朝に舞う夢は(1/2)


江戸の外れのそのまた外れ、天人に襲撃され人のいなくなった集落は今や鬼兵隊の拠点となっている。ポツポツと並ぶ家屋の一つに八重と高杉はいた。今にも崩れ落ちそうな茅葺き屋根の平屋。そこの狭い部屋で目を覚ました八重は横になっていた身体を起こし瞼を擦る。格子の付いた窓から差し込む月明かりで影を作る高杉は、動いた八重に顔を向けキセルを口から離した。胡座を崩して片膝を立てた高杉の手が八重の肩から落ちた羽織に伸ばされた。

「これ掛けてくれてたの?やだ優しいありがとう」
「また子が言うから仕方なくだ」
「ツンデレかよ。てかまた子どこ行った?」
「万斉と大使館に向かわせた」
「ああ、爆弾仕掛けるんだっけ」

黒地に金の糸で刺繍された羽織は持ち主である高杉の肩に掛かる。腕を上げ大きく伸びをした八重は高杉が持つキセルを指差した。

「それ美味しい?」
「さァな」
「一口吸ってみたい」

伸ばされた手にキセルを取られた高杉は、それを咥える八重を興味深く見つめる。吸い口を唇で挟み煙を吸った八重はふぅと白煙を吐き、徐に立ち上がると窓枠に手を掛けもう一度キセルを咥えた。

「絵になってる?」
「似合わなくはねェよ」

小さく笑みを見せた高杉の隣に腰を下ろした八重は歯を見せて笑いまた煙を吸った。火皿から漂う白煙が二人の間を抜け窓の外に消えていく。

「甘くて美味しい」
「イケる口か」

キセルを返された高杉は雁首を指に当てて灰を落とし懐に仕舞った。

「私も買おうかな。口が寂しくなったときにちょうどいい」

この言葉に喉を鳴らして笑った高杉は、八重に覆い被さるように床に手をつきギシリと音をたてた。僅か数十センチの距離で向かい合った二人は数秒見つめ合う。高杉の手が床から離れ、八重の頬を優しく撫で滑るように顎に掛けられた。ゴクリと唾を飲み込んだ八重の喉元が上下するのを見た高杉は、ニヤリと口元を緩め、残り数センチの距離を埋める。二人の唇が重なった。虫の羽音も蛙の鳴き声も、風の音さえ遮断され心音だけがやけに耳につく。床に映し出された影はゆっくりと離れた。

「寂しいのは口だけか?」
「イヤイヤイヤ待った待って待っとこうか」

帯の結びに手を掛ける高杉に待ったを掛けた八重は左右に頭を振る。自身の唇に触れ、両手で顔を覆った八重は指の隙間から高杉を一瞥した。

「一体全体どういうつもりだ晋助」
「どうもこうもねェよ。俺の気持ちを知らないわけじゃねェだろ」
「それはまぁ、知ってるけど…」

八重の手首を掴み両手を顔から離れさせた高杉は、真っ赤な顔の八重を見るなりククッと笑い声を漏らした。恥ずかしさに更に顔を赤らめた八重は顔を横に背ける。高杉は口角を上げ八重の髪を掬うとゆっくりと頭部に手を回し、もう一度唇を重ねた。抵抗の言葉を発するため口を開いた八重に自身の舌を捩じ込んだ高杉は、逃げようと身を捩る八重の体をキツく抱き締めた。

「んっ…ふぁ」

絡まる舌は熱を帯び官能的な音を響かせる。唇が離れると、八重は口回りに付いた高杉の唾液を着物の袖で拭った。二人の間に沈黙が流れ、外ではポツポツと雨が降りだす。先に口を開いたのは高杉だった。

「いつまでアイツを待つつもりだ」

小さく囁いた高杉の腕の中で、八重も小さく答えた。

「銀時が、迎えに来てくれるまで」
「…迎えになんか来やしねェよ」
「待ち人が待つのを止めたら本当にそこでおしまいなんだ。だから、私はいつまでも待っていたい」
「はっ……いつまで意地張ってられるか見物だな」

八重から手を離し体を離そうとする高杉だが、それは八重によって阻止された。高杉の腰に手を回し、顔を胸板に押し当てる八重は消え入りそうな声を震わせた。

「そうだよ意地張ってんだよ。いつも思ってる。本当に来てくれなかったらどうしよう。私のこと好きじゃなくなってたら……新しい恋人がいたら…って。そうしたらもう触れることも愛し合うこともできないんだ」

高杉の言葉で不安になった八重はいつになく弱気な言葉を吐く。八重の髪を撫でていた高杉は八重の肩を押し、ゆっくりと床に押し倒した。床に散らばる長い髪はそれだけで高杉の心を高ぶらせる。

「俺は八重を置いていったりしねェ。待たせることもだ」
「…………」
「俺の女になれ」
「晋助…」
「俺を好きになれば楽になる」
「晋助……私は、銀時がすき。銀時がいいよ」

八重の目から溢れ出た涙は重力に従い髪を濡らした。眉間にシワを寄せながらも笑みを浮かべた高杉は、流れ続ける八重の涙を指で拭い首筋に顔を埋めた。

「晋っ」
「テメェの寂しさなんざ俺が忘れさせてやらァ」
「やだっ晋助!」

高杉の舌が八重の首筋を伝い、同時に帯の結びが緩められた。猥褻な行為に八重はかぶりを大きく振る。

「…泣くな八重。俺はお前が笑っていりゃあそれでいい」
「…………」
「心の寂しさが埋められねェなら、俺を銀時だと思え。銀時だと思って俺に抱かれろ」
「そんな」
「嫌なら本気で抵抗してくれや。そうじゃなきゃヤメられねェからな」

