そんな関係
(雪待ハルさん、リクエストありがとうございました!)
死神の鎌に斬れないものはない。そう豪語する傍ら、鎌に対するメンテナンスは欠かせないものだ。一日預けた鎌を引き取りに、グレルは鎌職人の元を訪れていた。
「ちょっと滑りが悪くなっていたんでそのへん対処しといたから」
「どーも。助かるわ」
グレルが手を伸ばして鎌を受け取ろうとした時、横からひょいとそれを取った者がいた。彼女は横取りしたグレルの鎌をしげしげと眺め、微笑んだ。
「相変わらず、似合いすぎるくらいに似合ってるね」
その顔を見るのは久方ぶりだった。友人でもあり、死神として好敵手でもあり、理解者でもあり、恋敵でもある彼女の名を、グレルは確かめるように呼んだ。
「……ナンシー?」
「久しぶり。――あの、職人さん、私の鎌どうなってます?」
「おう、問題なかったぜ」
グレルに鎌を返し、その手で自分のを受け取る。それを見て彼は口角を上げた。
「相変わらず、全然似合ってないわね」
「えー、そうかな」
「もさくて嫌だわ、それ」
「もさいって何。バトルアックスはね、通には人気の武器なの、かっこいいの、何より男前なの」
「バトルアックス? かっこつけてんじゃないわよ。斧って言いなさい」
「いやいやだってそっちの方がかっこいいでしょう。斧って語感イマイチだし」
「それって間接的に斧がもさいって認めてるわよね」
そんなやりとりをしながら職人の店を出る。時計やスーツなど基礎アイテムを取りそろえることのできる通りに出れば、何人かの死神がせわしなく行き来していた。
「そういえばナンシー、あなた最近調子悪いみたいじゃない?」
グレルが近頃風の噂で聞いたことを話題にすれば、その隣でナンシーは困ったように笑った。それは肯定を示す笑みだ。
「その通りだけど……グレルに心配してもらうほどではないよ」
「心配なんてしてないわよ」
プイ、とそっぽを向くグレルにナンシーは笑みを深めた。
二人は仲が悪いわけではない。寧ろお互いの能力も中身も本心から認めている。
そんな二人を相棒ではなく好敵手たらしめる一つの要因は方向性の違いだった。グレルが激しく女らしさを追求する反面、ナンシーは静かに男らしさを追求する。
そしてもう一つの要因は、共通の片思いの相手、同僚であるウィリアムの存在だろう。
「グレルはこの後仕事?」
「ええ。やっと落ち着いたかと思ったらまた忙しくなり始めたでしょ?」
「そうみたいだね」
「あんたはどうなのよ。仕事無いの?」
「うん。結構ドジばかりしてしまって、最近はあまり仕事がまわってこないの」
「……そう」
ナンシーは何でもないことのように言うが、その表情からは隠しきれない疲れが感じられる。身体的というよりは精神的にダメージをくらっているらしい。
何かあったのか、何てことをグレルは尋ねなかった。彼女はそういうことを聞いたところで素直に答えるような性格じゃないことを知っていたからだ。
「せいぜい頑張れば」
彼女なら放って置いても大抵のことなら一人で持ちこたえられる。そう確信していたグレルは敢えて干渉しないことを選んだ。
「グレルに負けてられないしね」
その軽い声を聞いて、大した問題ではなさそうだと思ったのだが、その予測は事実に反していたらしい。
それからしばらく後でグレルが耳にしたのは、ナンシーが何かやらかして謹慎処分になったという事だった。
グレル自身が多少(?)やんちゃをしてそういう処分にあったことは実際何回かあるものの、基本的にやんちゃをしない性質のナンシーがそういった事になるのは初めてだ。
あの時、もうちょっと何かフォローしとけばよかったかしら。
一瞬グレルの頭にそんな考えがよぎる。だがそれはすぐに打ち消された。互いの関係を考えると、グレルがナンシーに手を差し伸べたところで彼女は余計なお世話だと拒絶するだろう。
その逆もしかり、お互いを認めているからこそのプライドというものがある。
だが、グレルがそう思ってナンシーのことを考えない様にしてもどうしてか彼女が頭から離れないのも、その関係故なのかもしれない。
