marry me



日の沈みかけた空がオレンジ色に染まる頃、真選組副長土方十四郎は、自室で筆を取り報告書を作っていた。内容は主に沖田総悟が破壊した建物の損害についてだ。幾度と繰り返され書き慣れた文章。土方は溜息と共にタバコの白煙を吐き出した。

「トシ」

真選組では珍しい高い声が響き、障子に黒い影が映し出された。土方は筆を置きタバコを灰皿に押し付け火を消した。

「入っていいぞ」

土方がそう声を掛けるとすぐに障子がスライドし、淡い色の着物に身を包んだ八重が部屋に入った。机に向かう土方の斜め後ろに腰を下ろした八重は、部屋に残る香りと、灰皿に捨てられたまだ長さのあるタバコを見て笑顔を見せた。

「どうした。なんかあったか?」
「トシ」
「なんだよ」
「トシさん」
「だからなんだって」
「トッシー」
「それはやめろ」
「十四郎」

用件を聞くも八重は答えず土方の名前を繰り返す。会話にならないやり取りに土方は長い溜息を吐いた。

「………はぁ、八重」
「十四郎さん?」
「仕事の邪魔だ。暇なら食堂のオバちゃんの手伝いでもしとけ」

タバコに手を伸ばすも、すぐに筆に持ち替えた土方は報告書の続きに取り掛かる。八重は首を横にふり、体を滑らせて土方に近づいた。

「暇じゃないんですよ。結婚したらトシのこと何て呼ぼうか考えていただけで」
「それを暇だっつーんだよ」
「やっぱ初心に帰って土方さんとか…」
「結婚したらテメェも土方さんだろ」
「……………………」

いきなり何も言葉を発さなくなった八重を不思議に思った土方は体ごと向きを変えた。八重は目を見開き驚いた表情で土方を見つめ、想像していなかったその顔に土方は薄っすらと笑みをこぼした。

「なんだよ」

土方が八重の顔にかかる横髪に手を伸ばし、それを耳にかけると八重は震える唇を開いた。

「結婚、してくれるんですか?」
「しちゃいけねー理由でもあんのか?」

土方は潤む瞳を向ける八重を抱きしめ、子供をあやす様に頭を優しく撫でた。八重は土方に抱き着き下唇を噛んだ。

「…私に土方の姓をくれるんですか?」
「んなもん、いくらでもくれてやるよ」
「私も、土方になっていいんですか?」
「そうだな。土方八重ってのもどうだ、悪くねーだろ」

顔を上げた八重は涙を流し頬を濡らした。その頬を涙ごと手のひらで包んだ土方は、目を閉じ八重の唇に噛み付いた。交わされる深く長い口付けは、八重の涙を乾かした。

「トシのこと、一生幸せにしますから」
「そりゃ俺のセリフだ」

その日の内に仕上がるはずだった報告書は、翌日の仕事に持ち越された。





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