雨が激しく壁を叩きつける。涙が止まり、目を閉じた八重に高杉の優しい口付けが落とされた。








──目を覚ました八重は起きて早々ため息を吐いた。夢とはいえ、初めて高杉と身体を交わらせた時の記憶に銀時への罪悪感が大きくなる。高杉は紅桜の事件以降八重に体を求めてこない。それまで頻繁に体を重ねていた八重は欲求不満なのかと頭を抱えた。ピチャンピチャンと水音が聞こえ窓に目をやると、外では雨が降っていた。

「…………ご飯食べよ」

敷いていた布団を畳んで押し入れに仕舞い、寝間き浴衣から着物に着替えた八重はノックのあと直ぐに開けられた扉に顔を向けた。足は出しているものの、冬だからか暖かい格好のまた子が顔を出し、おはようございますと挨拶をした。

「おはようまた子。どうした?」
「食堂に行ったらまだ先輩いなかったんで寝てるのかと思って来ちゃったッス!」

人懐こい笑顔を見せたまた子は八重の腕を取ると、部屋を出るなり今日のご飯はなんスかね、と意気揚々と廊下を歩いた。食堂に着き、向かい合った席に座ったまた子と八重は温かい味噌汁をすする。食材を口に運び咀嚼して飲み込む。その行為を続けていると、また子がそう言えば、と声を出した。

「万斉先輩が八重先輩のこと探してたッス」
「万斉が?なんだろ」
「なんか…江戸に行くのに八重先輩を誘おうとしてるらしいッス」
「マジでか。後で万斉のとこ行って……いやその前に晋助に許可もらわないと」

江戸と聞くなり顔を綻ばせた八重は、咀嚼スピードを早め、汁椀を口に運び胃に流し込んだ。それを茶碗片手に見つめていたまた子は眉を下げて八重の名前を呟いた。

「先輩…………坂田銀時が迎えに来たら、そっちに行っちゃうんすか?」

ドキリと八重の胸が跳ねた。昔ならば恋人に手を伸ばされれば迷いなくその手を取っただろう。しかし今の八重には鬼兵隊と言う大切な仲間が出来た。高杉やまた子と離れてまで銀時と新しい道を歩むことが出来るのか。目の前の悲しげな表情を見せるまた子に八重の気持ちが揺らぐ。

「私は晋助様のことが好きッスけど、同じくらい八重先輩のことも好きなんです。坂田銀時なんかに先輩を連れて行かれたくないッスよ」
「また子…私もまた子のこと大好きだよ」

八重が微笑むとまた子もぎこちない笑みを浮かべた。食べ終えた食器を片付けた八重はまた子と別れ高杉の部屋に向かった。総督の部屋に近付くにつれ静かになる廊下を一人で歩く。部屋の前に着き、ノックもせずに開けた襖扉。部屋の中で高杉は刀の手入れをしていた。刀から視線を上げない高杉の前に腰を下ろした八重は、畳に手を付き頭を下げた。

「万斉が江戸に行くらしいの」
「…………」
「お願い。一緒に江戸に行かせて」

手入れの終わった刀をチャキっと音を立てて鞘に納めた高杉は、八重に頭をあげろと一言呟いた。

「勝手に行かなかったことは褒めてやらァ」
「うん」
「銀時に会いに行きてェってか」
「…うん」
「テメェが会いに行くのは約束と違うんじゃねェか」
「……」
「アイツが迎えにくるのを八重が待つ、違うか」
「その通りでございます」

高杉は壁に背を凭れかけ、項垂れる八重を隣に呼んだ。素直に従った八重は高杉によって引き倒され、その頭は高杉の太腿の上に乗る。瞬きを繰り返す八重の上でキセルを吹かす高杉は白煙を吐き出した。

「まぁいい。万斉から離れんじゃねーぞ」
「つまり?行ってもいい?」
「好きにしろ」

ぶっきらぼうに言い放つ高杉の首に腕を回した八重は満面の笑みを浮かべた。腕を解かせ、もう一度自身の膝の上に八重を寝かせた高杉は、八重の白く滑らかな頬に指を滑らせた。

「隈なんてらしくねェな。寝不足か」
「隈?気付かなかった」
「気付かなかったのはそれだけか?どこで餌付けしたのか知らねぇが、犬がうろちょろしてたろ」
「やだなぁ、誰かに張られてたことくらい分かってたよ。だから賭場に行くの禁止されてから甲板にもあまり出ないようにしてたじゃん」
「ほぉ、ならいいんだが」
「あ、やばい眠い今なら秒で眠れるんだけど。どうしよう晋ちゃん」
「仕方ねぇ、今だけ膝貸してやらァ」
「うわ、優しいありがとう」

笑顔を見せた八重に高杉も満足そうに口角を上げた。夢見のせいで寝た気のしていなかった八重はすぐに睡魔に襲われた。規則正しく寝息を立てた八重に、高杉は黒地に金の糸で刺繍された羽織を掛け、自身も目を閉じ眠りに付いた。



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