lache einmal mehr(2)



「おお、いたいたロイエンタール!」
周りの者がみんな振り向くほどの大声 とともに、目の前に影が差し、ロイエン タールはにらみつけるような視線を向け た。大抵の者が怖じ気付くような視線を 投げつけても、この相手は怯むような繊 細な感覚は持ち合わせていないようだ。
「いま、お前の部屋を訪ねていったのだ が、いなくて探していたんだぞ!」
ロイエンタールの前にどっかりと腰を下ろしたビッテンフェルトはそう言うと にっこりと笑った。
ロイエンタールはこのオレンジ色の髪 をした同級生が苦手だ。他のクラスメイ トと違い、彼に積極的に関わってこよう とする。そのたびに、こちらからは拒絶 の信号を出しているはずなのだ が・・・。
しかし、一度 や二度や三度や・・・数 え切れない拒絶にもへこたれないねばり 強さと楽観がビッテンフェルトにはあった。いや、単に鈍感なだけだったかもし れない。
今も、寮で与えられた四人部屋では落ち着かないので、いつのまにか彼専用に なっているこの談話室の窓際の一隅で過ごしていた自分だけの静かな時間を破られてしまった。
その不機嫌さもあわせて、
「探してくれと、頼んだ覚えはないが」
おもいっきり嫌みを込めた返事を返したが、
「がははは!当然だ!用があるのは俺の 方だかな!」
まったく通じていないにちがいない。
このままさらなる嫌みを重ねたくなっ たが、その気持ちをぐっとこらえた。回 りくどい嫌みが通じる相手ではない。そ れは今までの経験から間違いない。それなら、 相手の用を聞いてやって追い返し た方が早くこの鈍感な同級生から解放されるに違いない。
他の者が見たなら死んでしまうのではないかというほど、冷たい光を金銀妖瞳にたたえながら、
「何の用だ」
と応じた。
「うむ!それなんだが・・・」
いいながら、二人の間にあるテーブルに ドカっと理化学のテキストを投げ出した。
「今日の授業のな、あれ、なんといっ たっけか、とにかく今日やったところ、よくわからないんだ。教えてくれよ。」
「今日の・・・、ああ、それならお前が いつもつるんでいる奴ができるだろう。 そいつに頼め」
これでこの騒がしい男を追い払えると思ったところに、そのいつもつるんでい る奴が顔を出した。
「ああ、やっぱりここにいたのか。ロイ エンタール 、そいつに教えてやってく れ。俺が教えてやってもちっともわから んと言うんだ」
事態は悪い方に進んでいるようだ。
「そうだ。ワーレンではわからん。だか ら、もうお前しかいないんだ」
「ワーレンに聞いてもわからんのなら、 俺が教えてもわからんのではないか?」
言外にお前の頭が悪いんじゃないかと いうニュアンスを漂わせる。
「なあ、そんなこと言わずに頼むよ! 俺、前回の試験でぎりぎりだったんだ。次挽回しておかないと、マジやばいんだ よ!」
「俺からも頼むよ、ロイエンタール。こ いつ頑固で、納得できないと理解できな いっていうんだ。俺もけっこう頑張ってみたんだが駄目だって・・・。それに俺 も今日のところにはわからんところがあ るんだ。上辺でわかったように思ってい たが、本当は理解できていないんだと思 うんだ」
目の前にいる相手に言うにしては、不適切なほどの大声で話す奴がいるので、 その普段にない取り合わせの三人を、興 味津々で見られていた。
「・・・・わかった」
この不本意な状況と、不愉快な視線から早く逃れるための他の手段は、もはや存在しなかった。

「ははぁん、そういうことか・・・」
ロイエンタールの説明の内容を反芻し ながら、ビッテンフェルトは章末の応用 問題を解いてみた。
要所要所でロイエン タールに確認しながら、そのたびに適切 なヒントやら「自分で考えろ」と指導を もらいながら、式を完成させ解を導き出した。
「できた!」
「当然だ」
「ああ、俺もよくわかったよ」
ワーレンもビッテンフェル トのお世辞 にもきれいとはいいがたいノートをのぞ き込んで言った。
「しかし、大筋では教官やワーレンの説 明と変わらなかったのだが、ロイエン タールの説明を聞くと、すんなりとわ かったぞ。どうしてだ?」
「ああ、それは・・・」
ロイエンタールはその種明かしをした。
教官毎に教える癖があること。特に 普通学では文系の教官は必要もない説明を加えることが多く、理系の教官はその逆であること。特に理化学の教官はその傾向が強く、既習内容については一切の 注意や確認なしにわかっているものとして説明するということを。
「まあ、俺たちは理化学の専門家になろ うっていうのではないからな。この程度で問題さえ解けるようになっておけばいいだろう」
ワーレンは感心した風にう なずき、 ビッテンフェルトは例の大声を二倍は大 きくして言った。
「ロイエンタール、お前教え方うまい な!お前ならあの教官以上の専門家にな れるぞ!」
「・・・俺は軍人になるためにここにい るんだ!」
低い声でそう言い放って、不機嫌そう にロイエンタールは席を立った。そのま ま談話室を出ていく後ろ姿を見送りながらビッテンフェルトはワーレンに尋ねた。
「俺、何か気に障るようなことを言った か?」
「ああ、言ったんだろうな」
今までいつになくいい雰囲気だったが、 その時間はまるで夢のように消えてしまった。



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