あんたのモノは僕のモノ、異論は聞くが認めない。
隊長にチョコボグッズを押し付けるエース 【あんたのモノは僕のモノ、異論は聞くが認めない。】
僕の恋人は格好いい。 彼――クラサメは、背も高い方だと思うし、顔は勿論の事声だって耳に心地よく、翡翠の瞳は冷たさの中に情熱を隠して澄んでいる。冷静沈着で頭も良ければ武道にも秀でており、元朱雀四天王の氷剣の死神なんて呼ばれていたりもする。 そんな彼は冷たい印象に反して人望も地味に厚い。いや、一部では心の底から鬱陶しく思うくらいに厚い。 例えば、座学の分かりやすい説明が評判でよく解説をせがまれている。主に女子から。またある時は、的確な戦闘指導から多数の人に闘技場での教えを請われていた。主に女子から。それからこの間は、意外にも優しく話を聞いてくれる大人の余裕というものに頼った人生相談、なんてものまでされていた。主に女子から。 そう――要するに、モテるのだ。 そして僕はそれがあまり嬉しくない。嬉しい訳が無いではないか。だって、彼は恋人なのだ。僕のものなのだ! とは言え流石に付き合っている事を大っぴらに公表する訳にはいかず、この関係性は二人の間で閉じておく事で話はついていた。 下手に知られ、イレギュラーな組み合わせに騒がれてはこれもまた鬱陶しい。その上ハゲに知られては何を言ってくるか分かったものではない。それはお互いの立場をよくよく考えて出した結論と言えた。 しかしそれ故に、クラサメに贈られる少女達からの愛の言葉は絶えないのである。 手紙をこっそり忍ばせて、廊下で捕まえて、闘技場にわざわざ呼び出して。正直な所、僕の恋人に何をしてくれるんだという表現が最もしっくりくる現状だ。実際にその台詞を口にした事などないし我儘を言える立場でない事も分かっているけれども、それでも面白くないものは面白くない。 あぁ全く、クラサメも恋人が居るからとはっきり断ってしまえばいいのに! 誰とまでは言えなくとも、それくらいならば問題ないはずである。それなのに、それなのにクラサメはそうしない。すまないがその気持ちには応えられない、そう告げて後はお終いだ。断ってはいる、それは知っている。けれどそれだけでは何だか腹の虫が治まらない。 やはり僕は我儘なのだろうか。我儘さと好きは比例するのだ、きっと。だから僕は認めるのは癪だけれどもクラサメが大好きって事で、じゃあクラサメは? というとそれがよく分からない。 クラサメは大人でクール。その内に秘めた熱いものや少しだけ青さを残した一面は僕だけの秘密だけれども、取り敢えずその一般的な印象に間違いはないと言える。そしてまさしくそれこそが、僕を悩ませる要因の一つであるのだった。 好きなのに気に食わなくて、気に食わないのにやっぱり惹かれて、もうそれといったら何という矛盾なのだろう! 誰か解決出来るものなら直ぐにそうして欲しい。 因みに何故台詞を知っているかというと、故意に後を付けたのではなく、単純に偶然何度か見てしまったというそれだけの理由である。 思い出したらムシャクシャしてきた。僕は少し前を歩くクラサメの背を軽く睨んでやる。すると彼は直ぐにその視線に気が付いたようだった。 「エース、どうした? 資料が重かったか」 ……うん、やっぱり格好いい。そうやって気遣ってくれる所とか、女子が騒ぐのも分からなくはない。 だが天下のモテ男クラサメよ、それは随分と的外れじゃあないか。 僕は少しの不満と気恥ずかしさを覚えて、ふいと振り返った翡翠から視線をそらした。 「そんな訳ないだろ。たったこれだけで……0組ナメるな」 「ナメてはいないが、大切な教え子に負担は掛けたくないとなら思っている」 「大切な教え子? よく言うな」 「他に今適切な言い方があるのか?」 それは勿論、ない。こんな廊下で大切な恋人になど言える訳がない。今この時に許された中で最も深く親愛の情を示し得る言葉を彼は投げかけてきた訳である。現状を考慮した大人としてあるべき理想の姿。 分かってはいるが、考えていた事が考えていた事であるために少し物足りない。募る、やるせない苛立ち。 ふーんだクラサメのバカ! と言ってやりたいくらいであるが、それは流石に自重する。あまりに自分らしくない上にプライドが許さなかった。しかし、心の中を単純に言い表すとまさにこの通りであるからやっていられないのだ。 「やはり重そうだな。指先が白くなっている。ほら、半分」 「あっ、待て! 僕はそれくらい持てる! 第一あんたを助けるために日直がいるんだろ。その日直があんたに助けられてちゃ話にならない」 「充分助けにはなっているが? 重さは兎も角この厚さの本がこれだけだ、高さ的に一人では何かと不自由する」 「こらっ! 