夜明け


昨日は近藤さんに無理を言って真選組のお手伝いをさせてもらった。今日は、その稼いだお金でカセットコンロとそれっぽい鍋を買った。それっぽい鍋と言うのは、魔女が持っていそうな黒い鍋のことだ。察してほしい。それを万事屋が寝静まった夜中、テーブルにセットしてあたしの時間が始まる。ガスをコンロに鍋をセットして水を入れて沸騰させる。あぁしまった、マドラーを買うのを忘れてた。仕方ない、今回は万事屋のお玉を借りることにする。グツグツと泡が弾けてきたらレッツパーリー。鼻唄を歌いながら材料を切り刻み準備をしていると、銀ちゃんが寝ているはずの和室の襖が少し開いた。


「ねぇ、ちょっと…なにやってんの?てか暗っ!え?鍋?…毒薬でも作るつもり?え?てか八重だよね?八重じゃないとかないよね!?暗くて良く見えねーよ!」


物音を立てすぎたか、銀ちゃんが起きてしまったようだ。まずい。何がまずいって、電気をつけられたらまずいのだ。なぜならば、一般人が見たら気絶するようなものテーブルに並べてあるから。あたしが今お腹かっ開いた蝙蝠持ってるから。


「なんか足りねーと思ったらお前が布団にいなかったんだ。ったく、寝れねーならそう言えよ。明日休みだし、付き合ってやっから」
『明日どころか明後日も休みでしょ』


もじゃもじゃの頭を掻きながら和室から出てきた銀ちゃん。空気を読んで、それはいらない優しさだよ。


「電気電気…」
『あ、あ、あたし暗いのが好きなの!銀ちゃんはほら、いいよ寝なよ!あたしのことは気にしないで!』
「んーいやお前きてからずっと同じ布団で寝てたからか、一人だとどうももの寂しくてな。なんか知らねーけどそんな眠くねーし」


それは日中ゴロゴロして昼寝してるからだ。あたしの願いもむなしく、銀ちゃんの指は電気のスイッチに触れる。カチッと明かりが点くと、銀ちゃんの顔が歪み悲鳴が上がった。あたしは咄嗟に銀ちゃんの口を塞ぐ。


『ちょ、神楽起きちゃうから静かに』
「静かにっておめー!何してんだよ気持ちワルっ!何これ気持ちワルっ!なんで普通に解剖してんだよ!マジで毒薬作ろうとしてたのか!?魔女ですかコノヤロー!」
『魔女だコノヤロー!』


もういい。気持ち悪い、気持ち悪いといい続ける銀ちゃんを無視して魔法薬作りに励む。蝙蝠の脾臓を2つ沸騰したお湯にいれ右に5回かき混ぜる。そこに鰻と黄金虫の目玉を入れる。細かく刻んだらニガヨモギを入れて10分放置する。……多分あってるはず。


「…まじで、これ何作ってんの?毒じゃないよね?銀さんたち飲まされて死んだりしないよね?やばい色してんだけど、やばい色の湯気なんだけど!」
『うるさいなぁ!ちょっと黙っててよ』
「家で得たいの知れない物煮込んでグツグツさせてる魔女がいんのに黙ってられるか!」
『…はぁ』


何を作ってるのか、死ぬのか、答えろとうるさい銀ちゃん。魔法薬をきちんと完成させるには集中力が大切なのだ。静かにしててもらいたい。


『シレンシオ』


黙らせ呪文を掛けて、うるさい銀ちゃんには黙ってもらうことにした。なんかパニくって怒ってるようだけど無視をする。10分経ってエキスの色が青くなったらハナハッカを入れ、すると青かったエキスは透明に変わる。どうやら無事成功したようだ。溢さないように液を瓶につめれば完成。声を出そうと頑張っている銀ちゃんに掛けた魔法を解いてあげようとあたしは杖を振った。


