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いつも通りの、普段と違うこと。*



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脚本/編集/アルス台詞台本・声……蓮池ぱすこ(えりぃ/ねいこ)
ステラ台詞台本・声……おしお
※クレジット不要のフリーBGM/効果音使用
※再生する際、読み込みで開始まで多少の時間がかかる場合があります。

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移ろう季節も、過ぎゆく景色も。君がいれば、こんなにも明るい。


それは、本当ならば何でもない一日だった。生活費の足しにと思い数点の納品を済ませて、あとは家族のところへ帰るだけ。
今日は二人とも帰りが早いみたいだから、萬里が騒ぎ出してちびと喧嘩になる前に、夕飯の支度を済ませなくてはいけない。
それだけの、普段通りの日。
ただいつもと違ったのは、暗がりに閉じ込められた茶色の景色の中に、見慣れた桃色が鮮やかに浮かび上がっていた事だった。
「——ぁ、れ?ステラ、こんなところで奇遇だね?」
「アルスじゃん、こんなとこで何やってんの」
「僕はまあ、彫金ギルドに顔を出して、その帰りだけど。そういう君はどうしたの?」
「知り合いに会った帰り。」
ステラ、血の繋がらない僕の妹。ウルダハがゴールドコートの出口付近、君は光を背負って僕を見ていた。
ここで彼女と会うのは珍しく、僕はつい、ぱちりぱちりと瞬きを繰り返す。君がここにいる、それは当たり前の事なのだけれど、僕にとっては……うん、どうやらそうではなかったみたいだ。
「ん、そうだよね。君には君の知り合いがいるって事、僕ちょっと失念してたかも……あ、変な意味じゃ、なくて」
君の顔が顰められる前にと思い慌てて付け足して、うん、少し遅かったかもしれない。けれどそれは僕にとっては正直な感想だった。
だって、いつもの僕らは。
「君と会う時って、いつも部屋の中だから……、外の世界の事、忘れてた」
「いつも会いに行ってあげてるんだよ。もっと外出たら?出不精になるよ」
「君って、本当に失礼だよね?」
「失礼じゃない、本当の事」
「事実なら何を言ってもいい訳じゃない。——はあ、まあ……いいよ。それで? せっかくだしお茶でもどうかな。ご馳走、させてもうらうけど?」
宥めるように笑みを浮かべて誘う。君はやはり僕を睨んでいたけれど、うん、それくらいの事は今更だよね。
君は不機嫌さと興味を同居させた顔で僕を見ていた。……ん、これは承諾されたと僕は解釈する。
そして君は、僕が予想した通りの答えを投げよこす。
「事実をすんごい遠まわしにして相手に嫌味を言うより何倍もマシだと思うけど? ……お茶は行く」
「反論はしないよ、殴られたらたまらないもの。ええっとじゃあ、行こうか。クイックサンドでいいんでしょう?」
「うん、そこ以外ないでしょ」
「ふふっ、愚問だったね。行こう——本当を言うとね、あまり長く時間はとれないんだ。君だってそうでしょう」
さて、約束を取り付けたはいいものの。
僕らは互いに家族がいるし、彼女だって用事の帰りだと言っていた。なればと告げた言葉だったのだけれど。
「いや、別に。そんな事はないけど」
「ぇあ、そう……?」
どこか不満そうに、君が言うものだから。
僕は咄嗟に返す言葉が浮かばず、小さく呟いて視線を逃した。だって、誘っておきながら時間を指定するだけなんて、なんだか申し訳ないでしょう。
そんな僕の心情を知ってか知らずか、君は悪戯に笑う。
「まあでも、アルスからしたら不思議かもしれないけど、知り合いは多いから、急にリンクシェルで呼び出されちゃうかもね」
「君ね…………、ほんと、僕の事なんだと思ってるの」
君のそういう所を僕が気にいってる、なんて。君は、知らないのかもしれないけれど。
そして、僕の言葉は時に捻れて空気を震わせるけれど、それでも。
君が光に向かい歩き出す。振り返ったその顔は、あぁ、——やっぱり、眩しい。
「ほら、行くんでしょ。……転ばないように手でも繋いであげようか?お姉ちゃん」
「それは不要だよ。僕はそんなにそそっかしくはないから——君と違ってね」
その惑星を追い越して、数歩。君の前に出る。真似をして振り返り、いつもの様に微笑んだ。君に負けるには、ねえ、まだ少し……僕も、悔しいみたい。だからね。
「どっちが先に着くか、競争でもする?」
「は?アルスに負けるわけないでしょ」
ほんと、失礼なんだから。小さく呟いて肩を竦める。
君と僕、星々は光りあう。どちらの光も互いにのまれんとしたまま、君は準備運動を始めた。
別にね、僕は本気で走ろうとしてるわけじゃないんだけど?
なんて、言っても君はききやしないんだろう。分かっているから、伝えない。
無言のまま好戦的な二つの視線が絡まり、そして。



