お酒ははたちから!



 明日は任務もなく久しぶりのお休みだ。今日はゆっくり眠れるなとお気に入りのぬいぐるみを抱いてベッドに寝転んだ時だった。

「いいんちょー」
 扉をがつがつどっごんと勢いよく叩く音で、私の安寧は妨げられた。我慢ならない騒音に閉じかけた目ががん開く。
なに?なんなの!?
…こんなことするのは大体予想がつくが。というか問題児ぐらいしかいないが。私は重たい頭を持ち上げて渋々ベッドから起き上がり、扉を開けた。
「やっほー今日の任務でいいもん貰ったからパーティーしようぜー」
 そこには案の定、五条がいた。喜びを体現するように、白い綺麗な髪はふわふわと跳ね上がり、サングラスの隙間からギュッと目を細めて笑っている。私はやれやれとため息を吐いた。
「何時だと思ってるの。もう消灯時間だよ。寝なきゃだめ。」
「だから委員長の部屋で寝ればよくね?」
「よくねえ!」
 逆に良いと思った理由を私に説明してほしい。0から100良くない事だらけだ。まず、決められた時間は守らなければ先生に怒られてしまう。次にここは女子寮であり男子が易々と入っていい場所ではない。この世間知らずのぼんぼんにきちんと教え込んでおいてほしい。
…あれ、というか、問題児の保護者はどこ行ったんだ。

「夏油とパーティーすればいいでしょ!」
両手を広げてとおせんぼすれば、五条は悩む素振りをして首を傾げた後「傑は出張任務行っちゃったんだよねー」とからからと笑った。
「夏油が帰ってきてからやりなよ。気心知れた人とのがいいでしょ」
「つれないなあ委員長はー」
 そう言いながら通せんぼした腕を押して部屋に入ろうとするので、慌てて力づくで止める。へらへら笑う五条と必死な形相の私の攻防戦がしばらく続いた。

