Das Spielen mit Schnee(6)



朝に神秘的な姿を現した太陽が、今は厚い雪雲に覆い隠され、横殴りに雪が降り始めた。山の天気は変わりやすいのは百も承知だが、ここまでの悪天候は予想していなかった。アウトドア用のアウターを着込んだファーレンハイトはまだしも、そうでないロイエンタールはこの雪と寒さは厳しいだろう、先程から目立って口数の少なくなっていた。
かねてからの計画では、このまま橇で麓まで下りてしまおうと思っていた。だがこの吹雪ではそれは叶わないことは明白だ。間違ってもそんなことをすれば、まさしく引くときに引けない男になってしまう。
「もう少し下りたところに、休憩所があったはずです。とにかくそこまで行きましょう」
これ以上、愛しい人を寒さに凍えさせることはできない。叩きつける吹雪の痛みも何もかも、全て自分が引き受けてしまいたかった。



暖かい館内に入ると、払いきれなかった雪が溶け、ロイエンタールの衣服はぐっしょりと濡れてしまった。
「風呂があるんだな」
館内表示を並んで見ていると、ロイエンタールがポツリと言った。冷えきった体を湯につかって温めたいのだろう。
「そのようですね……。まず、お召し物を乾かさなければ」
「風呂がある」
「いけません」
「なに?」
「ここは所謂公衆浴場というところです。貴方をこのようなところに入れるわけには参りません」
「…………」
ファーレンハイトはなにも公衆浴場だからいけないというのではない。たとえどこであったとしても、ロイエンタールの裸体を衆目に晒すことなど、許せることではなかった。
なにやら言いたげなロイエンタールを、ストーブの側に座らせ、ファーレンハイトは念押しした。
「私が戻ってくるまでここから動かないでくださいね。くれぐれも一人で風呂に入ろうなどとなさらないでください」

その足でファーレンハイトはこの施設の案内所に向かった。濡れて凍えるロイエンタールを早く何とかしてやりたかった。風呂に入りたいという気持ちは重々承知だが、あんな魅惑的な裸体を無防備に晒して、間違いなどがあってみろ、ファーレンハイトは自分の過怠を生涯呪い続けることだろう。
ーーいや、待てよ。
いかに大衆浴場であったとしても、常に自分がそばに控えていれば、間違いなど起こりようもないのではなかろうか。自らに対しては危機意識の低いロイエンタールも、その状態で何か仕掛けてくるような不届き者がいれば、さすがに警戒するだろう。
ファーレンハイトは情けなく笑った。結局のところ、今ロイエンタールを凍えさせているものが、しがない自分の独占欲に過ぎないことを悟ったからである。

案内所の若い女性は、ファーレンハイトを見て頬を赤く染めながら、彼に最善策を与えてくれた。連れの衣服を乾かしたいと、「連れ」という言葉に女性の気配を感じた彼女は、恋人と過ごす最も相応しい方法を提示してくれたのだ。それは、衣服も乾けば、冷えきった連れの体も温まる一石二鳥の内容だった。少々値ははるが、「時間制限もございませんので、どうぞごゆっくり」の言葉に、ファーレンハイトは一も二もなく飛び付いた。

手続きを済ませて先程の場所に戻ってみると、ロイエンタールの姿がなかった。あんな悪目立ちする人を二度も見失うなど、今日はどうかしているなと、内心の焦りを隠して休憩所を歩き回った。
「ちょっと、貴方」
ロイエンタールと別れたストーブ前に戻ってきたとき、突然覚えのない声に呼び止められた。
「私、ですか?」
声の主は初老の女性だった。
「ファーレンハイトさんね?」
「はあ」
見知らぬ女性はファーレンハイトの顔に浮かんだ戸惑いを見てとり、優しく微笑んだ。
「貴方、お連れの人をお探しじゃないのかしら?」
ファーレンハイトの戸惑いは驚きに変わった。



