使用人は死神


「紹介するわ、マダム。この子は最近うちの屋敷に勤めることになったナンシー」

「お初にお目にかかりますー!」

ナンシーの主の友人、マダム・レッドは彼女に二、三言の挨拶をした。

ナンシーは決して微笑を崩さずに一連のやりとりをしてのけたが、内心はマダム・レッドの背後に控えている執事が気になって仕方がなかった。

長い黒髪を一つに束ねた線の細い執事。ハの字に下がっている眉や、機能だけに重点をおいたような丸メガネからも、なんだか気弱そうな印象を受ける。

同族だからこそわかるのだが、彼は死神だ。しかもどこかで見たことがあるような気がする。一体誰だったっけ? 口では社交辞令を言いつつ記憶の棚をひっくり返しまくるが、なかなか思い出せない。

「あ、じゃあうちの執事も紹介するわね」

マダムの言葉でナンシーが気になってしょうがなかった執事がおずおずとお辞儀をする。

「執事のグレル・サトクリフよ。お茶も満足に淹れられないんだけどね、」

そのあとのマダムの声は、ナンシーの耳に入ってこなかった。

え、今何て?

彼女は衝撃を受けて執事に見いる。

グレルって言った? グレル・サトクリフ?

ナンシーの記憶違いがなければそんな名前の死神はただ一人だ。あの赤い髪をなびかせる女口調の超個性的な死神。

それが、このひ弱そうな執事?

そう言えばハの字の眉に面影があるといえなくもない……しかしまだ確信には至れず、ナンシーは食い入るように執事をみた。

「ナンシー? どうかした?」

「あ、いえ、申し訳ありません。何でもないです、奥様」

声をかけてきた自分の主にあわてて返事をし、むりやりグレルという名の執事を視界から出す。主とマダムは首を傾げつつも、居間に入って話を楽しむことにした。

「私はお茶を淹れてまいりますっ」

そう言って姿を消したグレルを見て、ナンシーはチャンスだと感じた。

「わたしもお手伝いを致します」

「本当? 助かるわ、ついでにグレルにちゃんとしたお茶の淹れかたを教えてやってくれない?」

「かしこまりました」

そして執事を追うようにして部屋を出た。少し迷いながらも何とかグレルのいる場所までたどりついたナンシーは、「失礼します」と声をかけて部屋に入った。


「あっ……ナンシーさん」

「お手伝いに参りました」

「そ、それは助かります。ありがとうございます。……」

妙な沈黙が落ちる。
ナンシーはゆっくりと執事に近づき、遠慮がちに声をかけた。

「えっと……グレルさん?」

「は、はい」

「……っていうか、グレル? でいいんだよね?」

不安そうに確認するナンシーに、グレルは少しの間戸惑った表情をしていたが、すぐに元の調子でニヤリと笑うと、

「気づかなかったワケ?」

と小さく囁くようにしていった。

「い……いや……予感はしてたけど」

「口元ひきつってるわよ」

「だ、だって」

もう駄目、我慢できない。そう言うとナンシーはできるだけ響かないよう努力しながら爆笑し始めた。グレルは苦いものを噛みつぶしているかのような表情でそれに耐える。

やがてナンシーが笑い終えると、探るように言った。

「なんでアンタも使用人なんてしてんのヨ」

「あの一家とその関係者が近々一気に死ぬんだよ。だからその魂の見張りとあらかじめの調査ってところ」

「ふうん……お気の毒ねぇ」

「そっちはどうなの?」

「まあ、似たようなカンジよ」

グレルは表情を変えずに嘘をついたが、ナンシーはその嘘に気づかずにさして興味なさそうに相づちを打つ。そして意地悪そうに笑った。

「まさかグレルと一緒に、人間に紅茶出すことになるとは……そういえばマダムがグレルは紅茶も淹れられない的なこと言ってたけど、それって演技? 素?」

「そんなのどっちでもいいじゃない」

「あはは、憎たらしいー」

口を動かしているが、ちゃんと手も動いている。着々と紅茶の用意をすませ、盆に乗せた。

「何にせよ、今日は執事同士頑張りまショ」

「私は執事っていうより、メイドだけどね」

「アンタにはメイドより執事の方がお似合いだと思うけど」

「けなしてる? それってけなしてる?」

「とにかく!」

グレルは主たちに聞こえない程度に大きめの声を出した。

「私は、"私なりの執事"をちゃんと演じようと思うので……よろしくお願いいたしますね」

「ええ、了解しました。よろしくお願いします、グレルさん」

従者モードに入った二人は意味ありげに笑いあって主たちの待つ部屋へと向かった。


そして夕方。

昼時と同じようにマダムの家の正面で四人向かい合っていた。色々なことを話して満足したのか、ほくほく顔のナンシーの主。そしてその隣にはげっそりとしたナンシーがいる。

「ごめんなさいね、うちのグレルが」

「いえ……」

表面は柔らかく接しているのだが、内心では拳がぷるぷると震えている。

そう、すっごく大変だったからだ。

グレルに"手が滑った"として紅茶をぶっかけられたり、グレルが"手違いで"落とした食器を体を張って守ったり、「死んでお詫びをぉぉ!」と首をつろうとしたグレルを助けようとして自分の首をつりそうになったり、と。

「(私なりの執事を演じる……って、そういうことかい!)」

主たちの様子を見計らってグレルを睨みつけると、グレルは満足そうに笑って投げキッスをしてきた。彼女は思わず払いとばす動作をした。

「どうしたの? ナンシー」

「いえ、ちょっとグロテスクな虫がいたもので、つい払ってしまいました」

「そ、そう」

グレルは一瞬憤慨したような表情を浮かべたが、すぐに申し訳なさそうな執事の顔に戻る。そのわざとらしさに怒りが倍増した。

別れの挨拶をすませて帰路についたとき、もう絶対にマダム・レッドを訪ねたくはない、と、あの執事の顔を思い出しながら切実に思った。



END


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