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たましいのかたち




「ねえ、見て。君の瞳と、同じ色だね」
そう言ってあなたは、まあるい硝子玉を俺に向けて翳した。曇った赤い色は、けれどあなたの宝石を映して、きらきらと眩く輝いて見えた。



そもそもワンコイン均一のその店を訪れたのは、昼の食堂で見たテレビ番組の特集が気になったからとか、そんな仕様もない切掛からだった。面白いねとあなたが言って、あなたが興味を惹かれたから手に取ってみたくなった。それだけ。
だから、御大層な理由なんてそこには一つもない。それでも構わなかった。一緒にいられるなら、理由なんてなんでもよかったから。
それでも説明するならそう、全ては成り行きだ。キッチン便利小物特集から始まって、デスク周りの賢い収納術まで見たあたりで、二人の夕方の予定はもう決まったも同然だった。俺たちのデスクは、いつだって書類とコンソールで混沌としていたから。
それで、私服に着替えて街へ繰り出した。カフェにも入らず、くだらないお喋りの応酬と共に目的地へ辿り着く。
久しぶりのプラントで真っ先に行くにはあまりにも日常すぎるその場所は、非日常に身を置く俺たちにはかえって特別に思えた。
なんて、この人が同じように思っているかは、分からないけれど。
だって、いつだって不自由なこの人は、制服と責任を脱げばひどく自由だったから。
入店してすぐ、キラさんはまず知識もないのに調理道具のコーナーをひやかした。分かりやすく便利アイテムが勢揃いしていたからだ。
けれど、ねえシン見て、と繰り返し次々と手に取っては、使い方がわからず首を捻って棚に戻す。まあ、キラさん自炊しないもんな。それでもふらふらと興味をもっては、すぐに関心を失う姿が、なんだか普段より余程子供っぽい。可愛らしい人。
かと思えば番組で見たのと同じ収納道具に背を向けて、見るからに安っぽそうなプラスチックの子犬をつついた。もっと凄いものを作れるくせに、あなたはやけに喜んで、何かと思えば、君に似てるなんて言うのだ。そんなことは、ないと思う。
キラさんは、かたかたと振動を受けて首を揺らす生物を暫くの間からからって、面白いねと笑った。あの、似てると言いながら面白がるの、やめてくれませんか。どんな顔していいのか、分からなくなるので。
そうやって、あちらへふらり、こちらへふらり。
結局キラさんは番組で見たものを何一つカゴに入れず、手に取って眺めては全てを棚に戻した。空っぽの容れ物は、用を成せず寂しげな顔をするばかりだった。
そんなあなたが、まあるいそれを、俺に翳す。水槽に入れる曇った硝子玉。袋詰めの商品の、見本のひとかけら。
「君と同じ色だね。きれいな、赤」
綺麗だねともう一度繰り返して、あなたが微笑む。俺はそうですねとも、そうですかとも言えなくて、ただええとと言葉を彷徨わせた。
視線も泳がせたその先に、紫。
「だったら、ほら。こっちはキラさんですね。きれいな、紫」
まあるい、紫色の硝子玉。曇って、こすれて、傷だらけの、偽物の宝石。安物の工業製品。けれど、今この瞬間一番綺麗なたからもの。
「とっても、きれい」
「うん。とっても、きれいだね」
キラさんは蕾が綻ぶように笑って、棚から赤い硝子玉を取り上げカゴへ入れた。優しく、愛するものを見つめるみたいに、満足げにあなたが微笑むのが、俺は。
「……それ、買うんですか」
「うん。綺麗だったから」
大きなカゴの真ん中に、ぽつんと袋詰めの赤い硝子玉。あなたはそれだけの物を大切そうに抱えて、シン、と俺の名を囁いた。
「あのね。たましいって、まあるい形をしてるんだって。知ってた?」
とっておきの秘密を共有するみたいに、耳元で柔らかく囀る声。
「たましい、ですか」
「そう。いのちの、かたち」
その距離に肩をはね上げると、一歩、あなたが退く。行かないでと手を伸ばした。届かない。指先で悪戯に舞う小鳥のように、あなたはうたう。
「まあるい、完全なかたち。僕は完全とか、完璧とか、そういうのはあんまり好きじゃないんだけど。この傷だらけの赤は、それでもまあるいこの光は、うん……、いいなって」
綺麗なばかりじゃいられないけど、それでも、だから、これは綺麗でしょ。
