「あ…」
下駄箱に山崎君がいる。いや、実際は山崎君以外にも沖田さんや土方さんといった人気者もいるのだけど、私には山崎君が真っ先に見えた。
沖田さん、土方さんと靴を履きかえその後を山崎君が追うようにして廊下に向かおうとしている。
「お、おはようございます…!」
クラスも違い関わりは全くないため出逢ったらアプローチをかけるようにしている。しかし、山崎君からの返事はない。一体これで何回目だろうか。
これだけは自信を持って言える。山崎君は人の挨拶を無視するような人ではない。ずっと山崎君の事を見てきたから分かる。
しかし、返事をしてくれないのは何故だろう。
もしかして、嫌われているんじゃ…
頭に過った考えを振り払い教室に向かった。
普段通り面白くもない授業を受けていると、時間は4時限目を指していた。話を聞くと習字をするらしい。それも、自分の好きな言葉を書くそうだ。
どうしよう…
これといって好きな言葉が無い私にはこの課題は悩むことになった。そして、5分ほど考えた後、筆を進め始めた。
放課後掲示されたクラスメイトの書いた言葉を眺めた。女子の多くは土方さんや沖田さんに向けた愛の告白が堂々と書かれていた。その他には山崎君に対するものも少数だがあり、少し胸が痛む。
そして、視線を左に向けると自分が書いた字が見えた。
“ミントン”
少しでも山崎君の視界に入ればと考えて必死に書いたものだ。しかし、周りの積極性と比較し苦笑しつつ廊下を進んだ。
あの日から1週間ほど立っただろうか。廊下に掲示された言葉はいつの間にか無くなっていた。
授業が終わり、少し体を伸ばすと微かに骨が鳴る。帰りの支度を済ませ廊下を進み階段を下りる。
「あの…っ」
後ろから声が聞こえる。自分に掛けられたものではないかもしれないが後ろを振り向くと、いつも眺めていた山崎君が何かを持ちながらこちらを向いていた。
「はいっ?!」
驚きのあまり声が裏返り、顔に血が上るのを感じた。
「これ…天和さんの…?体育館に置いてあったんだけど…」
苗字を知っていたことに喜びを感じながら、差し出されたものを見るとバドミントンのラケットのようだった。
「えっとすみません、私のじゃないです…」
「そっか…」
あっさり返事を返され少しの沈黙ができてしまう。この状況は嬉しいが沈黙に耐えられず私は素朴な疑問を聞いた。
「な、なんで…私に…?」
私はバドミントン部にも所属していないし、昼休みもしたことがない。いや、それどころか何年もラケットを握っていない。
「いや、書いてあったでしょ?習字のやつにミントンって…ミントン…やってるんじゃないかなって思って…」
「ち、違うんです…あ、あれは山崎君の…―――」
このチャンスを逃すわけにはいかないと思い声を発したが緊張からか声が震え小さくなる。
「え?」
山崎君にも聞こえなかったらしく聞き返される。意を決し声を強めて自分の気持ちを伝えた。
「あれは…っや、山崎君に気づいてもらいたかったから…!山崎君がバドミントン好きなのはずっと見てきたから知ってたから…や、山崎君に少しでも見てもらえたらって…思った……や、山崎君のことがす、好きだから…っ!!」
言ってしまった…と山崎君の顔を窺うと目を丸くして驚いている。
「え…それって本当…?沖田さんに言われてるとかじゃなくて…?」
「ほ、本当です!本当に…山崎さんの事が好きなんです…」
「………俺も…」
「え…?」
「俺も夏希さんの事が…好きだ…」
一瞬言われた言葉が理解出来なかったが、自分の頭で復唱する。
私の事が…好き…
「ほ、本当です…か…?それこそ沖田さんに言わされてるとか…」
「違う!俺も…本当に好きなんだ」
少し紅潮しているが真剣な眼差しで言われ、本当だと信じることが出来た。
「…う、嬉しいですっ!本当にっ本当に…!」
「俺も超嬉しい…ずっと沖田さんが好きだと思ってたから…」
「え?な、なんでですか…?」
沖田さんの事を恋愛対象として意識したことは一度もない。それどころか会話もしたことないのに何故だろうと思った。
「え?だって、朝よく沖田さんに挨拶してるし…顔見た時ちょっと顔赤みがかってたし…」
今までの全ての不安が消えた気がした。
「あれは!山崎君に挨拶してたんですよ?!」
「えぇ??!…じゃ、じゃあ俺ずっと無視して……!本当にゴメン!!!!!」
勢いよく頭を下げる山崎君がなんだか可愛いと感じてしまう。
「本当にショックでした…」
声を少し低く小さくして呟く。すると山崎君は何度も謝罪した。地面に頭がついてしまいそうなほど頭を下げて。
「フフッ…冗談ですよ…?確かに悲しかったけど、これから…これからその分…好きでいてください…。」
自分で言いながら顔が赤くなるのが分かった。
「うん…」
顔は恥ずかしくて見えないけどきっと山崎君も赤い顔をしているんだろう。
山崎君はドラマみたいに抱きしめたりしないで硬直しているけど二人で照れるように笑い、それだけで幸せを感じた。
○おまけ○
「でもラケットが置いてなかったらこんな風にならなかったって思うとなんかすごいですよね」
一緒に校門を出ながらふと思ったことを話す。しかし、山崎君の口からは意外な言葉が出た。
「いや、本当は別に体育館にラケットなんて置いてなかったんだ」
「えっ?!?じゃあそれは…?」
今も山崎君の手にあるラケットを指差し尋ねる。
「これは俺の。その…夏希さんと話したくて…」
引き始めた顔の赤みがまた戻ってしまった。