半月ほど宇宙で過ごし、久しぶりに帰ってきた地球の潜伏先である京都で八重は過ごしていた。高杉の命により一人で船を出ることは許されていない八重は、今日も自室の窓から赤く輝く月を見ていた。良いことが起きるのか悪いことが起きるのか分からない月の色を見ながら筆を取った八重は、届くはずのない気持ちを真っ白な紙に書き綴る。筆を置き、書き終えた紙を乾かすとそれを慣れたように折っていき紙飛行機を作った。窓を開けた八重は、赤い月に向かって紙飛行機を飛ばした。書き損じてぐしゃぐしゃに丸められた何枚かの紙をゴミ箱に捨てると部屋の戸がノックされた。 「せんぱーい!風呂いくっスよ!」 「あいよ。ちょっと待ってて」 「今日はミルク風呂らしいっス。美肌効果っスよ!」 「まじでか。頭まで浸からなきゃ」 浴衣とタオルを持ち、また子と広い艦内を歩き"女"と書かれた風呂場に着いた八重。鬼兵隊に二人しかいない女性隊士ともあり、時間の区切りはしっかりしている。ノズルを捻りシャワーを浴びていると、また子が八重の爪が赤く色塗られていることに気付いた。 「八重先輩って赤好きっスよね」 「そっかな」 「着物も、下駄の鼻緒も簪も、着物も赤が多いっスよ。だから好きなのかなって思ってたんスけど、違いました?」 「………いや、赤、好きだな」 「やっぱり!思い出の色とかっスか?まさか晋助様との!?」 「晋助は関係ないけど、思い出っちゃあ思い出だな。なんか見られてる気がして」 「ふぅん?あっ女湯の時間終わる前に湯船浸かりましょ!」 湯上がりの後に夕飯を食べ、後は寝るだけとなった幸せな時間だが、部屋に戻った八重は違和感を感じた。荒らされているわけでもない、何か物がなくなっているわけでもない、人の気配もない。しかし何か禍々しいものがそこには残っていた。気のせいだと自分に言い聞かせ、布団を敷いていると部屋がノックされる。また子であればノックの後返事を聞かずに戸を開け、他の隊士であれば足音で部屋に近付いているのが分かる。八重の中で予想される人物は万斉と武市の二人だが、どちらだったとしてもいい知らせでは無さそうだとため息を吐く。 「八重いるでござるか?」 「居留守してもいいですか」 「それは拙者が晋助に殺されかねない」 「…ってことは、晋ちゃんお怒りってことね」 「話が早くて助かる」 もう一度深くため息を吐くと嫌々立ち上がり部屋を出た。サングラスで表情の読めない万斉が何かしたのかと八重に聞くが、八重の記憶に高杉を怒らせることなどなく思い出せない。分からないと首を振った八重に、殺されそうになったら助けを呼べと言った万斉は、高杉の部屋の前まで八重を送ると颯爽とその場を離れていった。 怒っていると分かっている人物に会いに行くのは気分が乗らない。それもキレたら何をしでかすか分からない危険人物に。三度目となるため息を吐いた八重は意を決して殺気と三味線の音が漏れる部屋の戸を開けた。電気も点けず、月明かりだけの部屋に高杉はいた。 「……来たけど」 「…………」 「帰りまーす」 無言で音を奏でるだけの高杉に背を向けた瞬間、カチャリと音を立てて鋭い刃を向けられた八重。突然のことに焦りつつも、その場にしゃがみ後ろにいる高杉の足を蹴り飛ばした。バランスを崩した高杉は後ろに飛ぶも綺麗に着地し刀を構え直す。振り返った丸腰の八重は手を上げて焦ったように声を上げた。 「ちょっと待て!いきなりなんなのさ!怒ってる理由を言えよ!」 「テメーの敵は誰だ」 「は?」 「テメーの敵は幕府だろ」 「待って話がみえな」 「テメーの敵は、先生を殺した幕府と、銀時だろ」 「…っ!」 八重が部屋で感じた違和感は、高杉が残していった殺気だった。八重が書き損じて捨てた手紙を読んだであろう高杉は、笑顔であるものの狂気に満ち溢れ、表情を強張らせている八重に近付いた。刀を鞘に収め、体を寄せると深く口付けてきた高杉を八重は拒まなかった。そのまま畳の上に八重を組み敷いた高杉は、浴衣を脱がしながら首筋に舌を這わせた。 「テメーは鬼兵隊で、俺の言うことは絶対だ。敵は俺が斬る。お前は、忘れろ」 「……本当に、私のこと大好きだね」 「うるせェ。黙って抱かれてろ」 「黙ってると喘げって言うくせに」 赤い月が見える静かな部屋で、二人はざわめく夜を過ごした。 ≪ | ≫ Top |