Das Spielen mit Schnee(4)



「閣下、起きてください」
重い瞼を押し上げたが、そこにはまだ夜の闇が充満していた。ぼんやりと白く浮かび上がる人影に、ロイエンタールは怨嗟の声を上げた。
「まだ夜ではないか」
布団の上から覆い被さるファーレンハイトは、額にチュッとキスして覚醒を促す。
「もうすぐ夜が明けます。樹氷を見に行きましょう? 日の出のときが一番美しいそうですよ」
「樹氷?」
ロイエンタールは昨夜カーテンの隙間から見た景色を思い出した。寒々とした枯れた木立の姿だ。
「いい。昨日見た」
掛け布団を引き上げ、態度での意思表示を試みるが、ファーレンハイトも簡単には引き下がらない。布団の隙間に身をこじいれると、ロイエンタールの背後から抱きついた。寝惚けて力が入らない裸体に手を回し、主人と同じように気持ちよく脱力する股間に手を伸ばす。腕の中の体が、ピクッと跳ねた。
「行かないのなら、今から一発ヤりませんか? 幸い、時間もあることですし……」

結局、夜明け前から極寒の世界に連れ出され、ロイエンタールはファーレンハイトと肩を並べて評判のビューポイントに立っていた。昨夜ファーレンハイトが買い揃えた諸々の物を身に付け、寒さは凌げてはいるが、体の怠さはいかんともしがたかったが。
「ほら、夜が明けますよ」
白い山脈の向こうの空が、急に明るくなった。神々しく姿を現し始めた日輪は、凍った木々の端に光を灯した。
「綺麗ですね」
「ああ」
ロイエンタールは樹氷と同じように陽光を纏いつかせた隣の男を、呆れるように見た。
「確かに美しい。夜が明けて世界に光が満ちていく様は、俺のようなものにも敬虔な気持ちを抱かせる。が、しかし……」
ロイエンタールは、驚いたように目を見開いているファーレンハイトを見据えた。
「そんなに俺を子供扱いするな。たかだか4年の差ではないか」
「ああ……」
ファーレンハイトは何か得心したように頷き、目を細めてロイエンタールを見た。
「閣下を子供扱いしているのではありませんよ。ここに来て、これからのことを思うと、私自身、童心に戻っているのです。ですので、子供っぽい口振りになってしまっていたのでしょう。ご容赦ください」
ここに来てからのことだけではないのだが、と微かな齟齬を感じつつも、目の前で機嫌良さそうに微笑む顔を見ていると、それを指摘できなくなった。
「で、卿は俺に何をさせようというのだ?」
もうどうせ、こんな所にまで来てしまっているのだ。甲装服や装備品を担いだりしていないだけましと思って、スキーだろうがスノーモビルだろうが付き合ってやってもいいとロイエンタールは思っていた。
「とっても楽しいことですよ。私もいつかしてみたいと思っていたのですが、今まで機会がなくて。お付き合いくださいませんか?」
「ここまで連れてきておいて、今さら俺の意向を聞くな」
軽く忍ばせた嫌味は、意外に鉄面皮な連れの男には通じなかったようで、相変わらずニコニコとしていたが、不意に手を伸ばすとロイエンタールを抱き寄せた。周囲に人も目も無くはない。胸を押し返し体を離そうとするが、腰に回した手はロイエンタールに見えないところでがっちりと組まれているらしい。
「ずっと楽しみにしていたことなんです。例え何であっても付き合ってくださいますか?」
諾の返事を与えねば、この状況から解放されないように思い、初めからそのつもりでもあったので、
「分かった」
と返事をしてしまった。もしうんと言ってくださらなかったら、一日中ベッドの上で過ごすことも考えたという物騒な言葉が耳に入り、消極的ではあるが自分の選択は間違っていなかったと思った。


「これは………何だ」
「橇ですね、そ、り」
ロイエンタールはこの白い男を、雪の中に埋めてやろうかと思った。しかし、そうするとここから帰る術をなくしてしまう。荷物も先に送ってしまっている。いつの間にか周到に外濠を埋められていた。ファーレンハイトにすれば、そのくらいのことをしなければ、ロイエンタールにこんな馬鹿げた遊びをさせられないとの思いがあったのだが。
「橇など、本当の子供の遊びではないか」
溜め息をつくように、最後の抵抗を試みるが、
「子供の遊びと、そう申し上げませんでしたか?」
と、全く相手にしてもらえない。
「それに、橇は子供だけの遊びではないのですよ」
ファーレンハイトは貸出の手続きを終えた、大型の橇を曳きながら肩を並べて来た。
「この山には橇滑りのコースが整備されていて、橇で滑って下まで下りられるのです。かなりスピードも出ますし、それなりに技術も必要です」
確かに、周囲には子供連れと共に若者の姿も多いが、ファーレンハイトが曳く橇を下げているのは、性別の異なった者たちだ。
「タンデムである必要はあるのか?」
「もちろんです。閣下は初心者ですからね。お一人では危ないです。この時期に帝国の双璧に怪我などさせられませんでしょう?」
それに、せっかく二人で来たのに、別々の橇に乗って何が楽しいのか? と言葉を続けたファーレンハイトに、恐らくはこちらの理由が主なのだろうと見当がついた。
促されるままに橇の前方の席に着いたロイエンタールを、足の間に挟み込むようにファーレンハイトが後ろに座る。背後から腕を回され腰を引き寄せられ、二人の体は密着する。
「おい、少し離れろ」
「こうして乗るものなのですよ」
身をよじってファーレンハイトを押し返そうとするロイエンタールに、そうはさせまいとするファーレンハイトの耳に、甲高い女の笑い声が入った。声の方を見ると、タンデムの橇に乗った女が連れの男に笑いかけている。恋人同士の仲睦まじい光景とも言えなくはないが、チラチラとこちらの様子を見る目線に、男同士で橇に乗る自分達を馬鹿にしている空気が伝わってくる。ファーレンハイトはまずいなと思いロイエンタールを見ると、彼と同じようにさして遠くない所にいる彼等の様子を窺っていた。人の視線や思惑など歯牙にもかけない人ではあるが、そこに侮蔑の色が少しでも含まれていれば話は変わる。ファーレンハイトは心ごとにロイエンタールを抱き締めるように、腕にぎゅっと力をいれた。

〈続く〉


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