融解



たまたま行った1級相当の任務でたまたま助けた女性からたまたま連絡先を交換して、やり取りしているうちにたまたま告白された。
顔も可愛いし、礼儀正しいし、でるとこでてて細身で抱き心地良さそうな子だったから、なあなあで了承してしまった。
じゃあ一緒に住もっか。とメッセージを送れば二つ返事で快諾してくれた。

インターホンが鳴り玄関を開けると、お邪魔します。と鈴が転がるような声が聞こえた。そちらに向かえば、自分の部屋とは違う甘い香りに胸の奥が擽られた。
俺と視線が合うと彼女は遠慮気味にへらりと笑った。
あれ、可愛い。

「じゃあ僕任務だから」

せっかく来てくれたのに名残惜しいが、またね。と家を出れば背後からいってらっしゃい。と可愛らしい声が見送ってくれた。

いままで幾人もの女性とお付き合いしてきて、リスクの観点から結界の張ってる俺の家を使わせてた。
中には自由奔放な子もいれば、べたべた束縛系な子もいた。
何時に帰ってくるのとかしつこく、俺が家を出るのを拒んだり、見送りすらなかったこともあったなと思い出す。

その後も彼女と暮らしていくうちに、彼女の料理の腕が良い事が分かった。
和洋中からデザートまで手作りだ。
ごく一般の社会人らしいが、料理人にでもなれたのではないだろうか。
他にも家事はこなしてくれたし、毎朝ワイシャツにはアイロンがかけられている。
実家並に至れり尽くせりだ。
それなのに彼女は夜遅くに帰ってくる俺に文句は言わないし、出張任務でほとんど家に帰らなくても何も聞いてこない。

おかしい。今までの子と違いすぎる。
完璧すぎるだろ。

そこで初めて気づいた。俺はこの子のことを何も知らないと。なぜこんなに尽くしてくれるのか。
それから好物、嫌いな物、誕生日、血液型、何でもいいから彼女をもっと知りたくなった。

ソファで映画を観ながらくつろいでいる彼女の隣に座る。

「始めから観ますか。」
俺も観たいと察したのか、徐にリモコンに伸ばした手を掴んで止めた。

「大丈夫だよ。」
そう優しく言えば彼女はほんのりと頬を紅潮させた。こういう所は普通の女の子なんだよなあ。

「名前ってさ、男運ないでしょ」
俺のデリカシーの欠片もない質問に彼女の眉がぴくりと動いた。あの凶悪な呪霊といい、これだけ世話慣れしているのだ、ダメ男の1人や2人に憑かれたこともありそうだと思い鎌をかけたが、どうやら図星らしい。

「ひ、人並みですよ。」

彼女はあくまで平静を装いながら、既婚者に騙されて妻帯者だとは知らずセフレにされていたり、自分の欠点を笑ってくるクソ男だったり、まともで結婚を考えた人は仕事をやめてヒモ男になったということを軽く説明された。
典型的なダメ男ホイホイか。

柔らかい雰囲気に優しくて男からモテるだろうが、隙が多くて見事に呪霊に付け入られてる。
まぁそれと同時にこの子に男を見る目がないのもあるだろう。俺を選んでいる時点でそれは察していた。

「苦労したんだね。」
「それほどでもないですよー。」

てへなんて効果音がつきそうなくらい、自分の頭を撫でて弱々しく笑っている。
なんだか幼気な少女をみているみたいで、同情から優しく肩に手を回したら、わかりやすく体に力が入る。
慣れてないのか緊張を解そうと頭を撫でれば、石みたいに動かなくなり、吹き出しそうになるのを堪えた。

気を許してくれたのか、遠慮がちにこてんと俺の胸に寄りかかってきた姿が小動物みたいで庇護欲がそそられる。
そういえば、手も繋いだことなかったな。
忙しくて体の関係も持つどころでもなかったし。

キスしたくなり顔を近づけたが、すーすーと規則正しい寝息が聞こえた。

…え、今そういう流れだっただろ。
さっきまで強ばっていたのに、すっかり安心しきった顔にこっちまで頬が緩む。
今回はお預けかあ。
眠っている彼女をベッドまで運んでやり、隣に寝転ぶ。
柔らかい前髪を数回撫でて、幼い寝顔に唇を落とした。




翌日任務を終え家に帰ると今までの平穏は崩れた。

「みてください!」

キラキラと目を輝かせて彼女が手に持っていたのは猫だった。
猫?

「白猫です!おめめは青なんです!五条さんみたい!」
可愛い〜なんて言いながら猫に頬擦りしているが猫は少し暑苦しそうだった。

…俺もまだ彼女と頬擦りしてないんだけど。
憎らしくも可愛い白猫はぺろぺろと彼女の頬を舐め始めた。
…俺もまだ舐めてないんだけど。
ぷすぷすと怒りが溜まるが、なるべく穏やかであろうと一息吐く。

「マンションの下に捨てられてて…飼ってもいいですか?」

上目遣いで申し訳なさそうにこちらをお伺い立てる彼女にノーとは言えなかった。その顔はずるい。天然でやってるのがもっとずるい。

「別にいいんじゃない。」
「ありがとうございます!五条さんも抱っこしますか?」

いそいそと猫を俺に渡してきた。
じっくりとみてると猫とサングラス越しに目が合うが、俺の方が可愛いだろ。

「可愛いでしょ〜」
語尾にハートでも付きそうなほどメロメロだ。
女ってこういうの好きな。

「うん可愛いね。僕のがもっと可愛いけど。」
「五条さんは可愛いというよりかっこいいですよ。」
きょとんと不思議そうに大きな目を向けてくる。

…俺の方が可愛いだろ。
でも、かっこいいと言われたことに対しては悪い気はしなかった。というか当たり前だし。
本音をグッとこらえてそうだねー。なんて間延びした返事をする。