勝手に持っていくな!」 しかもサラッと重さは兎も角とか言いやがった。クラサメの余裕ったらない。それは僕には無い大人の余裕。いつもいつも此方ばかりが焦り慌て、弄ばれる。そこに女子からのアピール攻めなんてものまであるのだから堪ったものではなかった。僕はどうやって繋ぎ止めればいいのだろう。 手綱をとれなくなった思考回路は勝手に嫌な所で回り出す。ひとりでに沈んでいって、その女々しさに自分で自分が嫌になるのだ。ああ分かっている、自己嫌悪でしかない。 僕がこんなでは、僕が僕を嫌になるのだから、僕が思う程クラサメは僕の事なんて好きじゃないんじゃないか、なんて。 分かっている。それでも、馬鹿な事だとは思うのだけれども、一度そこへ嵌ればお終いだ。低迷する思考は、輪を描く負の連鎖から抜け出せなくなってしまう。 ぐるり、ぐるり。歯車の回転のようにまわり、それでいてそこにはなんの仕事も働かない。 「エース? 先程から何か気になる事でもあるのか?」 「んえっ!? あ、いや、別に……。それよりもほら、着いたぞ」 そのタイミングでの問いにひっくり返った声を上げてしまい、直後に慌てて失態と心情を誤魔化す。思考が淀むのに合わせて歩みも遅れていたようだ。そっと息をつく。 「……そうだな。先ずはこれを片付けてしまおう」 き、とクラサメがクリスタリウムの扉を器用に開けて中に入った。後を追って進むその間も彼はきちんと扉を抑えてくれていて、その小さな気遣いにさえ胸が高鳴る。 これでは確かに彼がモテるのは仕方が無いな、認めよう。 ……なんて、繰り返し思ってしまったりもして。 悔しいったらありゃしない、クラサメは僕のなのに! 唇を噛むその間にも作業は続けられている。淡々とした作業で会話も無いが、その静寂は暖かく優しいもの。その空気に身を委ねながら、恋人と同じ動作を繰り返す。紙媒体の歴史を揺りかごへ、揺りかごへ。まぁ本当は揺れる事などないのだけれど、比喩表現というやつだ。 それ程までに本をしまう動作すら様になっていて、思わず目を奪われた。綺麗な指先。彼の手は男らしいのに美しい。 あぁ、この指に今すぐ噛み付いてしまえたら。その邪魔な手袋を剥ぎ取って、白い指を晒して、映える赤を刻み込む。僕のものだという証。 そうしてしまいたいくらいには心を奪われている。クラサメは完全には僕のモノになってくれない気がするけれど、僕はもうとっくに全部クラサメのモノだ。 それなのに、それなのに。 「あっ、クラサメ隊長。あの、その資料なんですけど」 「それか……それなら先程その棚に、」 こうやって無遠慮に話しかけてくる輩がいるものだから。 どうせお前用なんて無いんだろ。僕は知ってるんだからな。僕のクラサメを盗ってしまいたいだけなんだ。 だめ、そんなの許さない。 「ちょ、エース!?」 だから僕は、いやって程眺めた手を取った。実際はいくら見ても嫌になんてならないけれど。嫌だったのはこの空間だ。こんな所、長居したって仕方がない。あんたの分の書類も全部片付けたんだし、いいだろ、別に。あんたが楽しくお喋りしてた間に、一人で、僕が一人で、全部。 ぐにゃり、歩くのに不便はない程度に歪む視界。色が滲んで溶け出した。 あれ、と思ったけど止まっている余裕なんてない。所謂、無茶をやらかした時の景色とは違うから、大丈夫。 泣いている? 馬鹿を言うな、0組の矜恃にかけて、そんな事無いって誓ってやるんだから。 クラサメは黙ってついて来た。それが有難かったのは本当。でも同時にやっぱり悔しい。何か言われたら滲んだ景色が溢れ出しそうだった。ばれて、いや、見透かされているのかもしれないなんて、やっぱり僕が子供だって事じゃないか。 でもならばいっそ、とことん子供のワガママに付き合ってもらう。時間は掛けない、迷惑も掛けない。そりゃあクラサメを独り占めしたいのは勿論だけれど、クラサメの重荷になりたい訳ではないから。今も充分重荷? だめだだめだ、考えるな。考えたら足が止まってしまうから。 辿り着いたのは見慣れた自室。扉の向こうに愛しい人を押し込んで後ろ手に鍵を掛ける。ちょっと手間取ったのは内緒だ。普段はクラサメが僕を先に入れてくれるから。 ともかく、そのまま背中を押し続けて、ソファーに座らせた。始終クラサメに抵抗はなかった。こんなに自分勝手にしているのに、諫める事もない。優しくするなバカ、あぁでもやっぱり優しくして欲しい。僕はワガママで、自分勝手だ。 そんな事を思いながら、僕は隠してあったショップの袋を取り出した。ファンシーなそれは二つ。それを両方とも乱暴に包みを破る。いいんだ、もう。それらしいムードなんか要らない。 