到着したクイックサンドは今日もそれなりに賑わっていた。僕はその中で視線を走らせ、空いている席を探す。あぁ、あった。左奥。そこならまだ静かに話ができるかな。ここは、随分と……騒がしいから。
「席は——奥がよさそうだね。そこでいいでしょう?」
「どこでもいい。早く座ろ」
「ああうん……って、君ね……」
指を差してすぐ、君は立ち止まった僕を追い越してその先へ着地した。見上げてくる顔はどこか得意そうで、ねえ君、これで勝負に勝ったなんていうのは、なしだからね?
それを口にした方が負けな気がして、僕は反論を飲み込み追いかける。走ったりなんかしない。ゆっくり、君の元へ。
僕は座ってすぐ、ステラより先にメニューを手に取る。今度は僕の勝ちなんて言わないけれど、だって、ただ見やすいように渡してあげようと思っただけだもの。本当に、嘘じゃない。
「それで、何を頼むの、君は?」
「ホットミルクとアップルパイ」
「もしかして、いつもそれ?」
「うん、美味しいんだよ」
「そっか。僕もいつも同じもの注文してるから——その感覚は、わかるかも」
いつもの席とはいかないけれど、いつもの店で、いつもの注文。それは僕も変わらなくて、なんだかやっぱり、兄妹みたいだ。血の繋がりは、うん、ないんだけれど。
「……何その顔、キショ、アルスは何頼むわけ?」
「あのねえ……もう、もう、いいけど。いいけど……べつに……」 
僕はそんな些細な事が嬉しくて君を見るのに、君は眉根を寄せるのだから報われない。
今更、分かってるよ。君にそんな文句を言っても無駄だなんて、そんな事。
諦めて気分を切り替える。そう、僕の注文についてだ。
「僕はね、コーヒーとガトーショコラ」
「え? 苦いのと苦いのじゃん、何、アルスってなんか、そういうタイプ?」
「ガトーショコラは苦くないけど? 何、ステラこそお子様舌なんだね。ミルクは君の好みに合うという事かな」
「何が悪いわけ?」
「——っ、う」
がつん。そんな音が鳴ったような気さえした。僕の軽口に君は随分と機嫌を損ねたようで、苛立ちは足蹴に変わりテーブルの下で弾けた。
「べつに……、わるくは、ねえ、さすがに痛いんだけど……?」
熱を持ってじくりと存在を主張するその痛みを、僕は殺そうとして、あぁもう、浮かべた笑みが崩れるのが自分でわかる。
「ちょっとだけ痛くしたの」
それなのに君の機嫌はその分浮上するものだから、僕のこの痛みは代償としてそれなりの価値があったのだと判断せざるを得なかった。
本当に、仕様がない。
「君のちょっとと僕の少しは、随分と違うみたいだ。——あ、注文を」
そこで丁度通り掛かった店員を呼び止め、片手を振る。
うん、こういうのは僕の役目だ。ステラは知らん顔でランプの灯りを眺めている。はなからやる気がないのは、流石にどうかと思うけれど。
ここは、少しはお兄ちゃんらしいところ、見せてあげるよ。
「ホットコーヒーと、ガトーショコラを。それからホットミルクとアップルパイを、ん、少しぬるめで」
簡潔に告げられた注文をウエイターがメモして去っていく。けれど君は随分と不服そうだ。ねえ、今回は僕、何もしてないけれど? たぶん、きっと。
「勝手にぬるめとか決めないでよ」
「どうせ火傷するでしょう、君は?」
「……ちょっと置いとけば冷めるし」
「けれど、最初から冷めているに越したことはない。……まあ、僕も結局少しは冷ますんだけど……」
「種族的に……飲めないからね………」
「ん…………」
そうこうしていると料理が届く。二人分の食器がかちゃりと鳴った。ふわり、広がるコーヒーの香り。本当は紅茶の方が好きだけれど、うん、これはこれで落ち着くからいい。