「そんなに濡れなさって、お風邪を召しましますよ」
知らず知らずにウトウトとしていたロイエンタールは、おそらくは自分に対して掛けられた聞き覚えのない声に顔をあげた。
「まずはそのマフラーを外した方が良さそうね」
顎が埋まるほど、ぐるぐる巻きに巻かれたマフラーは、外では雪と冷気の侵入を阻んでくれていた。だが、午後からの吹雪に凍りついたそれは、今ストーブの仄かな熱に溶けて、ロイエンタールの身体を冷やしている。
ロイエンタールは言われるままに、マフラーに手をかけた。しかし、首の後ろの結び目が固くて容易に外せない。
「相当しっかりと結んであるのね。ちょっとごめんなさいね。はい、外れましたよ」
びしょ濡れのマフラーをきちんと畳んで手渡す、初老の女性を彼は見た。どこか彼を育ててくれた人に似ていた。
「ああ、ありがとう」
懐かしげな面差しと物腰が、ロイエンタールの頑なな心を溶かしたのだろう。それからあれこれと言葉を交わし始めた。普段の彼を知る者には目を疑うような光景だった。
「…………突然の吹雪で、災難でしたわね。今日は下まで滑るのはよしておいた方が良さそうよ、残念でしょうけど」
「いや、残念なのは連れの方でしょう。そのためにわざわざここまで連れて来られたようなものですし………。いい年をした男2人が橇遊びなど、とお思いでしょう?」
「そのようなことはありませんけど……」
「………」
「どうしてお連れの方は、貴方をこんなところにお連れになったとお思いなのかし ら?」
「どうして、か………」
それはすなわち、ファーレンハイトがなぜロイエンタールに橇遊びなどをさせたのかということだ。
「橇遊びなど……」
冷ややかなと形容される秀麗な横顔に、ふと柔らかな笑みが浮かんだ。
「今までしたことがなかったな。これまで、一度も」
「まあ、ご幼少の時も?」
「ええ。だからかもしれません」
ファーレンハイトに自分の子供時代のことなど、話したことはなかった。唯一それを僅かに知るのはミッターマイヤーだが、彼が口外するはずもない。おそらくは妙に鋭いところのあるファーレンハイトが、敏感に嗅ぎとったのだろう。自分の中の大きく欠落した部分。それを自覚しないではないが、たいして重要なことではないと思い今まで見ないふりをしてきた。ファ−レンハイトはそれをどのように思って見たのだろう。不憫に感じてか、それとも同情をもってか・・・。しかし、確かに言えることがひとつある。それは、この馬鹿馬鹿しい遊びに付き合わされて、得も言われぬ満足感を感じていることだ。そして、それが終わることに、渇望するような切なさを感じている。まるで、心の奥深くに人知れず住まう幼い自分が、まだ遊び足りないと言っているように。
−−埋め合わせか。
 ファ−レンハイトの誘いには確かにその言葉があった。
−−何を”埋め合わせ ”るつもりだったのか・・・。
「子供時分に出来なかったことを、させてくれようとしているのかもしれません」
「まぁ」
 老婦人は優しく微笑みかけた。
「よいお友だちをお持ちね。貴方、とても大切に思われている」
 ファ−レンハイト本人から告げられるより、老婦人の言葉を介した方が、彼の気持ちを素直に受け入れられるような気がした。
「そのようですね」
ただし、それに応えられる自分ではないことに変わりはないが。
 その後、見かけ倒しのスト−ブの前から、暖気の吹き出し口に近い席に移動をし、これからのことを一頻り話した後、老婦人はロイエンタ−ルに別れの挨拶をした。「お連れの人を見かけたら、ここにいると伝えておくわね」と言いおいて。


「貸切りの風呂があるそうですよ」
 濡れそぼったロイエンタ−ルの腕を引き、ファ−レンハイトは聞いておいた場所に急いだ。
「そのようだな」と返すロイエンタ−ルを不思議そうに見返すと、さっきの老婦人に聞いたのだという。だったら話は早いと、手続きを済ませておいた個室にこの高貴な濡れ鼠を押し込んだ。
「そこのランドリ−で、それもすぐに乾かしてもらえるそうです」
 早く早くと急かされて、着ているものを取り上げられたロイエンタ−ルは、一人浴室に向かった。露天の雰囲気を出すために一面の壁がガラス張りにされた、木の香りの芳しい桧風呂だった。家族で利用することを想定してか、小さなプ−ルほどに大きかった。なみなみと湛えられた湯の中で、凍えきった体は温められ、溶けていくような心地よさを感じた。

《続く》
 
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