「こういうのって!一緒にいて楽しい友達とした方が楽しめるよ!」
 ぎしぎしと五条の手を掴みながら後ろへ押しのけようとするが、彼はそれをものともしない。むしろ楽しそうに笑ってる。
ば、ばかにされてない…?日頃から鍛えてるはずなのに無力な自分が情けない。
「じゃあいいじゃん。俺、委員長といて楽しいし。」
「は?」
 五条の何気ない一言に思考が引っ張られ、私の防御線は退いた。その隙に五条は「それにほら」と持っていた紙袋から中身を取り出した。そこには、かの有名な洋菓子メーカーのパッケージが施された箱が掲げられていた。先程の五条の意味深な言葉など吹き飛んでいた。
「そ、それは…!」
 半年先まで予約が埋まっていると噂のお菓子…!それも私が食べたかったやつ…!
「委員長欲しがってたっしょ。」
「な、なぜそれを…!」
「硝子と話してるの聞いたー」
 意外と人の話聞いてるんだ五条…。と私がまた唖然としている間に、五条はずかずかと部屋に入り、我が物顔でテーブルにお菓子を広げ始めた。
「え、委員長って湯沸かし器持ってねえの?買ってやろうか」
 そしてお茶まで淹れようとしてくれている。ナチュラルに戸棚を開け閉めしてる様に、ここは私の部屋ということを忘れるところだった。
「お水で充分だし…。というか人の部屋荒さないでよ!」
「ふーん。見られたら困るもんでもあんの?」
「な、ないよう…!」
 にやにやと笑う五条にむっとした顔で返す。もう!えっち、変態、むっつりすけべ五条。からかわれる悔しさから心の中で悪態を吐く。
 しっしと変態五条を台所から追いやり床に座らせて、私はコップを二つ取り出して水道水を汲んだ。それをテーブルに置いたときにちらりと五条を盗み見れば、童心に返ったようにキラキラとした顔で梱包を開けている。
…五条って甘いもの好きなんだなあ。と、奴の正面に体育座りで座りながら思う。
そのまま見ていれば、箱から美味しそうなブラウニーを取り出して、ぱくぱくと頬張っている。美味しそう…。
「はい、委員長あーん」
 じっと見つめ過ぎたのか、目の前に輝くブラウニーが差し出された。献身的な五条に訝しげな視線を送りながら、有り難く口に含む。
舌に乗せた途端、一気に広がるチョコの甘みとほろほろ溶ける口溶けにほっぺが緩んだ。んんんん!なにこれ!美味しいー!!
「大人な味だあ」
 ほんのり洋酒が鼻を突き抜けていく。これで私は一つ大人の階段を上ったぞ。
「まだまだがきんちょだな委員長は」
 へなへなと緩く笑う五条の顔もくそがきのそれだが。でもいつもと違う微笑みに、洋菓子より甘い瞳に私は目を疑った。
 …これは本当に五条か?いつも眉間に皺を寄せてガンを飛ばして、人を見下すように嘲笑い、舌を出して毒を吐く。それが今はこんなに腑抜けた顔になっている。家入さんに見せたらどんな顔するかな。私は無言で携帯を取り出してカメラに収めた。
「撮んなよー」
 五条の長い腕が携帯に伸びたので、ひょいと腕を後ろに下げた。すると、不愉快だと言わんばかりにムッと口をへの字に曲げた五条は、逃すまいと携帯を持つ手を追随してくる。
そんな普段見ない五条の仕草が面白くて、私はさらに腕を後ろに下げた。背中は床すれすれだが、片腕を支柱に鍛えている体幹でバランスをとる。真上まで差し迫った五条のサングラスがずれて透き通るような青い瞳が覗いた。
 …いつ見ても綺麗な眼。潤んでいてさらにキラキラと輝く宝石みたいで…あれ、なんか、可愛い?五条の頬は上気しており赤ちゃんみたいな庇護欲を唆られる。変な感じ。
「なんか…あちい…」
「暑いって…冬なのに?」
 五条は冬でも暑がりなのだろうか。暖房がついてても私には寒いくらいだけれど。五条はぱたぱたとスウェットの胸元をはたくと、両手をそのまま服の裾に手をかけだす。
おや?おやおやおや?不穏な空気を察知した私は、服を捲り上げようと首元まで上がった五条のスウェットを掴んだ。
「今暖房下げるから!」
 とにかく落ち着いて欲しくて慌ててそう言えば、五条は「あちいの」と聞く耳を持たないまま私の手を掴んできた。
ここまで腑抜けているのに力はまだ残っているようで、ぐぐぐとスウェットから手を離される。…またしても五条との攻防戦に呆気なく負けた。しかし今は悔しがっている場合ではなかった。あろうことか五条は私の手を掴んだまま「委員長の手つめてえ」と言いながらむにゅむにゅ揉んできたのだ。
「つ、つめたくないし!」
 一刻も早く手を振り払いたかったのに力で敵うはずもなく、そのままもみもみと手を弄ばれる。今度は私の体に熱が集まる番だった。
「はっ…離してっごじょ…!」
「えーやだ」
「やだじゃない!」
 逃げたくて仕方がない私とは対照的ににまにまと楽しそうにする五条は、やはりいつもの鋭利さに欠ける。その隙だらけな五条に油断した私も私だ。腕を引く力を緩めた途端、手が五条の首元に引き寄せられた。
 ぴとりと触れれば確かに五条の体温は高くて、自分の指先がひくっと反応する。
 熱でもあるのでは?でもさっき部屋に来た時は元気そのもの、元気の塊のようなものだったし、扉も勢いで破壊されそうだった。なら答えは絞られてくる。
「まさか…ブラウニーの洋酒…?」
「ぶらうにーもっと食いてえの?」
 舌ったらずな五条は私の手を乱雑に離し、ブラウニーに手を伸ばそうとした。が、その手が辿り着くより先に私は五条の腕を再度掴んだ。
「ちょっとまったあ!」
「んだよお」
「五条!酔ってるでしょ!このほんの少しの洋酒で!だからこれ以上は危ないよ!」
 だめだめと、ブラウニーを五条から少し遠ざけた。
五条は「よってねえよ!」と回らない舌で反抗するが、明らかに酔っている。ほんの数量のお酒でも酔う人は、アルコールが体内で分解出来ないから危険だと習った。だから五条にはこれ以上与えてはいけない。
「もう眠いんじゃない?早く部屋戻りな?ブラウニーは置いて。」
「あぁ?!俺が寝るなら委員長も寝るんだよ。ブラウニーは俺の!」
「だからなにそのマイルール!」
 有無をいわせまいと、五条は一気に距離を詰めてきて私を羽交い締め…もとい鍛えられた腕を私の首に巻き付けてきた。
なんでこうなるの!?と私は泣き叫びたかった。
 なにかがおかしい。なにが五条をそこまでさせるのか。…これがお酒の力なのか。お酒って怖い!
 そのまま五条の抱き枕にされた私は、何も出来ず五条に頬擦りをされ、されるがままの状態だ。酔っ払いはなんて面倒臭い生き物なのだろう。
 和室とはいえ冷たい畳の上で、その上この状態で誰が寝れるというのか。すやすやと吐息をたてる酔っ払いが早く起きることを切に願った。



*


 微睡で意識が混濁した中、はっきりとした感触だけ手にはあった。…なんか柔らけえ。
「…………。」
 重い瞼を気怠く持ち上げれば、何かが近くにあった。ぼんやりとした視界が開けていくと、白い肌と黒髪が目に入った。さらに意識が覚醒してくると甘い匂いが鼻腔を擽る。今の状況を見ようと体を起こそうとすれば、予期せぬ頭痛が襲ってきた。
「っ……いってえ」
 咄嗟のことに柔らかい感触から手を離し、自分の額にあてた。そしてまた己の手を見つめる。
 そういえば俺、昨日は委員長とケーキ食おうとして、それから…それからなんだ?ブラウニーを食べたあたりからの記憶がない。
全知の術式を持ちながら、俺の脳に情報は流れてこない。今わかってるのは俺が委員長を抱き枕にして寝たってことだけ。
………それだけだよな?ただの、なんとも思ってない、ただの同級生に、俺は、何も、して、ない、よ、な…?
 自分の記憶に自信がなくなってきた。恐る恐る委員長を見下ろせば、すやすやと気持ち良さそうに寝ている。よくこんな畳の上で寝れるな。
まあ幸いお互い服は着ているし、俺が委員長如きに発情するわけないし。俺が委員長を抱いて寝たのもふざけた末の事だろうし。
深く考えるだけ時間の無駄だ。とにかく今は凝り固まった体を解そうと、腕を組んで伸びをする。



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