!男主


「そういえば、俺は死ぬまで所長といたいんですけど」
「は?」

新たに収監された吸血鬼の情報をまとめながら、思い出したことを口にすると所長の不快そうな声が返ってきた。俺はモニターを見たまま文書を打ちこんでいるし、所長だって仮面をしてるからわからないけど、どう考えたって良い顔はしてないだろう。

「急に気色悪いことを言うな」
「まぁ、聞いてくださいよ。手は動かしたままなんで」
「……」

沈黙は肯定として受け取って、話を続けることにする。途中で止められたらそれまでだ。

「ドラルクさんいるじゃないですか、軽はずみで死んじゃう吸血鬼の」

何度かVRCを訪れているものだから顔を覚えてしまったドラルクさんはなんと言っても、吸血鬼にもかかわらずとにかく弱かった。初めて目の前で彼が死んだ時はただただ驚いて、困惑する俺にロナルドは気にする素振りがない。片付けたほうがいいのか悩んだのもほんの一瞬、塵が自らの形に再生していく様子は見間違いかと目を疑った。

「再生できるってすごいですよね」

率直な感想は尊敬に近い。なぜかこの新横は局地的にやたらめったら吸血鬼が多く、収監される率も高い。だからといって彼らは殴ったくらいでは簡単に死にはしなかった。むしろそれで死ぬならVRCはもう少しマシな環境になってるはずだ。

「所長ってやってることはすごいじゃないですか」

ここで働いてる以上、所長の行動が横暴すぎるのも周りを実験対象にしようとするのも、人命軽視がスローガンな時点で相当ヤバい研究所なのは事実だが、所長の研究は経緯がどうであれ世間に貢献している。

「でも、生き返ることはできませんよね。所長は人間ですから」

どんなに偉大なことを成し遂げたとしても加護にはならず、不死身も不老長寿も与えられなかった。

「死んだらそれきりなんですよ。俺もそうです。彼らみたいに何百年も生きられるわけじゃない。寿命だって長くないし、明日突然死ぬかもしれない」

黙ったままの所長は話を聞いているのだろうか。

「だから俺は死ぬまで、使ってもらえる限り、所長といたいです。拾われた恩はきちんと返して所長の役に立ちます。つまり今後も捨てられないよう努力するので、よろしくお願いしますって話です。ご静聴ありがとうございました」

長い演説を締めくくって、キーボードを打つ音が少し続いてからレポートを書き終えた。きちんと上書き保存をしてからファイルを閉じ、誤字脱字チェックは後でやるとしてだ。あまりの室内の静けさに、もしかして所長は部屋を抜けたんじゃないのか。椅子を回して振り返ると、いつの間にか所長は俺の背後に立っていて心臓が止まるかと思った。

「べらべらとよく喋る口だな。それで手が止まらないから余計に喧しい」

褒められているのか、いや喧しいって言われたな。

「いいか、よく聞け。再生ができる吸血鬼というのは今後の大きな課題であり、今は置いておく。それから俺様という大天才の研究がすごいのは当たり前だ。あと俺様と愚物を同じ天秤に乗せるな。死んだらそれきりだと? 誰だって死んだらどうすることもできない、わかりきったことを言うな」

いつもと変わらない所長の態度に今更突っこむこともなく、今度は俺が黙って話を聞く番だった。清々しいほどの俺様理論に、スイッチが入ると所長はよく喋る。意外にも話を聞いていてくれたことがちょっとだけ嬉しかった。

「最後に」
「はい」
「捨てられないようにとほざいておきながら、俺様の許可なく死んだりするのは許さないからな」

ぽかんと口を開けたまま、所長の最後の言葉を飲みこむのに戸惑ってしまった。……それは了承したというのだろうか。言い切って部屋を出て行こうとする所長の背中を慌てて追いかける。

「今のもう一回言ってください。録音します」
「調子に乗るな愚物」
「そこは名前で呼んでくださいよ、ヨモツザカ所長」


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