Das Spielen mit Schnee(7)



湯けむりの向こうに白い影を認めて、ファ−レンハイトは目を背けた。そのままシャワーを頭から浴びる。濡れ髪を無造作に掻き上げたロイエンタ−ルは、普段に増して艶っぽく、直視すればそのままにしておける自信はない。意識して先程見た姿を忘れようと、時間をかけて体を洗った。昂りが落ち着きを取り戻したのを確認し、湯槽に向かった。
「………何をされているのですか?」
「見てわからないか?」
「いえ、それは、わかるのですが、なぜ、そんなことを?」
湯舟の中で、ロイエンタ−ルが泳いでいた。いくら広いとは言え、風呂である。一掻きもすれば向こうの縁に着いてしまうのだが、それでもロイエンタ−ルはあっちにユラユラこちらにユラユラと、湯の中を漂っている。
「先程のご婦人が言っていたのだ」
ファ−レンハイトの対面に泳ぎ着いたロイエンタ−ルは、そこで座り直した。漸く先の質問に答えてくれるようだ。
「俺が最初に入りたいと言ったあの大浴場な、今日は子供で一杯らしい」
突然の吹雪に見舞われ、考えることは皆同じだったのだろう。
「それで、雪遊びが出来なくなった子供らは、風呂で今度は水遊びを始め、さながら、温水プールのようだそうだ」
せっかくの楽しみを途中で取り上げられた子供たちにしてみれば、大きな風呂は絶好の遊び場だろう。であれば、やはりロイエンタ−ルを大浴場に入れなくてよかった。しがない独占欲からの行動だったが、結果として真夏の市民プールの如き 喧騒からロイエンタ−ルを守ったことになりはしないか。しかし、それでは静かに湯を味わいたいだろう人が、今ここでこんな風に泳いでいるのはどういうことだろう。
「それで、貴方はなぜ泳いでいらっしゃったのですか?」
「なぜって………」
浴槽の壁を蹴り、スイッとロイエンタ−ルがファ−レンハイトの横に泳ぎ着いた。
「風呂で泳いだことなど、今まで一度もなかったからな」
縁に腕をかけ頭を凭れかけ、こちらを見上げるヘテロクロミアと目があった。ファ−レンハイトはその目に昨晩からの自分の意図が読み取られているような、気恥ずかしさを感じ、すぐ脇にある魅惑的な体に手を伸ばした。その手をするりとかわし、ロイエンタ−ルは再び湯の中に漂い始める。ファ−レンハイトはしばらくその天人の舞を眺めていた。
「楽しいですか?」
さして面白がっているとも思えない顔に、堪らず声をかけると、
「それを今考えている」
と返ってきた。ファ−レンハイトの脳裏にふと子供の頃の光景が蘇った。夏の昼下がり、兄弟たちと小川で遊んだ、その光景が。そう、子供は一人では水遊びしない。
ファ−レンハイトは気付かれないようにそっと頭の先まで湯の中に潜ると、それまで背を預けていた壁を思い切り両足で押した。そして、水中から所在無げに漂うロイエンタ−ルに襲いかかった。ファ−レンハイトに注意を払っていなかったロイエンタ−ルは、咄嗟の瞬発力で一度は身をかわしたものの、次の瞬間には長い両腕に絡めとられていた。現状を把握しきれない者よりも、明確な意図をもって行動する者の方が優位なのは必然だった。
「何を?!」
両手でファ−レンハイトの胸を押しかえし、ロイエンタ−ルは珍しく心底驚いた表情で問い掛けてきた。しかし、それには答えず少し腕を緩めると、すぐさま逃れていった。ある程度距離がとれたところで、十分に警戒心を抱いている相手に、今度は派手な動きを見せて飛びかかった。