「どうぞ。僕が出すから、遠慮なく食べて?」
「ん、いただきます。……やっぱ、おいしい」
「よかった——って言っても、僕が作ったわけじゃないんだけど。君も結構甘いものが好きだよね?」 
ステラがアップルパイを頬張り、仄かに口元を緩めた。ふんわりと現れる幸せの色。僕はそれを見守ってから、小さく切ったガトーショコラを口に運ぶ。うん、甘くて、幸せ。
「まぁ、………甘いもの嫌いな人、いないでしょ」
「僕もそう思う。ふふっ、珍しく意見があったね?」
鏡合わせの僕らは、その時間に揺蕩う。
甘い林檎の香りが僕のところまで届いて、やっぱり素直にそちらにすればよかったかな、なんて気持ちが揺らいだ。
けれど僕ならもう少しシナモンを多めにして……、カルダモンを加えてもいいかも。ん……、それなら、少しレモンを採用したら、もっとさっぱりするかな。
あぁだめ、考え始めたら止まらない。やっぱり僕は何かを作る事が好きで、出来るならそれは誰かのためでありたかった。
それはたとえば、そう。
「僕はね、本当はアップルパイもすき——とっても、ね」
「………え、あげないけど?」
「頂戴とは言ってないけど?僕がそんなに食い意地はっているように見える?」
「ほら、意外と、食いしん坊かもしれないでしょ?」
「そう見えるなら光栄——って、言うべきなのかな、ここは?」
「あ、アルスがモヤシってこと、ちょっと失念してたかも」 
言いたい事から外れてゆくのに、けれど僕の主張は空中で霧散した。君は悪戯な調子で唱えて僕を見る。
なるほど、つまりそういう事だね?
「君、実は結構気にしてる?」
「……えぇ?ぜーんぜん?」
「君も大概だからね、本当に」
ため息をついて、そういえば、と素直に浮かんだ話題へと会話の舵を切った。ここで争ってもどうにもならないから、それでいい。
「我が家の食いしん坊たちなんだけど、」
「……萬里とちび?」
「……そう。本当に底なし沼みたいに食べるんだよね……特に、萬里。あいつはもう、本当に、だめ……」
誰かのためと言えば僕の家族がその筆頭だろう。そしてその誰かの筆頭は、食べる事を生き甲斐にしているとしか思えない、萬里。
つまり僕は、そろそろ食事を終える事を考えなければいけないという事だ。
生憎目の前のケーキは、なぜだか全然……減らないのだけれど。
一先ずコーヒーカップを傾ける。ケーキはそのまま。あぁもう、こんなの、絶対におかしいよ。
一方のステラは機嫌良くパイを頬張る。明らかに面白がられていて、もう、あまり笑うなら僕もそれなりに対応するんだからね?
むくれる僕、笑う君。
「あっはは、母親みたいな悩みじゃん、お姉ちゃんからお母さんに呼び方変えた方がいい?」
「……冗談にならないから、やめてくれる……?」
「はは、たまには自分で作らせてみたら?」
「出来なくはないんだよ?本当はね?……ちびはちょっと……分からないけど」
やらせるの、こわいし。小さくぼやいてガトーショコラを一口。甘さの中に混ざる苦い香り。僕の好きなもの。
「……でも、やっぱり自分で作った方が好みになるから。ついね……僕、一応調理師でもあるし」
「………や、ちびの事ビスマルクに放り込めばいいんじゃない?その後で好きな味付け教えればいいのに……。アルスって、なんだかんだで世話好きだよね」
「だって、包丁を扱う手つきが怖いんだもの……ナイトなのに。まあ、たしかに、何かをしてもらうより何かをしてあげる方が好きかな……僕はね」
「ふーん、変わってるね」
「変わってるというか、単に性分なだけだけど?」
反撃は君に届かない。聞く価値なしと言わんばかりに君はパイを食べるばかりだ。
ただ、やられたままでいる僕ではない。
