Das Spielen mit Schnee(3)



汽車はゆっくりと山頂付近にある終点駅に滑り込んだ。辺りは暗く、様子ははっきりとは見てとれないが、肌を刺すような冷気と風雪に、とんでもないところに連れてこられたという思いにとらわれた。少し前を歩く元凶の男は、分厚いダウンコートに毛糸の帽子をかぶり、さらにマフラーと耳当てで完全防備の構えである。まるで雪中行軍訓練にでも行くのかとからかったとき、曖昧に笑っていたが、まさかあれが当たっていたとは思わなかった。ロイエンタールは何も確認せずに付いてきたことを、猛烈に後悔し始めていた。
「どうしたのですか?」
突然立ち止まったロイエンタールに気づき、ファーレンハイトは来た道を少し引き返してきた。
「寒い」
寒さに引き締まった表情は、ファーレンハイトには寒さを忘れさせるほどに魅惑的だが、当の本人はそれどころではないらしい。
「チェブランカよりよほどましでしょう?」
「あれは仕事だ。誰も好き好んでこんな寒いところに来るまい」
「おや、ご覧になりませんでしたか?同じ列車にファミリーやカップルも沢山乗っていましたよ」
「ふん」
寒さのあまりに駄々を捏ねているだけだとわかるので、ファーレンハイトはロイエンタールにぐっと近寄ると、ジャケットの襟元に引っかけるように品よく巻かれたマフラーを外した。そして、それを今度は顎が埋まるほどにぐるぐると乱雑に巻き付け直した。
「さ、早く行きましょう。皆もう行ってしまいましたよ」
人の目のないことを幸いと、手を握って引くと、数歩歩かぬうちに再び引き止められた。
「今度はどうなさいましたか?」
我が儘を言いやすいように、極力優しく声を掛けると、「耳が痛い」と返ってきた。苦しそうに眉をひそめるのを見て、ファーレンハイトは自分の耳当てを取って、ロイエンタールに着けてやった。
「本当に、少し急ぎましょう。この距離で遭難しそうだ」
もう一度手を握り直し、降り積もったばかりの柔らかな雪の上を、もつれるように歩いていった。

チェックインを済ませ、売店で明日必要になる物をロイエンタールのために買い揃え、暖炉の前に戻ってみると、ロイエンタールが普段は絶対にしないような投げやりな格好で座っていた。
「ああ、裾が濡れてしまったのですね。雪避けを買いましたので明日は大丈夫ですよ」
「明日……、何をするんだ」
億劫そうに見上げるヘテロクロミアを微笑みでかわして、ファーレンハイトは手を引いてロイエンタールを立ち上がらせた。彼等が最後の客だったようで、煌々としていたロビーの灯りが半分に落とされた。二人分の荷物を提げながら、ふとファーレンハイトは思った。こんなベルボーイもいないようなホテルに泊まることなど、今までになかったのではないだろうか、と。 ログハウス風に作られた山のホテルは、旅情豊かで物珍しいはずであるが、そんなところに目を留める余裕のないほど、ロイエンタールは疲れきっているようだ。これでは夜も一悶着ありそうだと、そんなことも楽しみに思えるファーレンハイトだった。


シャワーを終えて部屋に戻ると、入れ替わりにファーレンハイトがシャワールーム姿を消した。ロイエンタールはベッドに腰かけると、微かに聞こえてくる水音を聞きながら、なぜ自分がここにいるのかを考えた。二人で過ごすためだけなら、もっといくらでも場所はあるだろう。極論だが、官舎でもよいくらいだ。ロイエンタールはベッドサイドの分厚いカーテンからそっと外の様子を覗いてみたが、街灯に照らされた、雪を纏った木々の寒々とした姿しか確認できない。
ーー本当に、俺を雪遊びなどに付き合わせようというのか?
士官学校の教育の一環として、スキーは必修であった。また、冬の長期休暇を使ってスキーに行くとか行ってきたとか言う話もよく耳にしたものだ。しかし、甲装服を着てのスキーの印象が強く、あんなことにわざわざ時間を取って行く奴の気が知れないと思っていたのだが。
それにもう一つ、ロイエンタールには気付いたことがある。 本人はそうと意識してのことではないだろうが、 二人で過ごすとき、ファーレンハイトが彼を子供扱いすることがある。カチンとくるときもあるが、普段は上位者として自分を立てているから、その反動かと理解していた。しかし、どうもそれが今日は度を越しているように思われるのだ。
ーー子供に雪遊びか……
ロイエンタールは自分の思い付きにクククっと笑った。子供相手では決してできるはずのない、このベッドの上でのこの先行われるであろう行為を思ったらかである。