ナンシーが謹慎処分を受けてから数日経ち、結局グレルは彼女の元を訪れていた。
「あ、グレル。何しに来たの」
「……長い付き合いの同僚が謹慎になれば、気になるのはあたりまえでしょ。あんたは来なかったけど」
「あはは、そうだったっけ」
ナンシーは部屋の窓に向けて配置されているソファーで読書をしていた。その姿からは、いつも彼女を取り巻いていたような覇気が感じられない。そのことが気に障り、グレルは顔をしかめた。
「何やってんのよ、あんた」
「見てわからない? 本読んでる」
「そうじゃなくて」
何を聞いているのかわかっているくせにと思うと、彼女の態度が神経にふれた。グレルとしては、ナンシーが自分にたいして弱みを見せたくないのはわかる、けれど話題にもしないほどに頑なにならなくてもいいじゃないかと思えるのだ。
「確かにあんたは、一緒にいるとたまにイラッとくるし、ウィルのことを考えると邪魔に思えることもあるけど」
「ちょっとグレル、素直すぎない?」
その声から面白がっている調子が聞き取れた。実際くすくすと囁くような笑い声も聞こえる。だがグレルにとってはちっとも面白くなんてない。
「本音なんだから仕方ないでしょ」
ずばっと切り捨てたあと、彼は「でも」と逆説の言葉を口にする。
「でも、いなきゃいないで困るっていうのも本音なのよ」
その言葉を聞いたナンシーは一瞬身を固めた。が、すぐに目を大きく開くと、驚きや困惑を隠さずに聞いてくる。
「……え、困るの? 私がいないと?」
「そう言ってんじゃない、一度で聞き取りなさいよ。……あたしと張り合えるのはあんたぐらいしかいないんだから」
グレルはまっすぐナンシーの顔を見ていられず、部屋に視線を転じる。かわいらしい置物がドレッサーに置いてあった。
これはナンシーの趣味ではない。きっと誰か、彼女にあこがれる女後輩か、同僚の友人から贈られたのだろう。趣味に合わずとも律儀にも飾ってあるというところが彼女らしい。
「そっか」
やがてナンシーは閉じた本を膝の上に置き、俯き加減でそう呟いた。その顔にはもう面白がっている笑みはない。彼女は床を見、次にグレルを見てささやかな微笑みを向けた。
「あー……何というか、今回は、私の負けだね」
「あんたが自ら負けを宣言するなんて、珍しいこともあるのね」
「往生際が悪いのは男じゃないでしょ」
その顔に勝ち気な笑みが戻る。きっともうナンシーは平気だろう。その証拠に先ほどまで疲れていた瞳は以前の力強さを取り戻し始めていた。
人騒がせな、と思ってグレルは肩をすくめる。
「あんたは女じゃない」
「生きざまだけは男らしくありたい」
その考え方がわからない。この思考回路さえ理解できれば、彼らは今とはだいぶ違う関係になっていたことだろう。
グレルはふと思いついたことをそのまま口にした。
「あたしと体が入れ替わればいいのにね」
「え? でも、もしグレルと入れ替われたら、即髪切って黒く染めて男口調になるよ? そんな自分の姿、見たい?」
「……イヤ」
「でしょう?」
ひとしきり笑った後、ナンシーはポツリと「グレルに励まされるなんて思わなかった」と漏らす。別に励ました訳じゃないわよ、と顔を逸らすと、この間同じようなやりとりをした記憶が脳裏をよぎった。
ナンシーはそんなグレルの様子をまるで気にせず、代わりに彼の言葉をなぞった。
「あたしと張り合えるのはあんたぐらいしかいない、か」
「……なによ」
「ううん、その通りだと思って。ありがとう」
一人が立ち止まれば一人がその頬を叩いて。
一人がしゃがみ込めば一人がその背中を叩いて。
張り合っているようでいても、なんだかんだで協力してお互いを研いでいく。
そんな存在に出会えたことは、運がいいと言えるのかもしれない。
「ね、グレル。次ここに来てくれるときははウィリアムも一緒に連れてきてよ」
「嫌」
「即答? そんなこと言わないで、お願い。ちなみにやましい気持ちは大ありです」
「あんたねぇ……」
……やはり邪魔だと思うこともあるけれど。
END