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双葉を摘むにはまだ早い

2


悲しい報せが届いた。どうやら、仲が良かった近所の道場の皆が、江戸に行ってしまうらしい。
その一員である、そーくんも。

せっかく皆と仲良くなれたのに…。
寂しさで、涙が出た。

そーくん、大丈夫かな。あんなに大好きなミツバお姉ちゃんと離れ離れになるなんて、寂しいだろうな。

とぼとぼと夕焼け空の下歩いていく。行く当てもなく、そーくんたちと遊んだ森や、川や、野原をススキを片手にふらつく。

暗くなる前に帰りなさいと言われているが、寂しくて。

「なにしてんの?」

そう声がかかり振り返ると、そーくんがいた。

「そーくん…」
「いい加減その名前やめろよな。もう12歳なんだから。」

どこか、ませているそーくんは、そう呼ばれるのが嫌いらしい。私のことを名前から名字呼びに変えてきたし。
でも私は謝ることしかできない。つい、口に出ちゃうから。
そっと横顔を見れば、背も同じくらいなはずだったのに、いつの間にか私が見上げてて。
いつかはくる別れの時、これからの成長を知れず、私の知らないそーくんになってしまうのが、どうしようもなく嫌だった。

「それより、どうしたの?稽古は?」
「土方のヤローがなんかムカついたから、ふらふらしてた」
「またぁ?飽きないね、ほんと」

一緒に江戸に行くというのに、大丈夫なのだろうか。
十四郎兄ちゃんは悪くないと思う。そーくんの反抗的な態度がもろもろの原因だろう。10近く年が離れてるだろうに、それでもそーくんに良くしている兄ちゃんに感謝した方がいいと、私は思ってるんだけど。

「苗字は帰んねぇの?」

家とは反対方向に歩いていく私を不思議に思ったのか、そーくんは訊いてきた。

「う〜ん…。あと少し歩く。」

だって、だってみんな明日にはいなくなっちゃうんだもん。なるべく長くみんなといたこの空気を感じていたい。覚えていたいのだ。
横顔をちらりと盗み見れば、涙が溢れそうだった。
今までの楽しい思い出が蘇って、これからその先の思い出までは紡げないのだと、気付いてしまった。
江戸で新しい人たちに出会って、新しい思い出を築いて、私のいない世界になる。入ることもできなくなっているだろう。

「泣くなって」

いつの間にか一粒、二粒、増えていって、嗚咽が零れた。
そーくんは私が泣いているのに気付いたのか、呆れたように言った。

「ありがとう…そーくん…。今まで、楽しかった…。」

そう言うと、俯く私に、ぽんぽんと頭を撫でてくれたそーくん。
あれ…こんなの初めてじゃない?ちょっと嬉しくなる。

「いつでも江戸にこいよ」
「うん…」
「饅頭持ってな」

饅頭…。ハッとして顔を上げた。
そーくん、覚えててくれたんだ。やっぱりあのお饅頭好きなんだ。

えへへとつい笑みがこぼれた。

「なに急に何笑ってんの?」

憎いほど可愛らしい顔を歪ませてぎょっとした顔でいるが、それでも頭を撫でる手は止まっていなくて、言動が合ってないのもそーくんらしくて、じんわりとその微塵の優しさが沁みた。

「うん、持ってく。お饅頭持ってくね。」

きっとまたそーくんが落ち込んでても、江戸ライフを満喫してても、2人でお饅頭が食べれたら…それだけでいいんだ。なんて自分に言い聞かせた。

しばらく2人で黙々と歩いていたら、私たちを捜しに来た勲兄ちゃんと十四郎兄ちゃんに見つかり、帰りたくないと駄々をこねる私を引きずって家に帰してくれた。
そーくんは泣きもせず、この温度差にどうしようもない寂しさがあった。
きっと男の子だから、強いのかな。

泣き疲れて寝れば、あっという間に朝になって、慌てて外に出る。
息を切らして、必死に田んぼ道を駆けていく。
寂しい。寂しいんだ。みんな…行かないで。

丁度突き当たりの角を曲がると、集団がこちらに歩いてくるのが見えた。
きっと、勲兄ちゃんたちだ。
息を整えながら、じっとみつめる。

「名前…?」

最初に十四郎兄ちゃんが気付いてくれた。ほっとして、笑みがこぼれる。

「名前ちゃん、来てくれたのか!」

次々にみんなが気付いてくれて、一人一人に頭を撫でられ、別れの言葉を告げられる。
それを流れ作業のようにしていき、みんな止まることなく私の横を過ぎ去っていく。

皆の決心の強さが垣間見えて、私は足止めすらできないのだと、無力さが身に染みた。

泣かないように手をぎゅっと握って奥歯を噛み締めて俯いていると、強ばった手が包まれた。
ゆっくりと顔を上げれば、そーくんが柔和な微笑みでこちらをみていた。
そんな顔するんだね、初めて見た。

「ま、またね、そーくん…」

泣きそうな声を抑えて絞り出した声でそう言えば、がしがしと頭を乱暴に撫でられ、何も言わずに行ってしまった。

…行ってしまった。

離れてしまった手が寂しい、私も行きたい、男の子に生まれたかった。微熱を宿した手に様々な思いを抱えながら、その背中を見送った。
次いつ会えるかわからない。でも、また会いたい。
会えた日にはまたあの頃みたいに…なんて淡い期待を抱いた。
皆の見送りを後押しするような、雲一つない青空の下、風が吹き抜けていった。






title by 白猫と珈琲


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