 広いとは言え、貸しきり風呂の浴槽の中をそう逃げられる訳もない。熱い湯の中の攻防はロイエンタ−ルがファ−レンハイトの腕の中に囚われる形で結末を迎えた。
「何のつもりだ!」
 息をあげ、白い肌は赤く上気している。濡れそぼり滴を滴らせる黒髪を掻き上げ、ファ−レンハイトは不機嫌を露にしたヘテロクロミアに笑いかけた。
「何って、子供たちが大浴場でしている、遊びを真似たのです」
 楽しくありませんでしたか? と言葉を続けると、ロイエンタ−ルは呆れたように大きく溜め息をついた。そしてそのまま、脱力したようにファ−レンハイトの首筋に頭を凭れかけてきた。
「あれが、楽しいのか?」
 上下する肩を優しく宥めながら、すぐ近くのこめかみに口付けた。
「子供の遊びです。お気に召しませんでしたか?」
「これは、頂けないな」
『これは』と言うことは、
「雪遊びは、お気に召してくださったのですか?」
首筋に預けられていた頭がそっと動き、ファ−レンハイトの耳に唇を寄せ、ロイエンタ−ルは一言、
「悪くない」
と言った。吐息で紡がれたその言葉は、ファ−レンハイトの鼓膜と心を震わせ、愛しい人を抱き締める腕に、力が籠った。
暫く大人しく抱かれていたロイエンタ−ルだが、突然ファ−レンハイトの胸を突いた。離れようとする体を、腰に手を回して引き留める。
さらにきつく密着した部分に、先ほど感じたものが間違いないことを確信し、ロイエンタ−ルは身をよじった。
「そんなに、お逃げにならなくてもよいではありませんか?」
芯を持ち始めた熱を押し付ければ、ロイエンタ−ルは心底嫌そうに眉をひそめ、
「このような所で、何を考えているんだ」
と、嘆息した。
「誰も来ませんよ」
第一、愛する人の濡れた美しい裸体を目の前に、勃たぬ方が男として異常ではないかと開き直り、ファ−レンハイトは普段より血色よく艶かしい唇に唇を寄せた。嫌がる素振りを見せても、結局は流されてくれるのだ。最初は少々強引な位のことをしないと、この気難しい人をその気にさせることなどできはしない。ほら、今だって舌先で少しつつけば、熱い口内をファ−レンハイトのために明け渡してくれる。
ロイエンタ−ルが口付けに応え始めた頃合いを見計らい、ファ−レンハイトはロイエンタ−ルの下半身に手を伸ばした。そこを握り締め扱き上げ、快楽で身体中を満たして差し上げたいと、力を持ち始めた花芯に触れるかどうかのところで、その手を押さえられてしまった。
「駄目だ、このような所で」
「今は私たちの貸し切りです。誰も来やしませんよ」
「違う」
なおも、脚の間に忍び寄ろうとする手を力ずくで押さえながら、ロイエンタ−ルはファ−レンハイトから離れようとする。
「ここは、嫌だ。こんな……」
「ああ…」
誰かが来るとか来ないとか、そんなのは関係ないのだ。意外に常識的なところのあるこの人は、ここのような公共の場所でコトに及ぶことを好まないのだった。
「わかりました。しかし、」
殊更に悩ましげな表情を作り、ロイエンタ−ルを見つめる。
「これは如何いたしましょう?」
先程のキスで熱を持ち始めた互いのモノを擦り合わせると、潤んだ稀有な瞳が微かに揺れた。これはいけるか、とファ−レンハイトが儚い望みを繋ぎかけたとき、凛とした声がした。
「卿、そこに座れ」
言葉だけでなく、両脇に手を入れて体を持ち上げようとするので、逆らわず湯舟の縁に腰掛けた。

見上げるとそこに、劣情に染まったロイエンタ−ルの端正な顔が見える。ファ−レンハイトの腰に跨がって乗り上げ、二人の間で天を衝く男根を、二本纏めて握り締めている。ロイエンタ−ルに突然乗り掛かられた時は驚いた。だが、腰に跨がった分高くなった場所から施されるキスを、顎を上げて受け止めてる、このいつもと異なるシチュエーションにファ−レンハイトは否応なく煽られていた。左手をロイエンタ−ルの手に添え、共に濡れそぼった二つの屹立を扱き上げる。親指の腹で、透明な液を垂らす鈴口を揉みしだくと、小さな喘ぎを洩らし、ロイエンタ−ルが仰け反った。
「もっと、もっとキスしてください」
愛撫の手を緩めずにお願いをしてみれば、少し困ったように眉をひそめながらも、柔らかな口付けが落ちてきた。喘ぎを呑み込むように唇を貪りつつ、空いている手で浮き出た背骨を辿り、双丘の間に手を伸ばした。懸命に口付けに応じていたロイエンタ−ルだが、昨夜の名残で柔らかくなったままの部分に指を差し入れられ、「あっ」と小さな叫びを上げ、背中をしならせた。
遠退く唇に寂しさを感じる間もなく、全てを委ねるようにしがみついてきたロイエンタ−ルに、愛しさが募る。片手は辛うじて二人の中心に添えられているものの、与えられる刺激にただただ身を震わせるこの人を、もっと善くして差し上げたいと、ファ−レンハイトの心も震えた。
ロイエンタ−ルは腹の中で甘い欲望が暴れ始めるのを感じていた。膨らむ快感に耐えかねて顔を上げれば、自分と同じように余裕のない男の顔が目に入った。我が身を欲する雄の顔だ。
「俺が…欲しいか…ファ−レンハイト……」
上がりきった息遣いに、途切れ勝ちなその言葉を聞き、ファ−レンハイトは欲情して濡れる金銀妖瞳を見詰めて答えた。
「欲しい………貴方が欲しい!」
突然、ロイエンタ−ルが膝立ちになった。愛しい重みが消えたかと思ったのも束の間、再びロイエンタ−ルがゆっくりと覆い被さって来た。
「ンっ、アァ……」
「ウッ……んん」
自らファ−レンハイトを胎内に迎え入れ、その熱量の大きさにロイエンタ−ルは震えた。同時にファ−レンハイトも、自らを優しく包み込む熱さに息を詰まらせた。
ファ−レンハイトの両肩に手を置き、ロイエンタ−ルは腰を揺らし始めた。弾力性のない床に座るファ−レンハイトは、為すすべなく、ただただ己の中心に与えられる刺激を享受していた。いつもよりもよくわかるロイエンタ−ルの内部の蠢きが、ファ−レンハイトを絶頂に向かわせる。
「ハッ……ハッ………っん…んんん」
自らの動きで達するために、懸命に腰を使うロイエンタ−ルの、しとどに濡れる花芯を握り締めた。すると、みるみるロイエンタ−ルの息が上がり絶頂に向かって上り詰めていくのがわかる。
両肩にロイエンタ−ルの爪が食い込む。ピリッとした痺れるような快感がファ−レンハイトの全身を貫いた。

