彼者誰6


新八とお妙にもらった古びた教科書。お登勢さんにもらった新しい紙と筆と墨。床に座ってテーブルにそれらを並べたあたしは筆を握る。
ひらがな、カタカナ、漢字の読み書きから始まり、最近はこの世界で必要な知識を新八や銀ちゃんやトシに教えてもらっている。まず勉強して分かったのはここが日本だということ。あたしの記憶が正しければ、日本にも魔法学校があったはず。でも誰も知らなかった。もしかしたらあたしのいた世界とは違う時空間なのかもしれない。
家に上がるときは靴を脱ぐとか、着物の着方とか、お金の使い方とか覚えるものが多過ぎて、勉強が嫌いなあたしはやっていけるか不安になったけれど、それらは意外にもすんなりと身に染み付いた。あたし天才かもしれないと調子に乗ったら銀ちゃんに叩かれた。


『銀ちゃんって戦争に参加したことある?』
「そんな腹の満たされないことには興味ねぇな」


歴史の本を読みながら攘夷戦争について勉強しているとき、ふと思ったことを質問してみたら、銀ちゃんらしい答えが返ってきた。ソファに横になりながらジャンプを読む姿はまるでダメなオッサン。略してマダオだ。


『あたしさぁ、20歳のときに死んだって言ったじゃん』
「あーそうだっけ?」
『戦争中だったんだよね、悪い魔法使い達と。その戦争で、すっごい尊敬してる魔法使いが死んじゃったの。多分、あたし達を守るために』
「……」


ジャンプから視線を移さない銀ちゃんは、聞いているのか聞き流しているのか分からない。でも、ページを捲る手が止まってるから聞いてくれてるんだと思う。


『オーキデウス』


筆を置いて、変わりに杖を振って花を舞わせてみた。銀ちゃんは鬱陶しそうに目を細めると、花を手にとってあたしに投げた。


『これ、綺麗な魔法でしょ。人を傷付ける魔法もあれば、癒す魔法もある。護るための魔法もあれば、奪う魔法もある』
「……何が言いたいんですかね」
『家族や周りの大人たちにずっと守られてきたあたしは、何を、誰を守れたんだろうって。………ううん、何一つ護れなかったの。仲間があちこちに転がってるのに、何も出来なかった。敵から逃げることしか出来なかった。そんなあたしなのに、今こんなに幸せでいいのかなって。結局あたしも死んじゃったから戦争に勝ったのか負けたのかも分からないし』


死の呪文の使用さえしてないけれど、敵とは言えあたしは人の命を奪ってしまった。その事実は消えないし、その光景は目に焼き付いている。魔法界に平和は訪れたのか。あたし達が負けていたら魔法界は闇に覆われてしまう。親や兄弟、友達のことが心配で、彼らの幸せを願うばかりで、あたしだけこんなに幸せでいいのかなとずっと考えていた。


「いいんじゃねーの」


ジャンプをテーブルに置いた銀ちゃんの大きな手があたしの頭に乗り髪の毛をくしゃくしゃにする。


「戦争ってのは美しいもんじゃねぇし、なんの犠牲も出さないなんて無理だ。いいんだよ、今が幸せなら。終わりよければ全て良しって言葉があんだろ。お前は一回死んで終わったと見せかけて終わってねぇんだよ。まだ終わってねぇお前の人生、良いか悪いかを決めるには早ェっつーこった。時間は戻らねぇし進むだけだ。なら俺たちも、進むしか道はねぇだろ」


銀ちゃんがいいと言ってくれるだけであたしの心はスッと軽くなる。なんだよマダオのくせに、なんてね。銀ちゃんは尊敬できる人だ。その優しい顔で見つめられると、本当にそれでいいんだと思ってしまう。