「まあ、うん……。なら、君にもなにか、してあげようか」 
そんな態度を取るのなら、うん、君のことも巻き込んであげる。だからね。
「え?……何する気?」
「そんな面倒そうな顔、しないでくれる?僕だって傷付くんだけど? たとえばほら……、その、アップルパイ。僕、かなり得意だよ?」
「……………作りたいの?」
「…………別に、そういうわけじゃ、ないけど?」
つい唸りそうになり、誤魔化して微笑む。それはとても本質に近い一撃で、けれど的は無傷で風に揺れるばかりだった。
故に僕は、でも、と小さく呟いて。
「君が、好きだっていうから。せっかくなら好きなもの、食べてほしいでしょ。林檎が一番好きな僕はここで注文しないのは、本当に好きなものほど自分で拘って作りたいからだ。それは君のそのパイであったりするし、紅茶であったりもする」
僕はパイを見遣り、けれどその向こうの君を透かして、その星の煌めきを写し瞳を瞬く。
惑星と流星、重なる時間が紡ぐ物語と、僕がそこで出来る事に、思いを馳せる。
「だから僕が君に贈れるものがあるのなら、僕が本当に自信を持てるもので、君が本当に喜ぶものがいいって——ただ、それだけだよ。それだけ」
それが僕の全てだった。それが想いの真実だった。僕は真正面からステラを見る。いつもの微笑みには、嘘偽りなんて一つも、ない。
そんな僕を見て、君の表情がふと和らいだ。うん、無事に伝わったようでなによりだよ。
「……じゃあ、私はガトーショコラ作ったげる。嬉しいでしょ」
「え、いいの?……ん、うれしい。すごく」
僕が向けるもの、僕が君に贈るもの。その意味を君はもう知っている。知っていて同じだけ差し出されるそれは、無償の——愛。
だから、別れも寂しくなんか、ない。
「じゃあ、君とまた会ったときに——場所は、」
「アルスん家。私家持ってないし」
「ふふ、いいよ。たまにはこういうのもいいけど——僕もね、君と話すなら静かな家の中がいいなって、思ってた。ほんとはね」
「いつものクッションがないと落ち着かないし」
「もう、つぶすなって僕いつも言ってるよね?」
いつもの遣り取り、いつもとは違う場所、いつもの約束。
僕と君、家族の時間は終わりを告げる。僕は最後の一口をやっとの事で飲み込んで、その一幕を閉じる歌を奏でた。かちゃり、テーブルに下ろされた食器が鳴く。
どこか名残惜しそうに聴こえて、あぁ、それは僕の願い、僕の未練だ。
けれど、二つの星はそれぞれの夜空で輝くものだから。
「……ん、じゃあ、そろそろ僕は時間だから行くけど。君、今の約束……だからね」
だから僕らの間にこれ以上の言葉はいらなかった。詮索も邪推も、本当は一度だってありはしなかったのだろう。僕らはそういう存在だった。僕らの間にあるのは、そんな物語だった。
「ん、じゃあねアルス。また今度」
「ん。また——会いに来てね」
胸の奥底で燻る想いを誤魔化して、かたりと席を立つ。だって、そうでしょう。また会える、それだけ分かれば、進んで行ける。
旅立ちの意味を知るから、振り返らない。ただ己の道を征く。僕らは英雄、そらの星。
交わる道、分たれる道、紡がれる詩篇。水平線と空の狭間。
それは何処にでもある日常で、普段と何も変わらぬ時間であって。
けれどその世界の中に、君が鮮やかに浮かび上がれば、ほら。


移ろう季節も、過ぎゆく景色も。君がいれば、こんなにも明るい。




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[mokuji]











 


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