「総悟―っ!!起きろっ!!」
折角の非番で爆睡していたのに女中の夏希の声で目が覚めてしまった。
「なんでさァ…」
まぁ、大方予想はついてるけどねィ…
「総悟今日非番でしょ?!甘味処行こっ!!」
やっぱりか… 無邪気に誘ってくる夏希を見て少しばかり苛めてやろうと思う。
「俺は寝たいんでさァ…行くなら夏希一人で行って来たらどうですかィ?」
布団を少し引き上げて眠ろうとしているところを見せ付けると、勢いよく布団が剥がされる。
「良いから行こっ!?」
夏希は目を輝かせて話しかける。そして俺は断る。そんなやり取りを5分ほど続けていた。
…そして折れたのは夏希だった。
「はぁっ…じゃあ分かったよっ!もう銀ちゃんと行ってくるしっ!!」
「…」
“銀ちゃんと”というフレーズに少し反応してしまった自分に気づいても、ここまできたら初志貫徹で行くしかない。
「本当に行っちゃうからねっ?!」
念を押すようにというよりは、俺が嫉妬することを狙っているような雰囲気が丸出しだ。そうなったら相手の思うつぼにはなりたくない。
「行ってきなせェ」
夏希がバタンと音を立てて襖を閉める。
…やりすぎましたかねィ…
少し反省しながら布団から起き上がる。そして顔を洗い朝食をとった後は、部屋で土方抹消計画を立てるため黒魔術の本に目を通していた。
ふと廊下が騒がしいのに気づいた。襖を開けると多くの隊士が出かけていくのが見える。そして、山崎が廊下を走ってきたため呼び止めた。
「おい、そんな焦ってどうしたんですかィ?」
「あ、沖田隊長!あのですね、3番大通りに殺人鬼が出たらしくて。なんでも無差別殺人らしいです。」
「殺人鬼ねェ…」
そう呟いたところで気づいた。
「おい、3番大通りっていったかィ?!」
「え、あ、はい。そうで…」
山崎の返事も聞かずに刀を持ち、車で現場に向かう。
3番大通りって…甘味処の通りだよな…
不吉な予感を感じ、スピードを上げた。
現場につくと何人もの人が倒れていた。一目見ても死んでいることが分かる。
目を前に向けると殺人鬼であろう刀を持った男がいた。
そして男の目の前には…夏希の姿が。
夏希は口を開閉させながら尻餅をついていた。目には大粒の涙がたまっている。
「夏希っ!!!!」
大きい声で叫ぶと夏希は俺に気づいたようだった。
「そ、そう…」
夏希が声を出した瞬間に男が動き夏希に近づく。
危険を感じ、俺は夏希に向かって走り出した。俺以外にも多くの隊士が駆け出す。
…しかし俺たちが男を斬る前に、男の刀が夏希の胸に深く刺された。夏希は苦しそうに顔を歪めて倒れる。
「夏希っ!!」
俺が駆け付けると夏希は目を閉じ体は赤く染まり始めていた。他の隊士が男を斬ったのが視界に入る。
「夏希っ!しっかりしなせェ!!!夏希っ!!!」
夏希を仰向けにさせ、必死に名前を呼ぶ。すると、夏希は少しずつ目を開けた。
「そ…ご…」
「すぐに救護隊が来るから、それまで頑張りなせェ!!」
夏希の姿が、死んでしまった姉さんと重なる。
「そ…ご…い…ままで…あり…が…」
「な、何言ってんですかィ…!明後日の非番は甘味処一緒に行きやしょう。特別に奢ってやりまさァ!」
別れの言葉のように夏希が話すのを遮る。
…もう、大切な人が死ぬのは嫌なんだ…
「…っ夏希?!」
苦しそうに顔を歪める。
「だ…好き…だよ…」
夏希は一瞬穏やかな顔でそう呟き、目を閉じた。
「夏希…?夏希!!夏希っ!!」
夏希は穏やかな顔つきのまま寝ているように動かなくなった。
「…っ甘味処行くんじゃないですかィ?!夏希!夏希!!」
いくら必死に呼びかけても夏希の反応はない。夏希がもう起きないことを確信させられたようだった。
「…うっ…夏希………っ…うっ」
涙が止めどなく流れ嗚咽がこぼれる。そして、周りも気にせずに声を出して泣き続けた。
―――甘味処から帰る途中、袋の中身を確認する。みたらしの艶が旨そうだ。
屯所の通り過ぎ夏希の墓場に行く。
「夏希、来やしたぜィ…」
返答がないことは知っていてもつい、声が出てしまう。
そして、袋から団子を1本取り出し供物台に供えた。もう一本を自分の口に含む。
「旨いですねィ…」
そう呟くと、夏希が旨そうに団子を食う姿が見えた気がした。