姿を現したそれを手に、クラサメの上に乗り上げる。じゃまなマスクを丁寧に外して、そっと机の上に置いた。投げ飛ばしてやりたい気はしても、クラサメの物ならそうしない。当然だろう? そしてその唇に仕掛ける、噛み付くようなキス。クラサメの目元が、ふっと殊更優しく和らいだ。本当は縋り付くようなキスなんだけど。コレもばれてしまった? ぷはっ、と息が零れて唇が離れる。僕とクラサメを銀の糸が繋いでいた。なんてか細い繋がりだろう。でも今この瞬間は僕のものがクラサメを汚している。満足? まだまだ。刹那に安心できる程、僕はお利口にできてはいないんだ。クラサメは僕の、僕はクラサメの、それをいつまでも刻み続けてやるんだからな。 僕は無言で体を起こした。と言っても半身だけで、居場所はまだクラサメのよく鍛えられた腹筋の上だ。あの綺麗な手を取って、手袋を盗って、やっぱり机に置く。 それから、やっと現れた白に噛み付いた。強くは噛まない。ネコのじゃれあいみたいな柔さで、ちろりと舐めて、おしまい。あっ、クラサメのばか、自分でも舐めるなんて。クラサメの中でもう一度僕らが混ざり合った。貴方もちゃんと僕を所有してくれている、って思ってもいいですか。 儀式めいたそれを終え、しかし黒い手袋はそのまま机の上で、代わりに。 僕は隠して置いたものを取り出して遠慮なく彼の手に被せてやった。レザーといえども合皮のそれ。だって仕方がないだろう、黄色に緑の皮なんてそんなに無いのだから。見た目より高かったんだから! クラサメの右手にはチョコボデザインの手袋が、左手にはトンベリデザインの手袋が。 僕はそれに満足してにやりと笑う。これは両方ともクラサメの為に買ったもの、その片方ずつ。 実は、ショップで見つけた時に迷ってしまったのだ。クラサメと言えばトンベリ。でもチョコボを身につけてくれたら、それってクラサメは僕のものだって宣伝して歩く事になるんじゃ? そう思ったらもう決められない。隠している意味もなくなってしまうかも、でも、でも――。 だから、両方とも買ってきた。どちらを渡そうか結局決められず封印していたそれ。もうどうにでもなればいい。残ったものを自分の手に着ける。クラサメサイズのそれは案の定大きいけれど、日常生活に困る程ではないだろう。戦闘時以外はつけていられる。 僕は腹に跨ったまま、チョコボの方の指をクラサメに向け、 「あんたがどうかなんて知らないけどな……あんたは僕のモノだ!」 それからトンベリの方の指を僕自身に向ける。 「それで僕はあんたのモノだ!」 その手を両方とも下ろし、自らの腰にやった。いつものポーズというやつだ。腹の上なのでイマイチきまらないけれど。 「あんたのモノは僕のモノ、僕のモノはあんたのモノ! 何か文句あるか!? 異論は聞くが認めない!」 これは僕からの宣戦布告。こっちは余裕なんてないんだ、仕方ないだろ。でもちょっと、言ってから恥ずかしくなってきた。あとは押し寄せる不安。クラサメ、僕はあんたの――。 また滲んできた世界にクラサメが溶けてゆく。しかし溶け切る前に、クラサメが僕を捉えた。たすけて、伝わった。 「当たり前だろう、エース。お前は私のモノだし、私だってとっくにお前のモノだ」 そういって僕を撫でるのはトンベリの手。クラサメの胸に優しく添えられているのはチョコボの手。 「誰が何を言おうとも、9と9が9を迎えても」 お前はずっと私と共に、私はずっとお前と共に。 「何か文句はあるか? 異論は聞かないし、認めないが」 あぁもう、その表情といったら! 僕は再び重力の支配に屈して、クラサメの鼓動が聞こえるくらいしがみ付く。これは僕の意思じゃない、首が疲れただけなんだから。 「クラサメ、僕より欲張りだ」 「ふむ……知らなかったのか?」 「ううん、知ってた」 くすり。どちらともなく笑みを零して、くすくすと小さな笑い声が部屋を満たす。ささやかな幸せ。けれど、欲張りな僕らがそれを作っている。 僕らは示し合わせたかのように無言で立ち上がった。何事も無かったかのように部屋の外へと向かってゆく。扉へ掛かるクラサメの綺麗な手。これから僕らはまたあの煩雑な日常へ帰るのだ。 けれど、そこではまだチョコボが笑っている、だから。 だから僕は、ここで静かに笑っていよう。
僕は貴方の中で、貴方は僕の中で。 漸く噛み合った歯車は、今ここで再び仕事を刻み出した。
.END.
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[ 76/118 ] [mokuji]
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