Das Spielen mit Schnee(1)



朝、目覚めるとあまりの寒さにファーレンハイトは身をすくめた。もしやと思いカーテンを開けると、帝都はうっすらと雪化粧していた。
その年初めての軍用コートを身に纏い、町に出ると、気の早い子供達が、雪だるまを作っていた。ほうっと息を吐き出すと、白くなって空に上っていく。泥の混じった薄汚い雪だるまを誇らしげに見る子供達を見ると、ファーレンハイトは幼い日のことを思い出した。
貧乏人の子沢山とはよく言ったもので、ファーレンハイト家も、ご多分に漏れず兄弟が多かった。数少ない玩具を取り合って喧嘩が絶えなかったが、この季節は特別だった。スケートにスキーにそり。数が限られたそれらが回ってくるまで、雪でいくらでも遊べた。肌を刺すような寒気も兄弟が体を寄せあえば、怖れるに足らなかった。雪の日は、そんな幼い日のことを、いつでも懐かしく思い出させてくれる。
ファーレンハイトの前を、兄に曳かせたそりに乗る弟が横切った。それを微笑ましく見送ったとき、ふとあの人のことを思い出した。
兄弟はいないと聞いた。つまりは富豪貴族の一人息子。金にものを言わせた贅沢な遊びをさんざんしてきたと思いきや、実はそうではないことを、ファーレンハイトは気づいていた。それだけではない。あの人は、子供らしい遊びを何もご存じない。
あの人ーーファーレンハイトが思いを寄せる格上の僚友オスカー・フォン・ロイエンタールは、帝国軍内で最も優秀な軍人の一人であり、帝国内でも屈指の資産家でもある。しかし、近しく付き合うようになり、彼の人の心にある満たされない何かを感じるようになった。何かはあくまで何かなのだが、それがファーレンハイトには気にかかって仕方がない。それで、まるで弟を案じる長兄のように、あれこれと世話を焼きたくなってしまう。
特に、遊び足りない子供の部分を満たしてさしあげたいと、そう思う。それができるのは自分だけだという自負が、何となくファーレンハイトにあった。
再び降りだした雪を手袋をはめた手で受け止め、ファーレンハイトは一計を案じた。以前の約束を果たせなかった穴埋めをまだしていない。それを口実に強引に連れ出せば、嫌とは仰らないだろう。そのためには、まずロイエンタールの予定を押さえなければ。つまらない女などに先を越されては堪らない。
その日の昼休み、ファーレンハイトは早速行動を起こした。


昼食を終え、執務室でレッケンドルフの淹れたコーヒーに口を付けようとしたとき、来客を告げるベルが鳴った。現れたのはいつになく妖しげな笑みを浮かべたファーレンハイトだった。妙に強張った表情のレッケンドルフに、ファーレンハイトの分のコーヒーを新たに入れさせ、ロイエンタールはソファーに身を移した。何時もなら気を使って席をはずす優秀な副官が、今日はそ知らぬ顔で脇に控えている。
「レッケンドルフ、少し外してく
れ」
苦笑いをしつつ命じると、渋々の体で下がっていった。
「えらく警戒されているではないか。あれに何かしたのか?」
「いえ、何も」
彼にはしていない、しているとすれば・・・。それにあれは警戒などではなく嫉妬だ。相変わらず妙に鈍いところがある。それがこちらにとってはありがたくはあるのだが・・・。
「ところで」
と、ファーレンハイトは切り出した。
「この年末の長期休暇のご予定をお伺いしたいのですが」
ロイエンタールはカップを持つ手をつと止めた。来訪の意図を読み、ちらりと艶やかな目付きになった。
「なんだ、そんなことを聞きに来たのか」
「私にとりましては、重要なことですので」
ソファーの背もたれに身を預け腕組みをして黙り込んだロイエンタールを、ファーレンハイトはじっと見詰めた。その勿体振った態度に一抹の不安を覚えつつも、甘えるように重ねて尋ねた。その様子に満足気にフンっと鼻を鳴らすと、ロイエンタールは「何もない」とぶっきらぼうに答えた。
「え?」
「だから、予定など何もないと言っているのだ。不服か?」
「いえ、その、予想外なお返事でしたので」
「なんだ? 予定があった方がよかったのか? それなら今からでも入れるが」
ファーレンハイトは慌てて手を振った。女性の影が絶えないロイエンタールが、長期休暇に予定を入れていないなど、俄には信じられないことではあるが、これはファーレンハイトにとっては僥倖という他ない。
「では、仕事納めの夕刻からの二日間を、私に下さいますか?」
ここからは勢い勝負だった。ファーレンハイトはロイエンタールの返事を待たず、捲し立てるように一気に話した。
「この前の埋め合わせをさせてください。1800にお迎えにあがりますので、暖かい服装をご用意しておいてくださいね。では」
ファーレンハイトはそう言い終えるとすぐさま立ち上がり、ロイエンタールの執務室を後にした。ちらりと盗み見たロイエンタールが、その特徴的な瞳を大きく見開いて何か言いたそうにしていた。しかし、これでいい。ファーレンハイトは自分の執務室に戻る廊下を、軽い足取りで歩いていった。

ロイエンタールと特別な付き合いを始めてから、わかったことがあった。それは冷淡で酷薄に見られている彼が、実は義理堅く情が篤いという面を持ち合わせているということだ。だからこそ、ミッターマイヤーと親友付き合いを長く続けてこられたのだろう。これは、ロイエンタールの身近にいる者には、例えばレッケンドルフやベルゲングリューンなどといった、艦隊の者には割りに知られたことであるが、もうひとつ、こちらはファーレンハイトだけが知っているとも言えるロイエンタールの弱点がある。そこを突いたかたちで今回は約束を取り付けたのだ。それはすなわち、ロイエンタールは「押し」に弱い。軍務においては攻守ともに優れた用兵家である彼が、プライベートにおいては相手に強引に出られると、どうしてだかそれに押し切られてしまうことが多いのだ。おそらく、ロイエンタールに対してそのような態度に出る者など、今までに一人の例外を除いていなかったためだろう。彼の近寄りがたい雰囲気と完璧な美貌が、人をして彼の顔色を伺わしめ、彼にかしずいてきた結果である。それに、一度終わった話を蒸し返すのは、ロイエンタール自身が最も嫌がることだ。なので、強引にでも一度取り付けた約束は、滅多なことがない限り反故にされることはない。
自分の執務室に戻ると、浮き立つ気分で机の上の端末を立ち上げた。そして、予め目星を付けていたホテルの予約状況を確認した。
「何か、良くないことを企んでいますね?」
予約の手続きをしていたところに声を掛けられ、ファーレンハイトはニヤリとした。
「どうしてそう思うのだ?」
書類を提げたまま、ザンデルスは興味津々の様子で上官の顔を覗きこんだ。
「悪い顔をされていますから。楽しいことですか?」
モニター上の「確定」ボタンをクリックし、ファーレンハイトは顔をあげた。
「ああ、頗る楽しいことだ、俺にとってはな。しかし、ひとつ卿に訂正を求めたいな」
「何でしょうか?」
ファーレンハイトは真面目腐った顔をして見せた。
「悪いことなんかじゃないぞ。とても良いことだ」


〈続く〉


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