どちらが先に精を吐き出したのだろうか。風呂のせいばかりではない、熱いからだを寄せあっていた。ほんの少し体を動かすのも億劫なのか、ロイエンタ−ルが動かないので、二人の体は繋がったままだ。
「…………疲れた」
ファ−レンハイトの首筋に顔を埋めたまま、ロイエンタ−ルは呟いた。昨夜からの行程を振り返ってみれば、慣れぬ早起き、雪遊び、それとこのオプションだ。ファ−レンハイトは慰撫するように、汗で濡れた背中を抱いた。
「では、あとは私にお任せを……」
抜きますよ、と抱き締める腕に力を込めロイエンタ−ルの体を持ち上げた。脱力した体から残滓を掻き出し、手桶の湯で流す。ファ−レンハイトに身を任せ、ロイエンタ−ルは二人の精液が混ざりながら流れていくのを眺めていた。
「まだ眠らないで、もう少し堪えてください」
ファ−レンハイトの声に、手放しそうになる意識を、辛うじて繋ぎ止めた。


帰りも汽車を、と思っていたが、結局車を呼ぶことにした。予定以上にロイエンタ−ルが疲れ果ててしまったからだが、そこに、情事の後で妖艶さを増した愛しい人を自分以外の目に触れさせたくないという、ファ−レンハイトの独占欲が影響していることは否めない。
車内にロイエンタ−ルを押し込み、寄り添うように座った。さも当然というように自分の肩に寄りかかった愛しい人に満たされながら、ファ−レンハイトも目を閉じた。
再び目を開ければ、殺伐とした日常が待ち構えている。しかし、いや、だからこそ、とファ−レンハイトは思う。自分はこの日のことを、最愛の人と過ごした蜜日を忘れることはないだろうと。例え明日死ぬ身であったとしても、この日を得られたことで満足して死ねるだろう、と。
ファ−レンハイトは夢の中でロイエンタ−ルに唇を寄せた。
思い上がりかもしれないが、この人の心の空洞を埋めて差し上げたいと思う。心の所在も分からぬまま戦場に散るなど、寂しすぎる。
遊びも、愛し愛されることも、この世に生まれ生きているものの特権だ。
生きる実感などと大仰なことをいうつもりはない。ただ、今ここに生きるという感触を、何気ない日々の出来事に感じてほしいと思う。
「貴方のためなら、私はなんだってしますよ。いえ、させてください」

ふと今まで体に響いていた音が変わった。うっすらと目を開けて車窓から外を見ると、そこにはすでに雪はない。一抹の寂しさを覚えながら隣で眠る男を見た。日頃は年上ぶったこの男が、無邪気な寝顔をさらしている。その満足そうな姿にロイエンタ−ルは我知らず微笑んだ。そして名状しがたい疲労と安らぎに身を委ね、プラチナブロンドに頬を寄せた。この車が目的地に着く時間が遅ければいい、などとらしくないことを思いながら。


〈おしまい〉


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