東雲4


目を覚ますと知らない場所だった。聞き慣れない音は不規則に奏でられ、漂う香りに喉が詰まり咳き込む。


「やっと目覚めたか。かぐや姫だか眠り姫だか分からねェな」


窓枠に腰かけていた高杉と目があった。音を奏でていたのは彼なのか、手に三味線を持っている。その三味線を床に置くと、あたしに近付き目の前に腰を下ろした。逃げようにも身体はロープで拘束され、杖と箒も近くにない。高杉はあたしの頬を片手で掴むとニヤリと笑った。


「そう怯えるな。すぐに殺しゃしねェよ」


つまり、その内殺すと言うことか。


『目的は、なに』
「さァな…………逃げねェと約束すんならその縄解いてやらァ」


逃げるもなにも、勝手の分からない場所じゃ逃げてもすぐに見つかって殺されるのがオチだ。それに杖も箒も手元にない。姿くらましをするなら杖と箒を取り戻してからだ。二・三回頭を縦に振ったあたしは、高杉の手によって自由を取り戻した。そしてすぐにホラよ、と投げられた杖。まさかの返却に狼狽えてしまった。これがあればあたしは彼を殺すことが出来てしまうが、それを分かっていての行動だろうか。あたしごときに殺されないという余裕か。なんて、あたしにだって相手の力量くらい分かる。高杉晋助は、強い。


「随分大人しいじゃねーか。術の一発ぶちこんでくるかと思ったが」
『まだ死にたくないし』
「ククッ。賢いやつは嫌いじゃねェよ」


高杉は徐に立ち上がり部屋の戸を開け廊下に出た。着いてこいと言う彼の背中を素直に追うと、昨日やり合った甲板に出た。あたしは景色がまだ夜だったことに驚いた。


『え、なんで』
「一日寝てたからな。眠り姫にしては早い目覚めか」
『今何時?』
「あ?……日が沈んでまだそんなに経っちゃいねェ」


と言うことは19時か20時くらいだろうか。さすがの銀ちゃんも帰らないあたしを心配してくれているに違いない。あたしは強いから大丈夫なんて大見得切ってごめんなさい、と心の中で謝っておいた。


「敵を前にして随分と余裕だな」


合掌するあたしにいきなり刀を振るってきた高杉。間一髪避けることが出来たあたしは護りの呪文を唱えるが、それは次の一振で破壊され、あたしの首筋から血が流れ出た。


『ちょっと!』
「テメェの魔法とやらで俺を殺ってみろ」
『……なんで』
「使えそうならうちで使ってやる。そうじゃねェなら、今ここで死ね」


どうしてそうなった。ジャイアンだ、映画でも良いヤツにならないジャイアンだこの人。なんて思ってる暇もなく、高杉はあたしに斬りかかってくる。人殺しにはなりたくないが、ここで殺されるのも嫌だ。仕方なくだが応戦することにした。


『フリペンド』
「銃にもなんのか、それ」


狙撃魔法で高杉を狙ってみたが刀で簡単に弾かれる。それどころか間合いを詰められ、高杉の振り下ろした刀に髪の毛を切られてしまった。ハラリと床に落ちていく髪を見て、あたしは声にならない声をあげた。


『あー!!ああああー!!』
「うるせェ」


もう怒った。命より大切だと言われる女の髪の毛を切るなんて。銀ちゃんが綺麗だと褒めてくれたこの髪を。杖を構え直したあたしに対し、高杉は楽しそうに口角をあげた。一直線にあたしに向かって刀を落としてくる高杉に杖を向け、呪文を連続で呟いた。


『インペディメンタ』
『インカーセラス』
『オブスキューロ!』


遅延魔法を掛けられた高杉の動作は遅くなった。頭上にきていた刀を簡単に避けたあたしは、ロープで対象を縛り上げ目隠し魔法を掛けた。これならば遅延魔法が解けても高杉は動けない。