「過去を振り替えるなとは言わねぇ。過去があってこその八重だからな。ただ幸せな時には幸せなことだけ考えてりゃいいんだよ」
『うん。うん、ありがとう銀ちゃん。やっぱ銀ちゃんも攘夷戦争に参加してたんだね』
「だーかーらー、俺は戦場で刀握って血を浴びるより、台所で包丁握ってたほうがいいっつーの」
『そう言えばお腹すいたな。カーチャン飯ぃ!』
「誰がカーチャンだ!」
「カーチャンじゃない、桂だ」
『「!!!??」』


しんみりムードから一転、いつもの明るい雰囲気になったかと思えば聞こえてきた声。銀ちゃんと同時に振り向けば、玄関から入ってきた黒髪の男性と、得体の知れない白い生物。これも、天人なのか。男性と白い生物は慣れたようにソファに座った。


「では銀時、俺たちも飯をもらおう」
「もらおうじゃねェエ!ヅラてめー何しに来たんだ!用がねぇなら帰れ!」
「ヅラじゃない桂だ。旧友が遊びに来てるんだ、少しくらいもてなせ」
「お前にもてなすもんなんかねぇっつーの!お・も・て・な・しの心なんかねぇっつーの!」


銀ちゃんはボケも突っ込みも出来てすごいと思う。と言うか、ここの人たちはボケてるのか本気なのか分からないから困る。因みにキングオブ突っ込みは新八。ぶつぶつ言いながらも銀ちゃんは台所へ。ちょっとまってほしい。知らない人だし初対面でいきなり2人きりって気まずすぎる。こっちをガン見している桂に愛想笑いを返すと閉じていた口を開いた。


「見ない顔だな。子守りの依頼か?名をなんと申す」
『あ、えっと。八重です』
「八重か。俺の名は桂小太郎。そしてこっちが」
つ[エリザベス]


…なるほど、エリザベス。プラカードで筆談するタイプの天人だったか。喋ることが出来ないのか、喋らない設定なのかは分からないけれど、チラリと見えるオッサンの足は見なかったことにしておこう。桂小太郎の名前は指名手配の貼り紙で何回か見たことある。きっとこの人で間違いないんだろうけど、銀ちゃんが仲良くしてるなら危険な人ではないんだろうと推測する。


「ん?勉強していたのか、偉いな。寺子屋に通っているのか」
『いや独学で。さっきまで攘夷戦争について勉強してたんだ』
「なに。それなら俺が教えてやろう」
『えっ得意なの?』
「得意もなにも、戦場を駆け回り狂乱の貴公子と呼ばれたのはこの俺だ」


真顔で話す桂に嘘はなさそうだ。まじでか、狂乱の貴公子て。笑っちゃいけないけど、ネーミングセンスの癖が強い。誰かがつけたのか、自分でつけたのか。でも自分で語るということは意外と気に入ってるとみた。


『へぇー。強かったんだ』
「来る敵来る敵斬り倒していたさ。なぁ銀時!」
「うるせェ!過去の話を自慢気に話すのは大人になったヤンキーだけで十分なんだよ!」


割烹着を着て頭にバンダナを巻いた銀ちゃんがお皿を4つテーブルに置いた。黄金に光るお米が美味しそう。神楽がいなくてよかったと思った。彼女がいたらこれは一瞬でなくなる。


「なんだこれは」
「チャーハンだよ見りゃ分かんだろ」
「具が何も入っていない!これじゃあただの普通のチャーハンだ!」
「普通のチャーハンでいいだろ!作ってやったんだから文句言わずに食えや!」
つ[具だくさんのカーチャンのチャーハンが食べたい]
「知らねぇよテメェのカーチャンなんか!!知らねぇよテメェん家のチャーハン事情なんか!!」


新八と神楽がいなくても万事屋は賑やかだ。ご飯なんか食べられればなんでもいいのにと思っっていたが、ここへ来てから食べる楽しみも覚えた。賑やかな食卓はご飯をよりいっそうおいしく感じる。


『銀ちゃん』
「あぁ!?なんですか!文句なら聞きませんからね!」
『チャーハン美味しいね!』
「……」
「……」
「「[いただきます]」」


ごちそうさまでした。




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