殺し屋と死神の七日間


月曜日

魂を失った体は、私の手によって造作もなく地面に投げ出される。
対象の死を確かに認めたあと、私は彼が服毒自殺を計ったのだという誤解を招きやすいような工作をし、音を殺して屋敷を抜け出した。
音にせよ人にせよ、殺すのは得意だ。誰にも見つからずに退散できた、と思いきや。

「あんた、死神って呼ばれてるんだって?」

突如背後からそんな声がかけられて内心かなり驚いた。しかし無理矢理冷静を装ってゆっくりと振り向く。
相手は誰だかわからないが、こういう時こそ、隙を見せてはいけない。

「そうだけど。……あなたは?」
「そうね、アタシも死神よ」
「馬鹿にしてるの?」
「違うわよ。早合点しないでくれる? 血の気の多い女ね」

それは、赤い髪の、スーツを着た男……? だった。口調は女だが多分男。
そいつは何やら本のようなものをめくり、あるページで手を止めて内容を読み上げた。

「ハロルド・イーザフ。商売敵の雇った殺し屋に毒殺され、死亡」

それは紛れもなく先程私が行った殺しについての事実だった。
この赤髪、何者だか知らないが、危険だ。
これだけ情報が漏れていることは私の殺し屋生命の、いや、純粋に命の危機である。奴に見えない位置でナイフを握った。

「ちょっと前から見てたけど、あんた、随分と上手に人を殺すじゃない」
「……以前から、見ていた?」

それなのに全く気づかなかったなんて。背筋に冷たいものが走る。

「あなた、何者?」
「だから言ったでしょ、死神ヨ」

赤い死神はにやりと笑った。

「名前はグレル・サトクリフ。同じ"死神"同士仲良くしまショ?」
「……」





火曜日

グレルという名の自称死神は昨日から私に張り付いている。
何の目的でかはわからないが、こちらの敵になる気はないらしい。

「邪魔だからついてこないでくれる?」
「そういうわけにもいかないのよ、お仕事だし」
「仕事?」
「死神の仕事ヨ」

呆れたことに、グレルは自分が本当の死神だと言い張っている。
私の場合は殺し屋という職業からくる異名だが、グレルはそういう類のものではないと主張するのだ。
ため息をつく私に、グレルは「信じてないわね」と言う。

「例え本物の死神がいたとしても、それを普通の人間に告白するわけない」
「今回は別に問題ないのよ」
「何で」
「まだダメよ。ヒ・ミ・ツ」

まったく。
私はグレルを無視して今日の仕事へ向かった。





水曜日

早くもグレルの存在が馴染みつつある。こんなに濃い人なのに、妙なものだ。
ぽろっとそんなことを言ってみると、グレルも似たようなことを私について思っていたようで、こんなことを言った。

「あんたが本当に死神だったら気が合ったかも知れないわね」

またいつもの冗談か、と私は聞き流した。





木曜日

私のボス、ミスターフィリップの所へ行って最近の報告をし、新たな仕事をもらった。
次の日曜日までの仕事だ。
私が自分の住処へ戻って仕事の書類をめくっていると、留守番をしていたグレルが声をかけてきた。

「どこ行ってたの」
「私のボスのところ。仕事の報告と、これをもらいにね」

言いながら書類を持ち上げてみせる。

「依頼はその一人からしか受けないわけ?」
「まあね。昔は色んな人からテキトーに受けてたんだけど、ある日今のボスに拾われて、"俺専用の殺し屋になれ"ってさ」
「それを飲んだってことは、そのボスっていい男なのかしら?」
「まさか。最低の下衆だよ。でも私も下衆だし、生活していくにはちょうどいい手段だったってだけ」

ふうん、とグレルは興味なさそうな返事をした。
そして私の隣に座り、一緒に書類をのぞき込む。

ぼうっと紙をめくりながら、私は違和感をもった。
何でつい数日前に会ったグレルのような人間に、こんなにべらべらと自分のことを話してしまったのだろう。
人は信用できないから、多少仲のいいやつにも滅多なことは言わないのに。

もしかして、グレルが人間じゃないから?

