致命傷ではないにしても刺されれば痛みがある。胸から足先までロープでぐるぐる巻きにされ、ズキズキ脈打つ痛みで全く寝られないまま朝を迎えたあたしは、目の前で朝御飯を食べているまた子を睨み付けた。 「そんなに睨んだってお前の飯はないっス」 『……別にいいもん。食べなくたってアンタより強いし』 「ああ?もっぺん言ってみろ」 『その髪の毛どうしたの?染めたの?なんで?どうして?あ、あたしこれ地毛だから。綺麗なブロンドでしょ?染めてないから痛んでないし』 「そんな挑発には乗らないッス」 『てかなんでそんな防御低い服なの?なんでお腹出してんの?スタイルいいでしょって自慢してんの?……その体型で?あたしのが胸も大きいしくびれもあるし脚も長いよ』 「武市先輩、コイツ殺していいッスか」 「落ち着いてまた子さん。彼女を生かしておくのは晋助殿の命令ですから」 チッと舌打ちをしたまた子はあたしに向けた銃をおろした。あのとき死を覚悟したあたしだが、意外にも殺されることなく生き延びている。夜からずっと監視されてはいるが特になにもされていない。高杉はどこかへ出掛けているのかあれから見ていない。勝負を挑んできて負けた高杉を助けてあげたのにこの仕打ちだ。彼にはキングオブジャイアンの称号を与えたい。睨み合っているあたしとまた子の間に、三味線を背負ったサングラスの男が現れた。 『河上万斉、だっけ』 「拙者のことを知っているでござるか」 たしか、人斬り万斉とか言う物騒な二つ名だった気がする。ロープに巻かれたあたしを担ぎ上げた河上は、小さく抵抗するあたしを物ともせず廊下を突き進み、船員のいなくなった静かな一角の戸を開けた。芋虫のようにモゾモゾ動くあたしを乱暴にせず、ゆっくり畳に横たえた河上に多少なりとも好感を覚える。 「晋助、連れてきたでござる」 しかしながら彼も高杉の部下、謂わばスネ夫である。この部屋の主であろう、窓際でキセルを吹かす高杉にあたしを献上した河上に嫌悪感が増した。ロープに巻かれたあたしを見て笑った高杉にこっちのイライラはつのるばかり。 『あたし貴方のこと嫌い』 「そうかよ」 『ねぇなんで逃がしてくれないの?』 「さぁな」 『アンタたちのことどうこうしようと思ってあそこにいたわけじゃないし、これからも同じだよ。お互い無かったことにしようよ』 「本当に、テメーの頭ん中は綿菓子が詰まってんのかってくれェ空っぽだな」 腰を上げた高杉が窓際から離れた。身の危険を感じて藁にもすがる思いで河上に助けを求めようとするが、河上はパタンと戸を閉めて部屋から出ていった。戸に向かってスネ夫ォォ!と心の中で叫ぶが、あたしの顔は強制的に高杉に向けられた。 「テメーを探して真選組が動いてる。それも下っぱじゃねぇ。どうやって犬を飼い慣らした?」 『どっちかって言うと飼われている感じなんですが』 「それにこの能力だ。逃がして向こうに加担されると面倒だ」 『加担しないしない約束する。だから、ね?これ解いて杖と箒返して』 「分からねェか?鬼兵隊に迎えてやるっつってんだ」 『頼んでません』 「……まぁいい、お前もその内この国が嫌になるだろうよ」 薄く笑みを浮かべた高杉はあたしの体に巻かれたロープを一刀して解いてくれたが、殺されるのかと思って一瞬震えた。このままでは逃げないと分かっているのか、あたしが自由になっても高杉は何もせずただあたしをじっと見ていた。 「やっぱりあの杖がないと術は使えねェのか」 『そうなんです。この傷治すのにも杖が必要なので返してくれませんか!』 お願いしますと頼んで返してもらったのは箒だけだった。この箒で空を飛べることを彼は知ってるはず。なんだ、逃げられるなら逃げてみろってことか?いや違う、人質ならぬ杖質を取られている為それも出来ないことを見越してるわけだ。 『極悪非道』 「外の人間のくせに難しい言葉知ってんじゃねェか」 『馬鹿にしないでくれます!?』 箒片手に高杉を睨んでいると、船がグラリと揺れ足元が不安定になった。その場に倒れたあたしの腕を掴んだ高杉は、着いてこいと言うと戸を開けて廊下に出た。 『うおぉぉ……』 またもや甲板に連れてこられたあたしは、前とは違う景色に開いた口が塞がらなかった。上を見れば手に届きそうな雲、下には小さくなった町並みと大きな青い海。この船が空を飛んでいると認識したあたしは、船首で腕を組んで佇む高杉に駆けよった。 『なんだ、高杉たちも魔法使いだったんじゃん』 「あ?」 『だってこれ魔法で浮かせてるんじゃないの?』 「……どこの箱入り娘だテメェ」 高杉の反応を見る限り魔法は使ってないらしい。魔法も使わずにこの大きな箱を浮かせるなんて、高杉、実はすごいヤツなんでは?上へ上へとあがっていく船、捕らわれていることを忘れはしゃぐあたし。うるせェとぼやいた高杉は、あたしの腕を引いて船内に戻った。 『もう少し外にいたかった』 「いてもいいが死ぬぞ」 『なに?敵でも攻めてくるの?』 「宇宙にゃ空気がねェからな。死にたきゃ行ってこい」 聞きましたか奥さん、この船宇宙に行こうとしているらしいですよ。初めて行く宇宙に少し浮かれたあたし。だがすぐに自身の置かれた状況に気付く。真選組があたしを探していると言うことは、銀ちゃんたちも探してくれているだろう。このまま宇宙に行けばきっと簡単には見つからない。と言うか銀ちゃん達が宇宙に来る術を持っているかどうか。万事屋や真選組のみんなと離れ、これから鬼兵隊と過ごしていくなんて無理だ。今さら怖じ気づいたあたしは、下に戻るように高杉に懇願した。 『帰ろう』 「どこに」 『地球に』 「良かったな、まだここは地球だ」 話が通じないやつほど面倒くさいものはない。となれば、杖を探しだしてここから逃げるほかない。宇宙で魔法が使えるかは分からないがやってみるしかない。高杉の後を追い、彼の入った部屋に一緒に入る。文句は言われなかったからここにいても良いということだろう。 「なに見てやがる」 『……別に』 杖をどこに隠したのか、この部屋だろうか。キョロキョロしていたら高杉に睨まれた。少し怖かったが怯まずに押し入れを開けてみた。あたしを自由の身にしていると言うことは、部屋を物色されることも分かっているだろう。高そうな壷の中を覗いても微動だにしない高杉を見る限り、もっと分かりにくいところに置いてありそうだ。人は大事なものをどこに隠すか考えろ。鍵のかかった場所、人目につかない場所、若しくは肌身離さず持ち歩く……。 「どうした、杖探しは終いか?」 『いや、ちょっと眠いから寝ていいですか』 「…ククッ、好きにしろ」 あたしが寝れば高杉にも多少なりとも隙が出来るはず。しかし寝ると言っても狸寝入りだ。隙を見て杖を奪う。作戦を練ったあたしは畳に横になり目を閉じた。高杉の奏でる音を聞きながらタイミングを測るうちに、一晩寝ていなかったあたしは本当に深い眠りについてしまった。 Top |