東雲2


少しどんよりとした夜だった。エアコンが壊れている万事屋は暑苦しく寝られたもんじゃない。慣れている銀ちゃんや神楽は気持ち良さそうに寝ていたが、あたしは何度も寝返りを打った。


「ゴロゴロガサガサうるせー!寝られねぇなら外で遊んでこい!」


と銀ちゃんに怒られたあたしは、夜中に遊んでくれる友達もいないので箒に乗って江戸を空中散歩していた。夏の夜らしく生ぬるい風が身体にまとわりつく。寝られそうかと聞かれたら答えはいいえだ。逆に目が冴えてしまっている。夜でも明るく賑やかなかぶき町や渋谷を通りすぎ、江戸湾へとやってきた。月が雲に隠れているからか、そこは思っていたよりも暗く波の音だけが空気を揺らす。だからだろうか、影も見えなければ足音も波に消され、あたしは後ろから銃口を向けられていることに気付かなかった。──カチャリと音がしたと思えば、辺りは殺気に包まれた。


「うちの船に何の用っスか」
『…………』


口を開くも声が出なかった。用もなにも、ただ海を見に来ただけで、ここに船があることも知らなかった。あたしに銃を突きつけているのは声からして女の子だろう。


「あんた、どこの回しもんスか。返答次第では命がないと思え」


なんと物騒な言葉だろうか。どこの回しもんかと問われても、あたしは万事屋銀ちゃんの従業員で、それ以上でもそれ以下でもない。しかしこの子の満足のいく答えを言わなければあたしの命はない。ピンチだ。姿くらましをしようかと考えたが、動揺で思考が定まらない。この状態で姿くらましをすれば確実に身体はバラけるだろう。返事をしないあたしに痺れを切らしたのか、女の子は舌打ちをすると銃を下ろした。


「埒があかない。大人しく着いてきてもらうッス」
『…………いっ!?』


パンっと銃口から弾が飛び出る音が響くと同時に、あたしの左の太ももに痛みが襲う。ドクドク脈打つ足からは温かい血が流れている。どうやら撃たれたようだ。着いてこいと腕を引っ張られ、痛みで動かせない左足を引き摺りながら港に停まっていた大きな船に乗船させられた。


『エピスキー』


彼女にバレないよう小さな声で治癒呪文を唱えれば、傷口は塞がり血も止まった。人相の悪い人にじろじろ見られながら歩いた船内を出て甲板に出たあたし達。船首には派手な着物を着た人が一人キセルを咥えていた。彼女はあたしをその人の前に投げるとまた銃を向けた。


「こいつ、うちの船の周りをうろちょろしてたんで捕まえました。どうしますか?」


どうしたことか。後ろ姿ながら見るからにヤバそうな人だ。と言うかあたしは思い出した。あたしの足を撃ち、ここまで連れてきたのは鬼兵隊の来島また子であると。となれば今目の前でキセルを咥えているのは、紛れもない高杉晋助だろう。ゆっくりと振り向いた目の前の人物は、左目を包帯で隠し、右目であたしを捕らえた。


『高杉、晋助』
「こんなガキが俺を知ってるたァ、有名になったもんだ」
『…………』
「テメーも攘夷志士か、それとも幕吏のもんか」


背後には銃口、目の前には鞘から抜かれた刀。あたしの魔法と彼らの獲物、どちらの攻撃が速いだろうか。一発勝負に全てをかけるか否か。どっちにしろ無事でいられないのであれば、彼らに一撃を与えておきたい。あたしは奪われなかった杖を握りしめ、箒を掴んで立ち上がった。


『あたしは攘夷志士でも幕府の人間でもない、万事屋銀ちゃんの八重だ!』


地面を思い切り蹴りあげ空高く浮かび上がる。下からまた子が撃ってくる弾を護りの呪文で跳ね返す。


「テメぇ!何者だ!」
『っプロテゴ!』


呪文に当たった弾は威力を失い海に落ちた。良かったと安心したのも束の間、また子は銃を二つに増やし連続で撃ってきた。流石にそれらを捌ききれなかったあたしは銃弾を肩や腹に受け、そのまま船へと落ちていった。もっと高く飛んでいればよかったという後悔は今更しても遅い。床に倒れるあたしの顔の横に、また子の足が踏み込まれた。


「頭ぶち抜かれたくなければその箒よこしな」


そう言われて素直に渡すやつがいるだろうか。あたしはまた子の言葉を無視して穴の空いた肩とお腹に治癒呪文を唱えた。塞がっていく傷口を見たまた子は驚き、高杉はニヤリと口を歪めた。あたしの腕を掴んだ高杉は、力を入れてあたしを引き起こした。


「銀時のとこにいるっつったか?こんな秘密兵器を隠してたとはなァ」
『秘密兵器なんかじゃない。あたしは魔女だ』
「……面白れェ」


高杉はまた子を船内に戻した。甲板に残されたあたしは高杉と二人きり。いつ殺されるか分からない状況に一瞬たりとも気が抜けない。高杉はあたしの髪の毛に指を通すとさらりと背中に流した。


「かぐや姫が降りてくるのは月が出てる時だけだと思ってたが、どうやら違ったみてェだな」


喉を鳴らして笑った高杉はあたしの肩に目を向けると、杖と箒に手を伸ばした。取られないように力を入れたあたしの手からいとも簡単に杖を抜いた高杉は、杖を上へひょいと投げた。


『なっ!?』


投げられた杖は重力に従い落ちてくるが、それが高杉の目の前にきた瞬間、刀が振り落とされた。杖は木で出来ている。研ぎ澄まされた刀では簡単に真っ二つになるだろう。


「マジもんか、テメェ」


しかし、杖は床に落たが無事だった。折れるどそろか傷ひとつつかずその形を維持している。落ちた杖を高杉より早く拾ったあたしは、彼から距離をとって杖を構えた。


『ステューピファイ!』


失神呪文の赤い閃光が高杉に向かっていくが、それは刀で簡単に弾かれてしまった。


『オパグノ!』


積み重なっていた樽や木箱に襲撃呪文を掛け、それらが一斉に高杉目掛けて飛んでいくも軽い身のこなしでかわされ切られていく。ジリジリ詰まっていく距離に焦るが、諦めずに杖を振っていく。


『エクスペリアームス』


一か八かの武装解除呪文は高杉の手元に当たり、刀はあたしの元に飛んできた。しかしながら予想以上の刀の重さに体勢を崩したあたしは、一瞬の隙を作ってしまう。それを逃さなかった高杉は、妖しく笑いあたしの喉元を掴んだ。




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