全部忘れちゃってさ(1/2)


京都に身を潜めている鬼兵隊の艦隊の中、高杉の部屋で目を覚ました八重が寝起きとは思えない動きで部屋という部屋の戸を片っ端から開けては閉めていた。着物の裾を捲し上げ、猛スピードで艦内を駆け回る八重は隊員に会うたび高杉の所在を聞くが、返ってくる言葉は─分かりません、と全て同じだった。鬼の形相で甲板に出た八重は外の見張りをしている武市を見つけ、一瞬でその背後についた。

「武市くんみーっけた」
「八重さん。これはまたお早いお目覚めで……」
「まだ寝てる時間だと思ってた?ってことは、やっぱり昨日の茶に薬盛ってたんだな!おかしいと思ったんだよ、夜中に武市が茶を淹れてくるなんて!晋助が一人で江戸に行かないように見張ってたのにアンタらグルだったんか!」
「はてさてなんのことやら」
「私を置いて晋助だけ江戸に行ったんでしょ!?あ、ちょっと瞳が動いた。汗すごいね!あれ、動揺してる?」
「背後から刀を突き付けられれば誰でも動揺します」
「私も江戸に行くから小型船出して。私がこの艦隊から出ないように見張り頼まれたんだろうけど、見逃してよね」

カチャリと刀の音を立てた八重に堪らず頷いてしまった武市は、犯罪人の如く両手を上げながら艦底に八重を案内した。複数個常備してある小型船の操縦法を武市が教えると、八重は直ぐ様それに乗り込み高杉を追って江戸へ向かった。船尾から勢い良くジェットを噴射して飛び出ていった小型船を眺めため息を吐いた武市の耳に、陰から一部始終を見ていた河上の奏でる音楽が響いた。

「相変わらず八重は調律の取れない音を持っているでござる」
「まったくですよ。ゴリラでも3日眠り続ける薬を飲ませたのに、効き目は3時間でした」
「猪にゴリラとは、鬼兵隊の紅たちは動物園から逃げてきたようだ」
「それ、本人たちには言わないでくださいね。命が惜しいですから」

彼らの会話など露知らずの八重が江戸に着いた頃、辺りはすでに暗くなり祭りは始まっていた。港に小型船を乗り捨て、大きく聳え立つターミナルを目指して駆け出した八重は初めて来る江戸に興奮を隠しきれず子供のようにはしゃいでいた。高杉を追って来たことも忘れ、屋台の料理を片っ端から食べ尽くしていた八重の目に、見覚えのある後ろ姿が映った。服は違うものの、その体型と一際目立つ銀色の髪、ふわふわな天然パーマは見間違えるはずがない、忘れるはずがない愛しい人の後ろ姿。溢れだす感情を抑えて足を踏み出すが、直後八重の体は金縛りにあったかのように動かなくなった。

「うそ、だ……銀時、」

口から漏れた愛しい人の名前、その瞳に映る銀時の隣には、淡い色の浴衣がよく似合う女性がいた。口に手を当てて笑う姿は八重と違い女性らしく、その時を楽しむように笑っている銀時を見た八重は俯きギリギリと痛む胸を押さえた。小さな子供に大丈夫かと聞かれるまで立ち竦んでいた八重が顔を上げると、そこにはもう銀時と女性はいなかった。─大丈夫だよ。そう子供に返した八重は重い心を引きずり、高杉を探そうと祭りのメインステージのある広場へ行くも、真選組を見つけ物陰に隠れた。

「っあーもイライラする。全部晋助のせいだ。ムカつく、ムカつく、ムカつく……銀時の、アンポンタンめ」

その呟きが書き消されるように、体に響く大きな音が江戸に鳴り響き、大空に綺麗な花を咲かせた。幾つも上げられる花火に魅了され、物陰から身を乗り出した八重はステージ上の平賀を目に捕らえた。平賀の隣に立つカラクリが腕の砲門を櫓に向けた瞬間、八重はその場から駆け出した。
平賀のカラクリを使いテロを起こし、将軍の首を取るという高杉の狙いを思い出した八重は、軽い身のこなしで砲門から発射された煙幕が晴れる前に将軍を匿っている櫓に近付いたが、そこに高杉はいなかった。カラクリ兵と真選組が対面したのをきっかけに八重も客に混じって広場から逃げ出したが、逃げていく最中、広場へ向かおうとする銀時と、その腕を掴み引き留める女性を見つけてしまい治まっていた胸の痛みが再発した。
結局銀時と目も合うことなくターミナルを離れ、小型船を乗り捨てた港へ向かい祭り会場とは打って変わって静かな道を歩く八重は橋の欄干に寄りかかりキセルを吹かす高杉と鉢合った。

「追いかけて来てると思ったよ、お前は」
「連れてけって言ったじゃん。薬盛ってまで私を連れていきたくなかったのかよ」
「こめかみへの口付けじゃ連れてかねぇよ。口にされても連れてく気はなかったがな」
「死ねまじで」
「…なァ八重、将軍の首を取りはぐっちまった」
「うん。らしくないね」
「銀時に会ってよォ。幕府の女連れて、弱くなったかと思ったらそうでもなかったらしい」
「…………」
「その顔じゃあ、テメーもヤツに会った口か」
「会ってない。見ただけ」
「八重、お前のがいい女だ」
「なんだよ急に」
「ヤツァよりによって幕府の女なんざ選びやがった」
「いいよ晋助もうやめて。銀時はなんも悪くない」

編笠を深く被り直した八重に高杉の顔が近付き、二人の唇は重なった。触れるだけの簡単な口付けはほんの一瞬で、二人は唇を離すと肩を並べて歩き出した。高杉が一晩過ごす予定でいた攘夷派のアジトにむかう途中、賑やかなかぶき町で万屋事銀ちゃんの看板を見つけた八重は、髪の毛を留めていた簪を抜き取り看板目掛けて投げつけた。それは看板のど真ん中に刺さり白地の板に赤色の飾りが映えていた。

「思わず投げちゃったけど…どうみても銀時がやってる店だよね、万事屋銀ちゃんなんてダサい名前あいつしかつけないよね、大丈夫だよね」
「さぁな。で、いいのかよアレ」
「あーうん。サヨナラの意味を込めて、銀時に貰った最初で最後のプレゼントは銀時に返す」
「これでちったァあの部屋から赤色がなくなると思うと清々すんな」
「だからと言って紫のものは買わないよ」
「ククッ。そういやぁ昼間ヅラにも会ったんだが」
「えっ!どうだった!?変わってた?」
「相変わらず女みてぇな面してらァ」
「髪の毛切ってないんだね。ヅラかぁ会いたいなぁ」
「…明日帰る前に会えんじゃねーか」
「お、つまりそれって会わせてくれるってこと?私が銀時のことで落ち込んでるからヅラには会わせてあげようかなーってこと?やだもう、晋ちゃん大好き」
「今すぐその口きけなくしてやる」
「照れんなよ」

言い合いをしながら楽しそうにかぶき町を抜けた黒と、文句を垂れながら眠そうにかぶき町へ戻ってきた白は交じり合うことなくすれ違った。



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