「…ねぇ、銀さんに魔法掛けるのはやめよ?怖いから。何が起きたか分からないから」
『ねぇドラゴンってここらへんにいる?』
「無視か!俺の願いは無視ですか!ドラゴンなんてそんなもんいてたまるかよ!」
『えっいないの?じゃあ一角獣は?』
「いねーよそんな想像上の生き物!まぁあれだ、ドラゴンっぽい天人はいる。角が一本生えた天人もいる」
『うーん。じゃあそれで妥協してみるか…』
「妥協ってなに?ってかお前の世界にはそんなやついたの?いたところでそれ何に使うの?」


マグルに魔法界のことを話すのはメンド臭い。何から話せばいいのか分からないし。ってことで銀ちゃんの質問には答えない。それよりも、あたしは今作ったこの魔法薬を試したいのだ。


『銀ちゃんそれ脱いで』
「…なんで?」
『いいからほら!早く』
「ちょちょちょ、20歳だっつってもさすがに見た目小学生じゃ銀さん無理だよ!興奮できない!悪いことしてるみたいだし、お前娘みたいな感じだし!」
『ちげーよなに考えてんだよ!あ、毎日大体エロいことしか考えてないオッサン。略してマダオだったねごめん!』
「毎日エロいこと考えてて何がいけないんですかァ!健全な男性なら皆考えてんだ!一日一エロだ!」


男がエロいのは知ってる。ちなみに女だってエロいやつはエロい。かくいうあたしも……じゃなくて、ギャーギャー言い合っててもキリがない。あたしは銀ちゃんに股がって甚平を無理やり脱がした。やめて!と女の子みたいに両腕で胸を隠す銀ちゃん。気持ち悪い。男なら、どや!俺の筋肉みてみろ!ぐらいの勢いで服ぐらい破ってほしい。甚平を剥ぎ取って露になった銀ちゃんのお腹には包帯が巻かれている。昨日、彼は大きな怪我をして帰って来た。お風呂上がりに取り替えた包帯にはうっすらと血が滲んでいる。痛そうで思わず顔が歪む。なのに銀ちゃんは痛みなんかなさそうに振る舞う。包帯を取ると、深く刺された痕が姿を表す。


『…痛い?』
「痛くねーよ。……え、ちょっ痛い痛い!ふざけんな!触んじゃねーよバカ!」


縫われているそこを触ったら銀ちゃんに殴られた。普通に痛くて涙目になったけど、銀ちゃんも涙目だった。ごめん。赤い血が溢れるそこに、さっき完成したハナハッカエキスをかける。銀ちゃんは「おいおい何すんだよ俺を殺す気か?」と不安げだが、大丈夫だよ、多分。


「…八重ちゃん、なんか緑色の煙出てきたんだけど。これ大丈夫なんだよね?俺死んだりしないよね!?」
『うん大丈夫成功してる』
「ほんとに?信じていい?緑色の煙だけど信じていいの?!」
『信じろ信じろ!あ、ほら煙が消えてきた』


銀ちゃんの傷を覆っていた煙が晴れる。傷口はと言えば、痕は残っているもののきちんと塞がっていた。痕と言っても2,3日前の切り傷程度。やるじゃんあたし、と自画自賛する。


『痛い?』
「…痛くねーな」
『…ハグしていい?』
「はィ?」


銀ちゃんの返事を待たず、あたしは目の前の胸に顔を埋めた。戸惑っていた銀ちゃんだけど、小さく息を吐くとあたしの頭を優しく撫でてくれる。


『銀ちゃん』
「んー」
『死なないで』
「俺ァこんな傷くらいじゃ死にゃあしねーよ」


昨日、新八に支えられて帰って来た銀ちゃんを見て怖くなった。大切な人が死んでしまうことが。銀ちゃんたちの、あの笑顔が見れなくなることがたまらなく怖かった。あたしには彼らのような強さはない。あたしに出来ることは、その体の傷を癒すことだけだ。癒すことはできても護ることは出来ない無力な自分が悔しい。
ポンポンと背中を叩かれるリズムが心地よくて、あたしの意識は銀ちゃんの腕の中で落ちていった。




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