意外な一面


同僚に優しく後輩に親切で、先輩には礼儀正しい。その死神は常に穏やかな雰囲気をまとっているにも関わらず、一部にとっては不思議と近寄りがたく感じられるのは完全無欠なイメージのせいと思われる。

そんなナンシーに気軽に声をかけられるのは既に彼女と親しい者、そしてもとから社交的な者が主だった。


仕事帰り、深夜のコンビニでロナルド・ノックスが見つけたナンシーは、いつもの微笑をなくして何か悩んでいるように立ち尽くしていた。担当地区が遠ければデスクも遠く、合コンにも参加しないナンシーに普段話しかける機会はあまりない。プライベートで何度か話したことがあるものの意外とガードがかたく、距離を縮めるに至っていなかった。

チャンス。そう思ったロナルドは礼儀程度に身なりを整えてから明るく声をかけた。


「どうもー、ナンシー先輩! 買い物ですか」

「あ、ノックスくん? そうなんです。ちょっと……」


ナンシーは後輩に微笑みかけてから悩ましげな表情に戻る。見えないところで何かに葛藤しているらしい。案外素晴らしいタイミングではちあわせたのかもしれない、そう思って事情を聞きだそうとしたロナルドが声を発する前に、ナンシーはポツリと呟くように言った。


「ノックスくん、君、くじ運あるかな」


突然の質問にロナルドは首を傾げた。「くじ」と「ナンシー先輩」を繋げるものがイメージできない。


「え、くじ? 割りと運はあると思うんですけど……こんなところで偶然先輩に会えたし」

「じゃあちょっと、力を貸してくれないかな」


ロナルドとしては反応が欲しかった後半部分を華麗にスルーし、ナンシーは力強い目で彼を見る。


「私、自慢じゃないんだけど、最下賞しか取ったことがないんです」


間の抜けた、しかし可愛らしさを感じさせる発言に「俺に任せて下さい」と言えないロナルドではなかった。これは何とかしていい賞を取らなければ、とやる気を出して、ロナルドは手袋から右手を抜き取る。

そんな彼の言動に、ナンシーは表情を明るくしてレジへと向かう。


「くじお願いします。3回で」


支払いを済ませると店員がくじ箱を持ってくる。何のくじだろう? ロナルドがその側面を見ようと目を凝らす前に、ナンシーが彼の視線を捕らえた。彼女は彼に向かって拝むように両手の平を合わせる。


「A賞とは言わない、C賞でいいんだ、いやむしろC賞がいいので頼みます……!」

「わかりました、C賞っすね」


その口調に異様な熱っぽさを感じ、ここまできたらやってやろうという勢いでロナルドは箱に手を突っ込む。まずは、一枚目。

外れ。

だがまだ二枚残っている。もう一枚、来い! と思いながらくじを取り出せば、なんと二枚目で既に狙いのものがあわられた。


「C賞? うそ、凄い!」


それは今まで耳にしたナンシーの声の中でも、聞いたことのないようなものだった。あっさりとノルマをクリアしたロナルドはオマケ程度の気持ちでもう一枚、くじを引く。

そしてその結果に自分でも戦慄した。隣のナンシーも、くじを覗き込んでのけぞった。


「…えっ、A賞!? ええええー!!」

「おめでとうございますー!」


からんからん、と店員がベルを鳴らす。店内にいた僅かな客もロナルドを感嘆の目で見ていた。彼自身は、俺こんなにくじ運よかったっけ、と不思議に思う。だが、やった。結果として今のロナルドのくじ運は最強だった。


「ありがとう、ノックス氏!」


――氏?

今おかしな呼称をされた気がする。
しかしナンシーは自分でも気付いていないらしかったので、気のせいだと思ってロナルドは笑って流した。

「で、これって何のくじなんスか?」

「へ? あ、えーと。それは〜……」


急にナンシーの様子がそわそわとしたものになる。目が泳いでいるし、怪しいことこの上ない。その違和感の正体を、店員が景品を持ってきた瞬間に理解した。

それはいわゆる美少女フィギュアというやつだった。

ちなみにタイトルは「死神天使☆アクマちゃん」というツッコミどころ満載のもの。A賞はアクマちゃん、C賞はデスサイズちゃんで、デスサイズちゃんとやらがナンシーの本命キャラらしい。

青髪、ツインテール、青縁眼鏡、そして鎌を持ってわざとらしくポーズを取っているデスサイズちゃんのフィギュアを目の前にして、彼女の瞳はキラキラと輝いていた。


え、ナンシー先輩、もしかしてオタク趣味?


予想外の展開に彼が何も言えないでいるのと反対に、実物を見たナンシーはテンションを再び上げなおしたらしい。感情のままにロナルドの右手を握ると、羨望のまなざしで彼を見る。


「ノックス氏! あっ間違えたノックスくん!! この手は黄金の手ですか、ゴッドハンドですか! 同じ死神なのに神がかり具合が違うなんて、この世はほんっと、不公平ですね!」


嬉しいという感情を具現化したら今のこの先輩のようになるんだろう。ほんのりと頬を染めて、なんの影もない笑みはまさに太陽のようで。

ロナルドからすれば、その笑顔を引き出した理由が自分のくじ運とフィギュアというのは妙な気もするけど、ちょっと可愛いと思ってしまったあたりで彼は新たな守備範囲を開拓しそうな自分に気が付いた。

そのアニメ柄の大きな包みに景品を入れてもらい、半分をロナルドが持った。他人の視線が気になったが、ナンシーを放ってどこかにいくことも出来ずに隣に並ぶ。


そうして店を出れば、ひんやりとした深夜の空気が二人を包み、ナンシーは身震いをした。するといつもの平静さを取り戻したらしい、彼女は静かに口を開いた。


「ごめんなさい、引きましたよね。わかっているんです、こういうのはあんまり全面に出すべき趣味ではないって……勝手に巻き込んでおいてあれですけど、今夜のことは忘れてくれると嬉しいです」

「いや、そうでもないっすよ」


反射的にくりだされたロナルドの言葉に、ナンシーは驚いたようだった。

確かにロナルドにとって意外なことには違いなかった。あの上からも下からも好かれる穏やかな先輩のギャップを感じさせすぎる一面は衝撃的でなかったといえば、「あの先輩」の色以上に真っ赤な嘘になる。それでもきっとナンシーのあんな表情を見ることが出来た死神は極ほんの一部、限られた者に違いない。もしかしたら、自分だけかも。そう思うと優越感めいたものすらわきいでてくる。


「ちょっとビックリしたけど、あのC賞の子可愛いじゃないですか」

「……駄目ですよノックスくん」

「え?」

「そういうこと言われると私語っちゃいますよ? かぎカッコ一つじゃ見苦しくなるくらいに語りますよ」


そういえばオタクとは語らせると長い種族だと聞いたことがある。それでも後輩への気遣いを忘れないナンシーに、彼女らしさを感じた。

フィギュアを入れた包みを見るナンシーの目は本当に愛に溢れていて、あの微妙なタイトルのアニメがとても好きなのだと言うことが良くわかる。

そんな二次元にベタ惚れしている先輩が、いつか自分にしか見向きもしなくなったら。そう思うとわくわくして、まずはナンシーが好きな二次元の理解から始めようかと考えた。



END


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