ゼーアドラーにて
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久しぶりに、ロイエンタールは高級士官クラブ『海鷲』の扉を開けた。明かりを抑えた落ち着いた室内に、心地のよいざわめき。郷愁に近いような思いが、胸を切なく締め付ける。それほど長く離れていたわけではないが、オスカー・フォン・ロイエンタールという一人の男としての時間がここにはあるように思える。
「よお! ロイエンタール。久し振りじゃないか」
「こら、ビッテンフェルト。軍内において階級は絶対だぞ。ちょっとは敬った言い方はできんのか」
ミッターマイヤーがいればいいなとの期待は裏切られ、最も同席したくない人物に声を掛けられてしまった。このまま回れ右をして出ていこうかとも思ったが、またとない機会である。同じ席にワーレンがいるのが不幸中の幸いか。しかし、この同期生3人が揃うと今までろくなことがなかったような・・・。
誘われるままに席につき、いつものをと頼んだ。
「ちょうど、卿のことを話していたのだ」
ワーレンがほろ酔いの目をロイエンタールに向けてきた。光の加減でよくわからないが、恐らくビッテンフェルトもかなり酔っていると思われる。
「俺の? どうせろくなことを話していまい」
運ばれてきた黒ビールをグッと飲み干すと、
「いやいや、そうでもないぞ、なあ?」
と、普段よりオレンジ色の髪を乱したビッテンフェルトに同意を求めた。
「ふん」
不機嫌そうに鼻をならしたビッテンフェルトは、憤懣やる方ない様子で言った。
「なぜ、人格破綻者で人間も失格してそうな卿が結婚できて、真面目一徹で男の中の男である俺が結婚できんのだ?!」
「何だ、それは?」
「それはだな・・・」
ワーレンの話によると、ビッテンフェルトは今日偶々立ち寄った王宮で、偶々女官たちの噂話を耳にしたのだという。その内容が、
ーーロイエンタール元帥って素敵。
ーーご結婚されてお子様もいらっしゃるからか、落ち着きが出て、大人の男って感じがするわ。
ーー以前の危険な感じの元帥も素敵だったけど、今は真の王候貴族っていう雰囲気よね。
ーーフェリックス様のご面倒もよく見ていらっしゃるのでしょう? 普段のクールなご印象とのギャップが萌えですわ。
などなど。それが一段落すると、こんどは独身の提督たちの噂話が始まったのだという。
一番好感が高かったのがミュラーで、結婚経験者のワーレンはそのことを軽く触れられて話は終わったのだという。そして、最も扱き下ろされたのが、今目の前で怒りを露にグラスを傾けるビッテンフェルトだということだ。
いわく、
ーーがさつで乱暴で無神経。
ーーデリカシーのなさが度を越えていて、一緒にいるだけで恥ずかしい思いをしそうだわ。
ーー俺が俺がってタイプは、自分がいちばん可愛いタイプよ。奥さんになる人は忍耐が必要だわね。
などなどなど。それを全て聞き終え黙って戻ってきたビッテンフェルトは、その胸にたまりにたまった鬱憤を、ワーレン相手に吐き出していたというのだ。
「だいたい、卿の結婚自体が普通じゃないだろ? 犯罪だぞ、あれは!」
ロイエンタールとエルフリーデの馴れ初め(?)を知る二人は、あの当時の騒動を思い出し、片やニヤニヤと笑い、片やプンプンと怒った。
「・・・ふん。結果オーライだろう?」
「オーライであるもんか!」とはビッテンフェルト。
「俺は卿が家庭を築き、よき夫よき父となったことを嬉しく思うがな」とはワーレン。
久しぶりに珍しく同期生が揃い、3人は中身のない軽口をたたきあいながら楽しい一時を過ごした。例えそれが望んでいたものではなくても、それはそれで有意義な時間のように思えた。
「それにしても、卿、よく飲みに来れたな」
「ん?」
「ロイエンタール閣下は、嫁御の尻に敷かれておるとの専らの評判だぞ!」
「は? 尻に敷かれる? この俺が? あの女に?」
アルコールの程好く回ったロイエンタールの顔に、冷笑が浮かんだ。なまじ整った美貌のせいで、こういう表情を浮かべると様になるな、とワーレンは思った。
「どこからそういう噂が起こるのだ。馬鹿馬鹿しい」
「・・・・・・・・・、何か鳴っていないか?」
地獄耳でもあるビッテンフェルトが指摘し、三者三様に携帯端末を確認した。ロイエンタールは自分の端末の表示画面に自宅の番号を認めて眉を潜めた。
ちょっと失礼と席を立とうとすると、ここでいいぞと親切ぶった二人に引き留められ、しぶしぶ応答のボタンを押した。出来れば場所を変えたかったが、あまり長時間放置しておくと、あとが怖い。
「・・・俺だ」
「何? お前今晩は出掛けるとか言っていなかったか?」
「え?! 明日。そうだったか、俺はてっきり今晩だと・・・」
「ああ、そうだな、そうだった。フェリックスの風呂の時間にまでは戻る」
「まだそんなに飲んではいない。大丈夫だ」
「わかったわかった。今すぐ帰るから用意をして待っていろ」
気まずい思いでロイエンタールは通話を終えた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
暫しの沈黙の後、「では俺はこれで失礼する」と、洗練された身のこなしでロイエンタールは立ち去った。その後ろ姿に、女官たちにデリカシーの無い男とレッテルを貼られた男の笑い声が、追い討ちをかけるようにゼー・アドラー中に響いた。


おしまい

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