてから、ノックスはそれを両手で丸め、上へ放り投げる。
「よっと」
手袋が落ちてきたところを片手で捕まえ、くるりと手首を回して私の前に差し出した。手袋だと思っていたそれは、いつの間にかチョコバーに変わっていた。
「仕事の合間にどーぞ!」
にっと、愛想のいい笑顔を見せるノックス。ちょっとくらりと来たのは気のせいだと思うことにした。
END