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八重が変化している白猫のビアンカは、談話室や移動中の廊下や中庭、湖などに出没する。猫らしく自由気ままでいようと、ファングの背中に乗ってハグリットと一緒に禁じられた森へ行ったり、日のよく当たる廊下の真ん中で丸まって寝ていたり八重なりに猫生活を楽しんでいた。
人懐っこく学年問わずたくさんの人の足にすりより、媚を売るように可愛く鳴くビアンカに女子生徒は心を奪われていた。そのせいか生徒たちはビアンカを囲んで雑談をしたり、愚痴や悩みを話したりと、ホグワーツにたくさんいる猫の中の一匹だがビアンカの人気はすごかった。しかしそれも八重の情報収集のための作戦であり、実際その作戦は上手くいっていた。
今日も今日とて湖の周辺をふらふらしていたビアンカは、一人の少年に抱き上げられた。青白い肌に真っ黒の油ぎった髪の毛の少年は、キョロキョロと辺りを見回すと誰も近づかないであろう禁じられた森近くに足を進める。大きめの石に腰掛けた少年はビアンカを地面におろし、大きな瞳ををじっと見つめると口を開いた。

「お前はリリーの飼い猫らしいな」

とても小さい声で呟かれたリリーの名前。八重ら小首を傾げながら返事をするように鳴いてみせた。

「にゃー(この人誰だったかな)」
「ッ人間の言葉が、分かるのか」
「にゃー(まぁ人間だからね)」

驚きの表情を作った少年は、八重の頭を優しく撫でると寂しそうに笑った。

「…お前が人気な理由がわかる気がする」

その寂しそうな表情が気になった八重は、何があったのか聞き出すため甘えたように少年の膝の上へ飛び乗った。

「にゃん」
「なぁ、僕は……リリーと仲直り出来ると思うか?」
「……(この人、リリーの友達か)」

──仲直り、となれば少年はリリーと喧嘩でもしたのだろう。そう解釈した八重は少年を黙って見つめ、少年は震える声を絞り出しながら少しずつ話し始めた。

「リリーと僕は幼馴染で仲が良かった。根暗な僕にも彼女は優しく接してくれた」
「(幼馴染…リリーから聞いたことあるかも)」
「ここに来てからもそれは変わらなかった。ただ」
「(ただ?)」

言葉をつまらせ下唇を噛み、ツラそうに息を吐いた少年は拳を握りしめた。

「リリーは僕の考えを理解できないと言ったんだ。何度説明してもダメだった。挙げ句その話はしないでと」

その拳は少し震えていた。八重が拳を前足で触ると、少年は怒りや憎しみに満ちた顔で声をあらげた。

「リリーは僕のことを嫌いになった…!それも全て憎きポッターとブラックのせいだ!」
「(ジェームズとシリウス?どういうこと)」
「あいつらさえいなければ、リリーは僕と友達でいてくれた!あいつらさえいなければ、僕はリリーを穢れた血なんて呼ばなかった!」

八重は驚きで言葉がでなかった。リリーと喧嘩した理由はそれだったのかと。なぜ仲直りをしたいと猫に話すほど大切に思っているリリーに対し、そんなことを言ったのか八重にはわからなかった。

「あいつらがなにもしなければ僕はリリーと…」
「(……)」
「あと少しでリリーも闇の魔術を理解してくれた」
「それは絶対にないわ」

突如上から聞こえた声に顔を上げた少年と八重。そこにいたのは話の人物であるリリーだった。

「リリー」
「ビアンカ、探したわ。行きましょう」

冷たい目で少年を見つめるリリーは、ビアンカを膝の上から取り上げると言葉をかけることなく彼に背を向けた。

「寒いわね。早く中に入りましょ」

リリーがビアンカを優しく撫でながらそこから離れる。心なしか、リリーの心臓の動きがいつもよりも早く感じた八重はリリーの肩越しに少年を見た。

「リリー待ってくれ!話があるんだ!」
「私はあなたと話すことなんてない」

立ち上がった少年がリリーの腕をつかんだが、リリーはその手を振りほどき少年と向き合った。少年は行き場のなくなった手を傷付いたように見たが、すぐにリリーに向き直った。

「あの言葉は本当になんでもないんだ。リリーのことをそんな風に思ったことはない!」
「あらそう、話はそれだけ?」

リリーの冷たい目が少年を捉える。少年はその目にショックを受けているようだった。

「お願いだ、聞いてくれ、仕方がなかったんだ。周りにはスリザリンのやつらもいたし、思ってもないのにあんなこと…」
「咄嗟に出た言葉が穢れた血だったのよね。それは心の中ではそう思ってるってことよ」
「違う!僕は、僕はリリーのことを」
「なにが違うの?私と他のマグル生まれの魔法使いがどう違うって言うの!?教えて、教えてちょうだいセブルス!」

リリーが声を荒らげる。その表情は怒りや悲しみで溢れているよう。セブルスと呼ばれた少年は、言葉が出てこないようで金魚のように口をパクパクさせていた。

「それは……」
「言えないでしょ?答えられないでしょ?やっぱりあなたは私のことをそう思ってるってことよ。闇の魔術もそう、あなたがしたいことを私は理解できない」
「それはリリーが理解するまで僕が説明する!闇の魔術は素晴らしい!あれは、」
「やめて聞きたくないわ!理解出来ないし、理解したくもない!人として間違ってるのよ。闇の魔術なんて最悪の魔法だわ」
「最悪なんかじゃない。リリー聞いてくれ」
「聞きたくないって言ったでしょ!……もう、終わりにしましょう」

少し冷静さを取り戻したリリーは一呼吸おいて言葉を吐き、それを聞いたセブルスは顔を歪ませた。

「なにを…」
「もう私たち、友達にはなれないみたいね」
「そんなことない!いまでも友達だ!」
「えぇ、あなたが闇の魔術なんかくそくらえって言っていたらそうだったかもしれないわ」
「そんなこと言わなくたって、」
「それと、あなたが仲良くしてるマルシベールとエイブリー。友達辞めたほうがいいんじゃないかしら」
「奴らは闇の魔術を理解してる、いいやつだ。それにもうじき、」
「私はあの二人が嫌いよ。普段から闇の魔術を人にかけるような人を、あなたは友達というのね」
「そうだ。だけど、リリーも僕の」
「やめて。私をあんな奴らと同じくくりにしないでちょうだい」

セブルスを睨み付けるリリーの目にはうっすらと涙が溜まっていた。

「さようなら、スニベルス」
「っ!!」

それが落ちる前にリリーは城へと走った。セブルスは追いかけることもせず、そこに立ちすくみリリーの背中を見つめ、その後はただ足元を見ていた。そこに一滴の透明な雫が落ちると、セブルスも足早にそこを去った。
一方八重はリリーの腕から抜け出し、少し離れた場所から二人をみていた。二人がいなくなり八重が一人で城に戻ると、ちょうど夕食の時間だったようで廊下は人で溢れていた。

「あらビアンカ、ここにいたのね」

リリーのルームメイトが通りかかり、ビアンカを抱き上げた。

「にゃー」
「なんかリリー泣いてたよ」
「私たちが聞いても"なんでもない"か"気にしないで"しか言わないの。ねぇメリー?」
「うん。早くご主人様を慰めてあげて」

床に下ろされたビアンカは四つ足を素早く動かし談話室に急いだ。




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