「五条さんも可愛いって!よかったね〜猫ちゃん」
「ていうか、悟って呼べよ」
彼女は納得した顔をして猫に向き合った。
「よかったね悟ちゃん」
名前付けてもらって。と猫に対して笑顔で言った。

…いや、そうはならんやろ。
るんるんな彼女だが、あくまで俺自身のことを言ったつもりだったので久しぶりに頭を抱えた。
まぁ、今はいいかと彼女の暴力的な天然さにずり下がったサングラスを人差し指で直す。





数日彼女は猫にべったりで、全て親切でやってくれていた食事や家事も疎かになっていった。朝のパリッとしたワイシャツも好きだったが、今ではアイロンも忘れられている。実際、任務や仕事で着替えて動くし別に構わない。家事も自分でできるから問題は無い。

今日も夜遅く帰ればいつもなら用意されてた軽食もなく、お風呂も沸かしておらず、電気も点けたままソファで猫とすやすやと寝ていた。

だが、猫の餌や水はきちんと用意されており、猫砂も綺麗に掃除されている。これは…。
俺の世話から猫の世話にシフトしているのだ。

…この焦燥感。
生まれて初めて感じたかもしれない。嫉妬心とやらを。
それも猫に。

それと同時にまた別の危機感が察知された。
彼女が俺を置いて猫と出ていく可能性だ。
こんなに溺愛しているのだ。あまり構わない俺より猫の方が歩がある。

俺の中で彼女は無くてはならない存在となっていることに今更気がついた。
他の女なら勝手に出ていかれてもなんとも思わないが、彼女の事となると別に良くない。
甘いものより密かな癒しとなっている彼女との時間を失うのは、無理。絶対嫌だ。上層部絡みのストレスに耐えられなくなりそうだ。日本を沈めてしまうかもしれない。

頭を悩ませながら羽毛の掛け布団を持ってきてそっと彼女と猫にかける。
寄り添って寝ている姿は相変わらず可愛らしく、無言でスマホを取りだし写真を撮った。
我ながらよく撮れている。

「ごじょ…さん」
「あーごめん。起こしちゃった。」

彼女はふりふりと首を振ってむくりと起き上がった。

「ごめんなさい、今日なにもしてなくて…」

ソファから立ち上がろうとする彼女の肩を優しく押してソファに座らせる。

「いいよいいよ。無理にやらなくても。ちゃんと休んで。」

でも…と引かない彼女に強情すぎるだろと無理やり唇を塞いだ。柔くて甘い香りに酔いそうだがなんとか理性を保つ。

伏した目を上げればぱちりと目が合った。
もっと、俺だけを見ててほしい。
さっきよりも深く深く口内を犯す。
この小さな唇を全て食べ尽くして俺のものにしたい。
抑えていた独占欲に自分でも困惑する。

「っ…は…ごじょーさ」
「悟」

唇を離してゆっくりと太腿に添わせる手に彼女が気づき手を重ねてきた。待って欲しいのか、それにしては微弱な抵抗だ。
名前を呼んでくれないもどかしさを、首元に顔を埋めて軽く痕を残すことで発散する。

「さとる…さん…」

彼女の指先が反応した。

なんでさん付けなんだよ。
イライラしながらちくりと2つ目の痕を残したとき、ぐすん。と鼻をすする音が静寂な室内に響いた。

まさかと思い顔を上げると、彼女は綺麗な顔を曇らせ真珠のような涙をはらはらと流していた。
うげ。泣かせた。

「ごめんね。やりすぎた。」

内心悪いと思ってない俺は建前で謝るが、彼女はブンブンと勢いよく首を横に振った。

「ちが…くて」

うぐっとつっかえながら一生懸命に話す姿は加虐心を煽られる。
それをなんとか抑えて話に耳を傾けると、最近家事が雑になっており俺に捨てられるんじゃないかと怖くなったらしい。

はー。なるほどね。意外にもそんなに思ってくれていたことに安堵する。

別に家事とかやってもらわなくて結構なのだけれど。その為にそばに置いてるわけじゃないし。
家事など出来なくてもこんなに離したくなくなっているのだから。
まぁそんなことをやんわりと伝えたら、彼女はよかった。と微かに笑みを浮かべて落ち着いてくれたので、流れた涙を舌ですくい上げる。

寧ろ俺の方がさっきまで焦っていたのに、なぜか主導権を持っているし。こうして下手に回るから悪い男につけ込まれるんだよ。

「僕はもっと名前を知りたい。」

他のクズ男が知っていて俺が知らないのは癪だ。
耳の縁をなぞりながら覗き込めば、大きな瞳を潤ませながらこくこくと頷いた。

「私も悟さんのこと知りたい…です…。」

照れて語尾が消え入りそうな声になっていく彼女は、目線を猫の方に逸らした。

ふーん。また猫ね、こっちは見ないんだ。

「どっちの」

少し意地悪したくなり、蹲っている白猫を横目で見遣れば、彼女ははっとしたようにこちらを見た。

…ちょろい。
まあそんな所も可愛いと思ってしまう。

数秒見つめあっただろうか、彼女が徐に顔を近づけて唇を重ねてきた。
予想してなかった行動に驚き目を見開いた。

「こっち…」

か細い声に伏し目がちで言われ、反則級な可愛さに思わずため息が溢れた。天然でこれ?やっぱりわざとなんじゃねえ?俺が掌の上で転がされている気分になる。
俺をここまで落とし込んだのだから、逃がしてくださいと言われても絶対に離さないと決めて、重なった手の指を絡めてしっかりと繋ぎ直した。




prev -return-next