「これはなんだ」 『フィッシュアンドチップスです』 「じゃあこれは?」 『フィッシュアンドチップスです』 「…これも?」 『それはドッグフー』 真選組屯所の食堂にて、尋問の如くトシに詰め寄られるあたし。問いかけに対して答えを言い終わる前に、トシが机をひっくり返した。折角作ったフィッシュアンドチップスたちが宙を舞って床に落ちていく。あたしは急いで杖を振って机を元に戻し、割れたお皿を修復し、落ちたフィッシュ達を心の中で謝りながらゴミ箱に捨てた。気性が荒いんだよトシは、と心の中で毒づくも、声に出ていたようでトシのこめかみに青筋がたった。 「今日はうどんか蕎麦の日だよなぁ。俺が頼んだのは蕎麦だ。フィッシュアンドチップスなんてもんを頼んだ覚えはねぇ!」 『いやトシにはドッグフードを』 「犬のエサ食う人間がどこにいんだよ!」 『えっ、銀ちゃんがトシは犬のエサを食べる変人だって』 「あのクソ天パ……!」 屯所に来て2日目。つまり、依頼日初日だ。朝ごはんと昼ごはんは「任せちゃって悪いから」とオバちゃん達が昨日作り置きしてくれていた定食を出したからなんとか乗り切れた。洗い物も魔法を掛けちゃえば楽勝で、残る試練は夕飯の仕込みだったわけだ。レシピを見ながらオバちゃんに教えてもらったように薬味を刻み、出汁のきいたスープも作った。麺も一人前ずつ分けておいた。セットで丼ものを頼む人もいるから、とご飯を炊いて食材もカットして一人前ずつに分けた。仕込みは完璧だった。だけど、いざ注文を受けて作ってみると、完成したのはフィッシュアンドチップスだった。 「まぁ土方さんいいじゃねェですか。意外とイケますぜ、これ」 「あ、本当だ!美味しいなこれ!」 「…はぁ。こんなもんじゃ食った気がしねぇよ」 と言いながらも総悟と近藤さんとトシは完食してくれた。だけどトシのフィッシュアンドチップスは大量のマヨネーズによって隠れていた。かけすぎじゃないかと思うが、それに突っ込む人も驚く人もいない。普通、なのだろうか。と言うかもうこれ犬のエサじゃないか。……ハッ、銀ちゃんが言っていたことはそう言うことか。 中にはおかわりをしてくれる隊士もいて、あたしは少し浮かれていた。うどんを茹でて丼ぶりに入れ、お盆に乗せたらフィッシュアンドチップス一丁上がりだ。 「なんでだァア!うどんでいいだろ!なんでそこでフィッシュアンドチップスになるんだよ!」 『あたし手の込んだもの作れなくて』 「逆に手ェ込んでんだよ!」 『あ、その突っ込み新八もしてた』 あたしが笑うと食堂が笑いに包まれた。トシだけが笑ってなかった。 「まぁでも毎日フィッシュアンドチップスってのも体に悪い。明日からはお妙さんに頼もう」 「いやそれもっと体に悪いですぜ。なら俺は毎日フィッシュアンドチップスのがいいや」 『近藤さん。あたし、フィッシュアンドチップス以外のものも作れるように頑張るから!あと4日試行錯誤してみる!』 「おいそれじゃあ俺たち3食フィッシュアンドチップス決定かよ」 「…あと4日なら、外に食べ行くか」 「俺もそうしよう」 流石に4日間3食フィッシュアンドチップスは嫌なのか、隊士は外に食べに行く宣言をした。悲しいかって?いや、あたしでもそうすると思うしむしろ申し訳ない。それからあたしは頑張って夜食のお握りを握ってみたけど、完成したらフィッシュアンドチップスだった。夜勤の隊士に重いからいらないと言われた。ごめん。──2日目も、3日目も同じだった。何を作っても完成するのはフィッシュアンドチップス。