熱く絡みつくロイエンタールの中を、これ以上ないくらいに深く穿つ。そのたびに小さく震える体に愛しさが募る。殊更にゆっくりと抜き差しを繰り返す。それは、ファーレンハイトにとってはかなりの忍耐を要する行為ではあるが、今夜はロイエンタールのために尽くすと決めていた。それに、もどかしい快感も、これはこれでよいものだ。
しかし、ロイエンタールがこれほどの優しいセックスを望んでいたとは、今までに何度も肌を重ねてきたのに、迂闊にも気づかなかった。この美しい人に見切りをつけられないように、快楽に溺れさせようと攻め立ててきたことを少し悔いた。感じやすい体はそれに応えてくれていたが、それは単に快楽を得るための行為として、深く感じさせることはできていなかったのかも知れない。やはり、愛されたいのだ、この方は、とファーレンハイトは思う。ロイエンタール本人は、ただ気持ちよくなりたくてそれを望んでいるのかもしれないが、その心の裡にある渇きを彼は見たような気がした。
『俺を甘やかしてくれるのだろう』
風呂上がりの彼に、珍しく自分からキスを仕掛けてきたロイエンタールは、挑むように妖艶に微笑んだ。どうしほしいのですかとの問い掛けに、『覚悟しろ』と応じたロイエンタールを組み敷き、いつもの前戯を施そうとした。だが、ファーレンハイトのその指や唇は、魅惑的な体に触れて官能を掻き立てようとするたびに、先の動きをロイエンタールの手に阻まれた。何度かそのようなことを繰り返し、ファーレンハイトはロイエンタールの望みに気付いた。慈しむような細やかな愛撫に、満足そうな溜め息を付いた艶美な表情に、情欲をいやがおうにも掻き立てられるが、それを押し殺す。
「ハァッ……あぁっ………」
もどかしいほどの快感を拾い上げて、ロイエンタールは絶頂に上り詰め、眉をひそめて恍惚とした表情を浮かべている。柔やわと弄んでいた陰茎は、止めどなく涙を流し続けている。力なく背に回された両腕が爪を立て、震える指先が背骨を辿り下がって尾てい骨辺りをさまよった。双丘の間を擽るような指の動きに、腹の底から込み上げてきた射精感に、ファーレンハイトは小さく呻いた。心地よい締め付けの中にあったものを、ギリギリまで引き抜くと、大きく息をついて熱い感覚をやり過ごした。
ふと、ファーレンハイトは視線を感じ、きつく瞑っていた目を開けた。腕の下から潤んだ金銀妖瞳が見上げてきていた。目が合うと、蕩けた表情でニヤリと口の端を上げた。
「どうした? 余裕がなさそうではないか」
「この手が、いたずらなさるので……」
背中から両腕を引き剥がすと、掌を合わせるように手を重ね、指を絡めてシーツに押し付けた。落ち着きを取り戻した中心を、もう一度奥まで押し込め、そのまま噛みつくように口付けた。しかし、口付けは長くは続かなかった。どちらの口からとなく喘ぎが洩れた。
「………イキたいか?」
それは、ロイエンタールに『イカせて』と言わせたくて言う、いつものファーレンハイトの台詞だった。望む言葉を得たことは一度もないが、絶頂の間際に掛けられている言葉は、ロイエンタールの耳には確かに届いていたようだ。意趣返しのつもりか、それを今日は、いつもより余裕のあるロイエンタールが口にした。
「はぁ……」
ファーレンハイトは握りしめていた手を離すと、抱きつくように白い首筋に顔を埋めた。ロイエンタールの腕が再び背に回されるのを感じながら、彼は熱い吐息と共に言葉を吐き出した。
「イキたい……。イカせてください、閣下………」
いい終えると、ファーレンハイトは絶頂に向けて、大きく腰を打ち付けた。

〈続く〉


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