そう呟くあなたの瞳に長い睫毛が伏せられて、影になる。暗く鮮やかな宝玉は、まあるい瞳。
「それ、どこで聞いたんですか?」
「どこだったかな? 忘れちゃった」
なんだか俺はたまらなくなって、まだ持ったままだった紫玉を蛍光灯に翳した。太陽ですらない光源は白く寒々しくて、それでもその球体は美しかった。
そんな俺を優しく見つめるあなたの瞳を、そう、欲しいと希った。
あなたの世界を一緒に見ていたかった。同じ瞳を通しては見れない景色を、掲げた硝子玉に重ねて透かす。向こう側で唯一無二の宝石が俺を映し、その中で赤が揺らめいた。
そっと、カゴに降ろす。
「……それ、買うの?」
「はい。綺麗だったから」
大きなカゴの真ん中に、二人ぼっちの硝子玉。世界の真ん中に、美しくも傷だらけの煌めきがふたつ。
「キラさん。お礼に俺も一つ、とっておきを教えてあげますね」
ちょっと困った笑みで、照れたように硝子玉を見遣るあなたは、俺がなぜそれを欲したのか理解している。だからこれは、そんなあなたへ唱える呪文。
「人間は、もともと、二人で一つだったんですって。まあるい、命だった。だから、また片割れと出会って、一つに戻りたいって思ってる。知ってました?」
そっと、耳元で囁く。今この瞬間これ以上ないほどの、とっておきの内緒話。
あなたは真っ赤な顔で耳を押さえて、俺が詰めた距離の分だけ後ずさった。
「なあに、それ……」
「だから、たましいの話ですよ」
出会いたいと願っている。引き離された片割れと溶け合い、かえりたいと求め合う。
それはまあるい、愛おしいもの。あかいひかり、むらさきのほし。
「だから、俺はこれが欲しいなって」
「――っ、きみ、それ、わざと言ってるでしょ……」
「何がですか?」
首を傾げれば、真っ赤な顔をしたあなたは、信じられないと俺を詰るのだ。俺はその意味を理解できなかったけれど、潤む瞳はやはり硝子玉には変え難いと、そんな事を思うばかりだった。
「ねえ、きみ。それ、どこで聞いたの?」
「昔読んだんですよ。本で……なんだったか覚えてないんすけど、たしか、哲学書で」
「君って、そういうのも読むんだ」
「一応俺、趣味は読書なんで」
でも、だからって。キラさんは三回くらい繰り返して、結局その先を言わずに拗ねた顔をした。それから悪戯を思いついた子供の顔へ塗り替えて、ねえ、ともう一度俺へ一歩踏み出す。
「それなら。僕もやっぱりこれが欲しいな。あかくてまあるい、君のひかり」
だって、ねえ。あなたは空いた片手を、その細い指を、小さな唇の前にそっと立てて。
「そうしたら。君と、ひとつになれるんでしょう」
ふわり、囁き。
艶やかに咲いた花、蠱惑的な紫玉の煌めき。それは曇硝子の球体よりも、完全なる、まあるいひかり。たましいのかたち。分たれた片割れ。
「――ッ!」
瞬間、ぶわりと顔に熱が集まる。だって、そんな、そんなのって。
――これってつまり、愛の告白じゃんか!
言いたくて言えなかったそれをあなたは簡単に音にして、やはり微笑み俺を見つめていた。向かい合う二つのまあるいもの。惹かれ合う二つの魂。一対の躯。
自分が何を言ったのか、そこでやっと、気が付いて。つまり、あなたの言葉の意味は。
夢じゃないって言って欲しい。本当だって、教えて欲しい。今のは、いまのって、つまり。
「あのッ! キラさん、いまの、どういう」
「さあ? お会計、しよっか」
「待ってください、待ってって! キラさん!」
答えずに踵を返す恋しい人。ふふ、と悪戯に華奢な背中が跳ねる。もお、こんな、こんなことばっかりだ。不自由な人、自由な人。
そんなあなたを追いかけて、手を伸ばし、それから。

世界の中心で、こつんと音を立て二色の硝子玉が触れ合った。その求め合うたましいは、まあるく光を反射していた。
完全なる命の形、不完全な心の詩。
それはいつか星になり、やがては一つの物語に成るだろう。




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[mokuji]











 


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