「甘ェな。油断してんじゃねーぞ」


しかし高杉は音や匂いで場所を察知しているのか、あたしに向かって走ってくる。縛り上げたロープも力で引きちぎり、自由になった手で目隠しも外された。


『エイビス……オパグノ!』


魔法で作り出した鳥に高杉を攻撃するよう魔法を掛けると、高杉の周りに鳥が群がった。だがそれも切れ味の良い刀で切り裂かれてしまう。だけどそれは分かっていてやったこと。あたしはそこに出来る一瞬の隙を見逃さなかった。


『ペトリフィカストタルス』


杖先から飛んだ青い閃光は高杉にぶつかり、高杉は石のように固まり後ろへ倒れた。この全身金縛り魔法は、名前の通り全身が動かせなくなる。声帯や舌も動かせなくなるため話すこともできないが、意識や思考は保たれる。高杉の目玉がギョロリとあたしを睨むが、これはあたしが魔法解除呪文を唱えない限り解けない。


『エクスパルソ』


高杉が持っていた刀に爆破呪文を掛け使い物にならなくした。誰がどう見てもあたしの勝利だ。しかし勝ったからと言って今高杉の魔法を解除してあたしが無事でいられる保証はない。刀爆破しちゃったしめちゃくちゃ怒ってるかもしれないし。そうなれば、この状況を上手く使うしかない。


『ソノーラス』


杖を自身の首に当ててスピーカー呪文を唱え、あたしは口を大きく開いた。


『えー、高杉晋助は八重が人質として身柄を拘束してます。嘘だと思うなら甲板に来てみるといいよ。あたしと取引きをしよう』


船内に響き渡ったあたしの声。10秒もたたない内に船員が甲板にやってきた。その中に来島また子や武市変平太の姿もある。また子は銃をあたしに向けたまま床に横たわる高杉に駆けよった。


「晋助様!晋助様!?……貴様、晋助様に何をした!!」
『あまり触らないほうがいいよ。石みたいに硬いでしょ、落として割れでもしたら高杉は死んじゃうからね』
「やれやれ、これではどっちが悪党か分かりませんね」
「武市先輩!晋助様が!」


また子に続いて高杉の傍にしゃがみこんだ武市は、目玉だけを動かす高杉に動じることなくポーカーフェイスをあたしに向けた。


「取引き、するんですよね」
『う、ん』
「貴女は晋助殿を元に戻すことが出来る。その代わりに私たちがすること、なんでしょう」


流石は鬼兵隊の参謀、話が早い。あたしが高杉に杖を向けるとまた子は体をピクリと動かした。大丈夫だよ殺さないから、そんな悪い人じゃないよあたし。なんて言ったところで、大将をこんな状態にしたんだから信じられないか。


『あたしの箒を返して。そうしたら高杉を元に戻す』
「…この方の箒を今すぐ持ってきてください」


武市が船員に指示すると、何人かが船内に戻っていった。杖と箒が手元にあれば気後れすることなく姿くらましが出来る。戻ってきた船員から箒を受け取り、あたしは高杉に杖を向けた。


「変な真似してみろ、すぐにお前を殺すからな!」
『しないってば。……フィニート』


魔法解除呪文を受けた高杉は、金縛りが解け自由になった。武市とまた子、そして鬼兵隊が高杉に駆け寄りあたしはフリーになる。よし今だ、とタイミングを図って姿くらましをしようとしたが、それは予想していなかった事態によって叶わぬこととなった。


『……っ』
「誰が逃がすかよ」
『な、ちょ……ズルい』
「甘ェっつったろ。獲物は一つと決まってねぇ」


あたしのお腹に短刀が刺さり、血がドクドクと流れ出た。その短刀は高杉の懐に隠されていたもので、武器を持っていないと油断していたあたしは痛みに顔を歪める。重症のあたしと、鳥につつかれて出来た小さな傷があるだけの高杉。勝者はどちらか、誰が見ても分かる。またもや拘束され、船員に引き摺られているあたしは、キセルを咥えた高杉の背中を睨み付けることしか出来なかった。


「明日は満月だ」


どうにかしてここを出てやる。




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