一瞬脳裏をよぎった自分の考えを嘲笑で流した。
しかし私の中には流しきれない何かが残った。





金曜日

「いつまでいるの?」
「心配しなくても、もうすぐお別れになるわヨ」

何気ない問いに思いがけない答えが返ってきて、私は驚いた。
コーヒーをすする手を止め、グレルを見る。
するとグレルは私の顔を見て悪い笑みを浮かべた。

「アタシと別れるのがイヤになった?」
「……いや、せいせいするよ」

精一杯の言葉を口にして、コーヒーを飲む。
グレルはにやにやとしながらこちらを見て、言った。

「ねぇ、あんた日曜日に赤い服を着る気ない?」
「はぁ?」

予想斜め上の言葉に平静もなにもない声がでてしまった。
咳払いしてごまかし、「なんで?」と尋ねる。

「アタシ、赤が好きなの」
「だからってそれを私に押しつける?」
「あんたも好きじゃないの?」

グレルの目には変な力がある。それに負けて顔をそむけ、短く「別に」と呟いた。





土曜日

「明日は重要な仕事だから、邪魔だけはしないでね」

何故かグレルと一緒にいるようになってから、仕事の度に「来るな」と言っても無駄だった。
だからもう来ないでとは言わず、邪魔をするなとだけ言う。
グレルは私の言葉を聞き届けたあとで意味ありげに笑った。

「明日はアタシも、気分的にはここ一番の大仕事だワ」
「仕事……ああ、死神の?」
「やっと信じてくれたの?」
「いいや。相変わらず戯れ言だと思う」

グレルは、本当に頭堅いんだから、と呆れたように言うと、意味ありげな笑みのまま続けた。

「そろそろ教えましょうか。アタシがあんたについていた理由、……そして死神であることをあんたには主張してもいい、としていた理由」
「はぁ、何?」

やる気なく聞くと、突然グレルは傍に寄ってきて、顔を近づけ、私の頬に手を当てた。
雰囲気に押されて何も出来ないでいると、グレルはそっと、囁くように言った。

「あんたが明日死ぬからよ」





日曜日

「ちょっとした興味を持ったのよ。死神と呼ばれる人間の女にね」

揺れる視界、はっきりと見えるのはグレルの赤だけだった。

「馬鹿ね、あんた。本当は気づいていたくせに。今日の仕事が、あんたのボス、フィリップが仕組んだ罠だってこと位わかってたんでしょう?」

不思議なことに、こもる音の世界の中で、その声もしっかりと聞こえる。

「最近になってフィリップは証拠隠滅のためにあんたを始末したがってた。そこら辺のチャチな情報屋すら知っているのに、あんた自身が知らないわけないワ」

ああ、そうだ。私は知っていたのかもしれない。いや、知っていた。
知っていて、それでも仕事を完遂しようとした。

「死にたかったの?」
「……違う」

無理矢理ひねりだした声は悲しくなるほどかすれていた。

「何が違うのよ」

容赦なく尋ねてくるグレルに、私は淡々と語った。

「殺し屋とは……信用、第一で、依頼主の依頼を……ただ、こなして、いく、存在……げほっ」

言葉の途中で口から液体があふれる。
生臭さから、見なくても血だとわかった。

「はぁ、……どうせ殺し屋になったんだもの。最後まで、そうでありたかった」
「……美学を追求したってわけね」
「違う」

美学なんて高尚なものではない。なぜなら、

「私は下衆だから」

その言葉を最後に私の目の前は真っ暗になった。
しかし、何故だか、もう物音すら聞こえない私の耳は、グレルの声だけは拾う。
ここでようやく、グレルは本当に死神なのかも知れない、と思った。

「あんたのことは結構好きだったワ」

そうは言いつつも死にゆく私をみてどこか楽しそうである。

「でももうオシマイね」

そう言うとグレルは最後に私の名を呼び、「さよなら」と別れを告げた。
次に何か、布のようなものが体に被さる感覚がして、そして本当にすべてが終わった。




END


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