食べられればなんでもいい派のあたしでも飽きてきたし胃がもたれてる。もう見たくねーよフィッシュアンドチップス。そんな好きなわけじゃないし、と自分が作っているのに文句を垂れた。 そして、4日目の朝を迎える。 「わァ、こんなに静かな食堂初めてだ」 『…おはよう総悟』 「なに暗い顔してんでィ。さっさと朝飯よこしな」 『うん。胃もたれに気を付けて』 「もうとっくにもたれてらァ」 食堂に入ってきた総悟は、椅子に腰掛けながらお腹をさすった。他の隊士が外でご飯を食べる中、総悟は朝昼晩、食堂でフィッシュアンドチップスを食べる。 「おっ!総悟早いなぁ!八重ちゃんもおはよう、朝飯頼む!」 『おはよう近藤さん』 「今日こそまともな飯になってんだろうな」 『…えへ』 総悟だけじゃない、近藤さんとトシもそうだ。3人だけは、毎食あたしのフィッシュアンドチップスを食べてくれた。総悟曰く、あたしを選んだのは自分だからって。近藤さん曰く、あたしの作ったフィッシュアンドチップスが一番美味しいからって。トシ曰く、フィッシュアンドチップスが一番マヨネーズに合うんだって。それを聞いた日、あたしはお風呂でこっそり泣いた。もう、皆大好きだバカヤロー。 仕事に行く3人を見送り、少ない洗い物をして昼飯の仕込みをする。オバちゃんが作ってくれた今日の献立は焼き魚定食だ。既に捌いてある魚はそのままに、副菜の肉じゃがと小鉢料理のほうれん草のお浸しを作る。でも結局、これもフィッシュアンドチップスになるんだと思うと食材に謝罪をせずにはいられない。 『ゴメンね……』 「誰に謝ってんだよ気持ちわりぃ。ついに頭おかしくなったか?」 『そこまで言わなくてもいいじゃん!』 「腹減った、八重飯ィ」 『はぁい』 12時ピッタリ。最初に食堂に入ってきた総悟に定食を乗せたお盆を渡すと、目を見開いてニヤリと笑った。 「お前、やれば出来るじゃねーか」 『なにが?』 総悟はいただきます、と手を合わせると、お箸を手にした。 「うめーな、これ」 いつもなら胃がモタれると文句を言う総悟。久しぶりに褒めてくれた総悟にお礼を言おうとカウンターから身を乗り出したあたしは目を疑った。総悟が食べていたのがフィッシュアンドチップスではなく、焼き魚定食だったから。 『…うそ。え、本当に?あたし、やったの?それ、あたしが作ったの!?』 「お前以外に誰がいるってんでさァ」 『っっ!やった!ついにやったんだ!あたしだってやれば出来たんだよ!』 厨房を出て総悟に駆け寄り、美味しい?と聞くと、総悟が食べようとしていた肉じゃがを口に放り込まれた。 「うめーだろ」 『うまーい!』 初めてフィッシュアンドチップス以外のものが作れて浮かれているあたしの元に、近藤さんとトシが来た。急いで厨房に戻り、二人分の定食を作る。 「さーて今日の昼飯はどんなフィッシュアンドチップスかなー?」 「どんなもこんなもフィッシュアンドチップスだろ。つか総悟てめーどこでサボってた」 「近藤さん土方さん違いまさァ。今日は焼き魚ですぜ」 総悟の向かい側に座った二人の前にお盆を2つ運び、どうぞ召し上がれと声をかける。 「八重お前、これ」 「……うん、うん!八重ちゃんウマイぞ!俺おかわりしちゃおうかな!」 近藤さんは言葉通りおかわりをしてくれて、トシはマヨネーズをかけずに完食してくれた。なんだか努力が報われたような気がして嬉しかった。本当に、この3人には感謝しかない。ありがとうと言うと、彼らはニッと笑った。 Top |